45…「大丈夫だよ。一人で抱え込まないで……ボクも君を守りたいんだ」

奥へと進むも繁殖力が強過ぎてキリがない。
多くのオーラを消費した割に相手の勢いは衰えず、ソラのいる場所と離れた所では巨大な菌塊が山を下っている。

木の上からその様子を視界の端に捉えた彼女は苛立ちもあり舌打ちを鳴らす。


(進行を防ぐにも限界が……本体はどこに……!)


両手の発火布を擦り合わせ爆炎を撒き散らした直後、携帯の着信音が鳴り響きすぐにでる。
もちろん、通話しながらも空いている左手で焼くのをやめない。

電話の相手はシュラだ。
耳に当てると同時に苛立ちを含んだ声色で言い放つ。


『シュラさん!空から油でもなんでも撒いて一気に焼き尽くしたいです!なんかもうキリがない!エンドレス!?』


捲し立てるソラにシュラは乾いた笑いをこぼし、少しの間をあけてから返事を返した。
口数が減り、殺伐とした雰囲気を醸し出していただけに、先ほどの発言で安心したようで薄く笑みを浮かべている。


「ストレスの捌け口としては最適の相手だったようだな。その調子で溜まりに溜まった鬱憤でも怒りでも……何でもいいからソイツにぶつけな」
『逆にストレスが溜まっていると思いますよ!』


にゃははは……と笑って終わらせたシュラは現在の状況を話した。
火属性の悪魔である【鳥枢沙摩ウチシュマー】を召喚し、火の加護を与えられたそうだ。

彼らもまた、菌塊を焼却しながら奥へと進んでいる。
だが、その後にシュラが口にした言葉はソラの動きを止めてしまう。


『…………今…なんて…』
「勝呂達に頼んで燐を檻から出した。今は達磨和尚を探してもらってる」


藤堂に加担していた宝生蝮達が最後に見た場所に和尚は居らず、手紙について確認を取らなければならない……そこまで聞いてソラは漸く、自身にめがけて菌塊が迫っている事に気づく。

後方に高く飛び避けながら炎で焼いた。
しかし、彼女の顔は焦りと動揺が現れている。


『燐は剣を鞘から抜けないんですよ!しえみ達だって火属性の技なんて持っていなかった筈……危険です!』


呑み込まれたが最後、瘴気も濃い危険地帯に学生の友人達が足を踏み入れている。
燐など処刑を言い渡されたばかり、もしもの事があれば弁明の余地も与えられずに刑が執行されるだろう。

燐が刀を抜き、青の炎で不浄王を倒す可能性もあるが……人間を巻き込まないとは断言出来ない。
その強大さや王の名を持つ悪魔である不浄王を倒すには、それ相応の力が必要になるのだ。

自身のオーラという生命エネルギーを使用するソラにとって、力をコントロールする事の難解さを嫌でも知っている。
故に覚醒してから僅か半年と経たない、訓練を始めたばかりの燐には無理だと判断した事は仕方のない事だろう。


「……不浄王には近づくなと伝えてある。それに、燐の炎は悪魔に有効だ。この場の誰よりも不浄王を倒し、人々を救える可能性が高いのはアイツだってお前も分かってんだろ?」
『っ!』


ソラは言い返せなかった。
燐は不浄王を倒す可能性も倒せない可能性もある。
人々を巻き込まない事も巻き込む可能性も………だが、ソラはどうだ?

目の前に広がる菌塊に苦戦しながら体力を消耗させているだけだ。
本体の核である急所にも彼女の炎は届かないと本人も理解している。

彼女に不浄王を倒す可能性も人々を護り抜く可能性も無いに等しい。
そんな自分が情けなく悔しい気持ちが溢れていき、更には燐を戦力外として信用せずに檻に残してきた事が心を締め付ける。


(………最低ですね私……気分も最悪)


左手で顔を隠し、自嘲を含んだ笑みを浮かべている。
何も言わなくなった彼女にシュラはどうしたいかと問う。


「正直、そのまま菌塊が進むのを遅らせてくれた方が助かる……が、燐達の所に『ここに残りますよ』……いいのか?」


本当は行きたくて仕方ないだろうに、彼女は淡々と言葉を返す。
その声色からは感情が読み取れない程に淡白だ。


『私がここを離れたら人員を割かなければなりませんし、私が行っても燐の行動を制限してしまいます』


それが悪い結果へと導くのなら、一人で進行を食い止めている方が良い。
そう伝えてから彼女は通話を終える。

携帯をしまってからソラは、不浄王の核があるであろう場所へと向きを変えた。
その表情は何処か悲しげに、不安も入り混じった複雑なもの。


『…………まだまだ……弱いなぁ』


そう呟いて再び焼却を開始したソラ。
焼いても焼いても、山の上から雪崩れ込む様に増えていく菌塊に苛立ちを感じなくなっている。

先程のシュラとの会話で己の役目と……背負っているものを再認識できたからだ。
自身がいる場所から先に進まれたら、町の人々が苦しみながら命を落としてしまう。

先輩達も反対側では必死に抗っている。
燐に倒してもらう事以外に良い打開策が思いつかない彼女は、せめて彼の邪魔にならないように戦うだけ。


(進行を妨げれば、それだけ時間もできる……考え、戦う時間を少しでも増やさなければ)


黙々と作業している彼女の耳に、爆発音や燃える音の中から聞き慣れた声が届く。
驚きを見せながら、バッと左側を振り向くと息を乱したピカが木の幹を伝って走り来ている。


「ピカッ!ピカァ!!」
『危ない!』


ようやく会えたと喜ぶピカに菌塊が迫っていた。
それをソラがすぐさま燃やし、ピカを抱き抱えて数メートル離れた木に移動する。

何故来たのかと問いたいが、先に焼却していかなければならない。
片手にピカを抱きながら何度も何度も広範囲を燃やしていく。

険しい視線は菌塊へと向けられているが、彼女はピカに話しかけた。


『私が残してきた理由を知っていますよね?……貴方は【氣】の属性にあたる悪魔、【腐】の悪魔には弱い……遠征前に話したはずです』
「………ピィ」


怒っている事が伝わり、ピカは耳を垂らしながら力なく鳴いた。
それでもソラの服を掴む力は弱まることなく、強く握られ……そして、彼女の顔を覗き見る。


(ああもう!ピカに八つ当たりするなんて……今日の私は本当に嫌な人間まっしぐらですよ!)


心配して危険な山道をずっと走り続け来てくれたのだと、彼女は理解していても口調は厳しくなってしまった。

いつもの自分らしくないと分かっている。
再び彼女からは苛立ちが表情に現れており、ピカは悲しげな瞳から意を決してソラの頬をペチッと叩く。


『………え?』


痛くはない。
痛くはないが、まさかのビンタにソラは目を丸にしてピカを見る。

すると、視界は黄色いモフモフボディで埋め尽くされた。
ピカがソラの頭ごとその身で包んだからだ。

優しく抱きしめられたソラは困惑しながらも、その柔らかい肉体と温もりを自らの手で触れる。


「ピカ。ピィカ……ピカチュウ」
『…………………』


何を言っているのか分からないが、心配してくれているのだと伝わる。
それ程にピカの声色は優しく、ずっと何かを語り続けていた。

離れたピカはソラの両方をペチ、ペチと叩きながら笑顔を向け再び一言。


「ピカチュウ!」
『…………頑張ろう?』


半信半疑ながら問うと「正解!」と言わんばかりにサムズアップを向けるピカ。
そして、自分の方に指を向け胸を張った。

それが自分も一緒にという意味だと、再び言い当てたソラは苦笑する。
そして、今度は彼女がピカを抱きしめ礼を言う。


『来てくれてありがとう。おかげで少し気が楽になりました……さっきは八つ当たりしてごめんなさい』


大丈夫だよ……そういう思いを込めてピカは笑った。


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