24…獅朗と二人の女弟子
月明かりが綺麗な夜に私は病院のベッドで横になっている。
寝付けないので散歩に出掛けたいが脱走した事もあり、次に許可なく外出すれば病院側からと雪からの罰が待っているので行けない。
(……燐は大丈夫でしょうか。)
昼間の事を思い出しては燐の事が心配になる。
思えば自信の秘密を知らされ、目の前で家族を殺され、祓魔師となるべく慣れない学校生活に周りからの畏怖の目……たった数ヵ月でこれだけの変化があれば普通は笑っていられないだろう。
(こんなとき獅朗さんなら……)
そして、つい携帯を開いて獅朗さんの番号を見てしまう。
誰も出ることのない番号を……彼が亡くなってからの私の癖になっている。
これは私自身がまだ獅朗さんの死を乗り越えていない証なのだと思う。
"あははは!今日も俺の勝ちだな!いい加減に本気で来ないと勝てねーって言ってるだろ?なに?年頃の女の子ってやつ?"
"違いますよ!…プライドです。"
"…?……プライドの意味知って言ってる?"
"…私は子供ではありません。それくらい知っています。"
"…ソラちゃん。世間では8歳を子供と呼ぶんだよ?……あははは!残念で〜した!"
……あのあと怒った私が再度勝負を仕掛けたが負けてしまった。
獅朗さんとの勝負で【念】を使わなかったのは相手が生身の人間だったからだ。
危険という訳ではなく、同じ土俵で闘い勝ちたかった。
(子供扱いも嫌でしたね。………仕方ないけど。)
苦笑しながら携帯を閉じて眠りにつくために目を閉じた。
(…………好きな人の隣に立ちたくて…認めて貰いたくて必死だったんですよ。)
翌日の夕方には退院の許可がおりた。
とはいえ、まだ激しい運動は禁止されている。
ゆっくりと歩きながら塾に向かう私はあることに気づいた。
(………これって遅刻ですよね?)
そう。時間を確認すると授業が開始して10分は経過している。
これはマズイ。
仕方ないので早足で教室に向かった。
ドアを遠慮がちにノックし中に入ると教壇に霧隠さんが立っていた。
燐達の反応も様々だ。
昨日と変わらない露出の多い服装で立つ彼女はこちらを見て笑みを浮かべ席に着くよう言ってきた。
雪からのメールで知っていたが本当に教師として居る。
(……祓魔師って個性的な人が多いですね。)
席に向かうとしえみと燐が心配をしてくれたがちゃんと説明したら安心してくれた。
休み時間になり私は霧隠先生に呼ばれてしまった。
『…せっかくの休憩時間が…。』
「大丈夫だって!次の授業は雪男のヤツだろ?…サボれば良いんだよ。」
「…ひでぇ。それでも教師かよ。…まぁ、教師に見えねーけど。」
『…確かに見た目からして教師ではないですよね。』
「お前ら、私の特別講習をそんなに受けたいのか?」
頭を鷲掴みにされた私と燐は全力で拒否した。
それをしえみは笑いながら見ていた。
笑い事じゃないよ!しえみさん私、怪我人!
「よーし!そんじゃ行くぞ。アイツには上手く言っといてくれな♪」
「『サボリ決定!?』」
渋々ながらも霧隠先生の後ろについていく私を塾生達は同情の眼差しで見送ってくれた。
暫く歩いて中庭までやって来た。
近くの椅子に座り【念】について聞かれると思っていた私はどこまで話そうかと考えていた。
しかし、彼女は空を眺めなから違うことを聞いてきた。
「……お前の事は獅朗から何度も聞いて知ってる。強いとは聞いてたが…予想以上だ。一体どうしたらそんなに強くなれんの?」
『…何度も獅朗さんと手合わせしてもらいましたし……一番は【念】のおかげですかね。』
「【念】ね。……なぜ獅朗との手合わせでそれを使わなかった?」
『……あの、なぜ獅朗さんとの事ばかり聞いてくるんですか?』
「………。」
不思議に思い聞いてみたのだが、彼女は黙ってしまった。
何故?
少しの間、空を眺め続けていた顔を私に向き直した霧隠先生は頭をかきながら話してくれた。
「…ん〜っ……なんつーの?お前の能力は知りたいけどさ。それよりも姉弟子としてお前自信の事が知りたいんだよ。」
『…弟子?』
「アタシも獅朗の弟子だったんだよ。アイツらが生まれる前の2年間だけどな。……何度か雪男と一緒に会いに来てたな。」
『……あの弟子ってなんの事ですか?私は弟子と言えるほどあの人から教わってはいませんが。』
弟子がいるのは聞いていたし、あの獅朗さんが認めた女性剣士には私も憧れていたので彼女がその人だと知って驚いた。
しかし、私は弟子ですらない。
戸惑いながら聞く私を霧隠先生は目を見開いたあと笑いだした。
「……プッ…くっ…ふははは♪……本当に何も聞いてないんだな。」
『?』
霧隠先生の話によると獅朗さんが私に体術のみを教えたのは元々護身術を身に付けさせるためだったらしい。
力のある者が自己流で中途半端に覚えるのは危険だから…と。
(……確かに林でイズミさんに教わった事以外は自己流で修行してたし、獅朗さんと手合わせするようになってからは力加減とか分かるようになったっけ。)
最初はそれだけだったが私の上達の早さや才能が普通ではない事を知り、獅朗さんに火が付いたそうだ。
私の【念】についても勘づいていたらしく私がそれを披露してくれるのを楽しみにしてくれていたらしい。
「…会うたびに必ず一度はお前の話をアタシにしてきてさ……いつか会わせてやるって言ってたんだけど……まさか祓魔塾で会うとは思ってなかったな。」
『……弟子……。』
「?……どした?」
ボソッと呟いたあと下を向き小刻みに震えるソラを不思議に思い、下から覗くと緩みそうな顔を必死に堪えているのが見えた。
『……す、すみません。……その、獅朗さんには一度も勝てなくて…子供扱いもされていて……正直な話…凄く嬉しいです。』
「…プッ!にゃっははは!…ならもっと喜べよ。なんで堪えてんの?」
『いえ……まさか(憧れの)貴女の妹弟子になるなんて思わなくて……恥ずかしいところは見せたくなくて…。』
その言葉を聞いた霧隠先生は私の頭を豪快に撫でながら更に笑いだした。
「いや〜すまんすまん。…にしても可愛いとこあるじゃん。……雪男の話や塾での様子だと可愛いげない奴だと思ってたんだけど…」
『……あのメガネ何を……。』
「それは本人に聞きな♪」
私の知らない所で何を言ったのか気になるので明日、本人に聞いてみよう。
笑っていた姉弟子はまた空を眺めながら懐かしむように話し出した。
「…でもお前の気持ちも分かるよ。つか、アタシとお前、一度は会ってんだよ?」
『……え?』
「やっぱ、覚えてないか……あれはお前がまだ8歳ぐらいの時かな?噂の妹弟子が気になってコッソリと覗いたことがあるんだよ。」
その時のお前は何度も何度も向かっていっては獅朗に負けてた。
体には傷が目立っていたことから本気で鍛えているのだと分かって……正直、嫉妬した。
アタシは既に弟子ではなかったが……もっと教わりたいことはあったし傍に居たかった。
何度も立ち向かっていくお前とそれを真剣に、それでいて嬉しそうに相手をする獅朗の姿を見てるのが辛くなったアタシはその場を後にした。
(………何しに来たんだか。)
近くの人気のない神社で横になっていると林の奥から何かを蹴る音がしてきた。
音のする方へ忍び寄ると絆創膏やら湿布やらで一杯のお前がいたんだ。
(……真面目だねぇ。……にしても必死だなアイツ。)
疲れている筈なのに鍛練を続けるお前はもちろん無理がたたり倒れた。
無視するわけにもいかず先程の所まで運び横に寝かせたんだが……お前、中々起きなかったんだよ。
「はあ。…帰ろっかな。」
『……ん?………誰ですか?』
「やっと起きたのか?…まったく、倒れるまでやったって強くはなれねーぞ。」
『…………あ……。』
寝ぼけてたお前は理解するのに時間がかかってたがきちんと謝罪と礼を言ってた。
言い方が子どもらしくなかったな。
「……なあ、何でそんなに必死になってんの?負けず嫌いなのか?」
『ち、違いますよ。……いえ、それもありますね。でも一番は認めて貰いたいからです。』
「!……へえ。何?好きなの?」
『っ!!』
冗談のつもりだったんだが図星だったようで真っ赤になって下を向いてた(笑)。
からかってやろうかと思ったがお前が先に話し出して……話題を逸らしたかったんだろうな。
『そ、それだけではないですよ?獅朗さんにはお弟子さんが居るらしいんですが、私と同じ女性でとても強いらしいんです。』
「!……女の弟子…。」
『はい!女性でありながら剣の才能もあり努力で強くなった方なんです。自慢の弟子だと話してくれた事があります。』
それがアタシの事だと分かって嬉しくて堪らなかった。
でも、寂しさもあり直接言って欲しくもあった。
そんなアタシの事を知るよしもないお前は目を輝かせながら話を続ける。
『憧れますよね!?強い女性剣士なんて漫画とかの世界だけだと思ってました!』
「……会いたいか?」
『はい!獅朗さんから一本取れたら会わせてくれるそうなので頑張りますよ!』
「ああ、そういうことね。」
『?』
中々会わせてくれないから何でかと思ったらそういうことだった。
会うのは何年も先だなと思ったよ。
その後も話を続け、夕方には別れた。
いつの間にか成長したお前に会える日が楽しみになっていて…去っていく後ろ姿を見ていた。
「……という訳なんだが………思い出したっぽいな。」
『………はい。あの時はありがとうございました。』
話を聞くうちに記憶も甦り、恥ずかしさもあり私は顔を両手で覆っている。
なんかもう…色々と恥ずかしい。
そんな私を見て霧隠先生は傷口を刺激しだした。
「…え?何?恥ずかしいの?獅朗の事が好きだとバレたことが?それとも憧れの女性剣士の目の前で誉めたくったこと?」
『全てですよ!』
「にゃっはははは♪」
ああ、穴があったら冬眠したい。
その後は【念】について前よりも詳しく話した。
事細かに全てを話してはいない。
何故かは彼女も理解してくれており助かった。
情報交換や談笑をしていると授業を終えた雪がやって来て二人揃って注意された。
「あ!そうだ。ソラ、アタシの事はシュラかシュラ先生で良いよ。」
「人の話を聞け!」
『分かりました!シュラさん。』
「ソラ!」
ごめんよ。嬉しかったんだ。
雪には後できちんと謝って許してもらえた。
今度、燐と一緒に鍛えてくれるそうなので楽しみだ。
その日はすぐに寝付くことができ快眠だった。
〜続く〜
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