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好き、

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あなたの笑顔が、大好きでした







最近、そらさんは謝ってばかりいる。

『へぇ、大学の近くに美味しそうなカフェを見つけたんだ?あ、ごめん。ここんトコ、シフト埋まってて…。ごめんね?』

『**ちゃん?もう家出ちゃった?ごめん、仕事抜けらんなくて…。ホント、ごめん』

それは勇気を出して誘ったデートの断りだったり、待ちわびたデートのキャンセルだったり。

私自身がそらさんに何度も警護してもらって、その大変さは嫌と言うほど知っている。

食事がままならない程忙しいことも、お休みが取りにくいことも。

それを理解してもなお、私がそらさんの傍にいたいから一緒にいるのに。

『会えなくてごめんね』

なかなか会えないそらさんとのコンタクトは、そらさんが短い休憩時間に掛けてくれる電話だけ。

なのにその大半は、申し訳なさそうな覇気のないそらさんの声と、謝罪の言葉で埋められる。

会えなくて平気な訳じゃない、寂しいし、会いたいと願っているけれど。

謝らせてばかりの私はそらさんの負担でしかないのかと、不安が募る。

「私は大丈夫ですから。お仕事、頑張って下さいね」

私にできるのは平気な顔を作って送り出して、無事に戻ってきてくれるのを祈るだけ。

『ホント、ごめん…』

ただ、あなたの笑顔が見たいだけだったのに…







冷たい雨粒が傘の上で跳ねる。

水たまりを避けながらも、ローヒールは軽やかに進む。

今日はそらさんとデート。

雨だけれど、先日買ったばかりのワンピースを下ろした。

そらさん、可愛いって褒めてくれるかな…

頭に思い描くのは、こちらが恥ずかしくなるほど褒めてくれるそらさんの笑顔。

−−−もうすぐ会える

その期待に胸を踊らせて、私は待ち合わせ場所へ急いだ。



雨に濡れないところ、だけど周りが良く見えるところを陣取って。

畳んだ傘を支えにして少しだけ爪先立って、傘の花の中に大好きな人を探す。

今日はいっぱい笑顔を見せて貰おう。

そうすれば単純な私の不安なんて、雨雲よりも簡単にすぐに吹き飛んでしまうから。



雨は強くなっていく、それを避けるように人影も減っていく。

待ち合わせ時刻はとっくに過ぎた。

そらさん、何かあったのかな…

心細さに堪えるように、ずっと手にしていてぬるんだ静かな携帯を握りしめた。

「っ!もしもし?そらさん?」

不意に着信音を奏でた携帯を急いで耳に当てる。

そして聞こえてきたのは。



『ごめん…』



雨音にかき消されそうな、小さな声。

そらさんの無事に安堵したのも束の間。

ずくん、と、胸の奥が嫌な音をたてて軋む。

『急に他班の応援入っちゃって、どこも人手が足らないらしくって…』

そらさんが色々と言葉を並べるけれど、激しい雨が霞ませるのか、何ひとつ、頭に入ってこない。

「もう、いいです」

自分でも驚くほど乾いた言葉。

今日の雨より、冷たい声。

愛しさと切なさと。

一気に雪崩れ込んで来た感情を自分でも持て余して、どうやら私は壊れたみたいで。

それだけ告げて、一方的に電話を切った。





雨の日にこの服は失敗だった。

肩の出るデザインのワンピースは、晴れた日にこそ相応しい。

冷えた肩が、一層虚しさを際立たせた。

私は狡い。

言葉を濁して、その解釈に幅を持たせた。

今日のデートがもういいのか。

それとも、そらさんとの関係自体、もういいのか。

その判断を、そらさんに委ねた。

もしそらさんが私を負担に思っているのなら、これで全て終わる。

でも、まだ私を想っていてくれるなら…

突き放したくせに、どうしようもなく期待している自分に呆れ果てる。

断ち切るようなことを自分でしたくせに、私はそらさんからの着信を待っていた。

直ぐにあると思っていたそれは、信号が何回色を変えても、どれだけ人が通り過ぎても、激しい雨があがっても、訪れなかった。



雨が止んでも、太陽はまだ顔を見せない。

空にはくすんだ雲が立ち込めている。

閉じた傘を所在なく揺らしながら、行きとは裏腹に、私はとぼとぼと家路を辿る。

好き、なのに、な…

想いが通じあったらあとは幸せなことだけが待っていると思っていた私は、笑っちゃうくらいお子様で。

そらさんの顔が曇るのは、覚悟の足りない私のせい。

自分のことだけでいっぱいいっぱいで、そらさんのことまで慮れない。

それでもまだ、一緒にいたいと、笑顔を見せて欲しいと願うだなんて、私はどこまで貪欲なんだろう。

はぁ、とため息を吐いて、玄関の鍵を開ける。

ドアノブに手を掛けると凄い勢いで駆けてくる足音が聞こえて、そちらに顔を向けた。

どんっ!!!

言葉を発する暇もなく家の中に連れ込まれ、冷たいドアに押し付けられる。

きつく掴まれてドアに固定された手首も、強かに打った背中も痛いけれど。

電気も点いてない、薄暗い狭い玄関。

呼吸するのを忘れてしまった、心臓も止まったかと思うくらい驚いた。

息を乱したまま恐いくらい真剣な表情で、鋭く私を見据えるそらさんに、すべての感覚を奪われる。

「今日はごめん、本当にごめんっ!許してくれるまで何度でも謝るし、それに…っ」

…初めて見た、こんなそらさん。

加減なく私を拘束して、声を荒げて、感情を顕わにして。

いつもは優しい笑顔で、私を安心させてくれるのに…

「今度から絶対約束守るから!海司にでも瑞貴にでも昴さんにでも代わってもらって、絶対絶対守るから!!!」

怒っているような、それでいて泣きそうな、悲痛な声。

やっぱり私は、壊れたらしい。



こんなそらさんも、愛しいだなんて。



「オレから離れないで…」

不意にそらさんが私を腕に抱く、甘えるように肩に顔を埋める。

抱きしめる腕の強さとは正反対の、弱くて小さな声。

…ダメだ。



どうしようもなく、好きすぎる。



笑顔を消してしまうなら離れなきゃ、謝らせてばかりなら離れなきゃ。

冷静な自分はそう答えを導き出しているのに、私はどうしても、このぬくもりを離したくなくて。

「ごめんなさい…」

私はそっと、そらさんの背に手を回す。

どうして好きなのに傷つけてしまうんだろう。

どうして、それでも離れたくないと思ってしまうんだろう…。

疑問ばかりが浮かぶ私の頭を、そらさんがそっと撫でてくれる。

けれど、その優しすぎる手は震えていて。

「オレのこと、嫌いになった?」

私はそらさんの腕の中で首を横に振る。

嫌いになる、だなんて、言葉にするのは簡単だけど。

実際には酷く難しくて。

それができるなら最初から惹かれたりしない、想ったりしない、泣いたりしない。

しつこくても浅ましくても、傷つけても、傍にいたい…

「す、き…」

好き過ぎて泣ける私は、まだ壊れたままなんだろう。

「**ちゃん…」

私の頬を伝う涙を、困った表情のそらさんが拭ってくれる。

「ね、もっかい言って?」

泣き顔を見られたくなくて、俯いて首を横に振るけれど。

「ダーメ。ほら、ちゃんとオレを見て?」

くいっと顔を上げさせられる。

そこには、大好きなそらさんの笑顔…

「好き…」

想いが勝手に言葉になって、自ずと口を出て行く。

するとそらさんは、嬉しそうに顔を綻ばせた。

「うん、オレも、大好き」

ぎゅうっと抱きしめてくれる。

あったかい腕に優しい言葉に包まれて、その胸に顔を埋める。

そらさんの体温に、そらさんの匂いに、また、涙が滲んで。

「…つか…」

「ん?」

「20日、お休みして下さい。そらさんのお誕生日、お祝いしますから」

「ん」

「そらさん来なかったら、ひとりでケーキ全部食べて太りますからね」

「ハハッ。太ってもいい、けど、」

涙混じりの私のつよがり。

そっと頬を撫でて、そらさんは私を仰向かせる。

「オレが**ちゃんと一緒にいたいから、何が何でも休む、死んでも休む!」

「…死んだら休めないじゃないですか」

「あ、それもそっか!」

…やっぱり。

電気も点いてない、薄暗い狭い玄関。

その中でさえ、あなたの笑顔は輝いて。

そらさんがふわっと笑って、少しだけ躊躇いがちに私を抱き寄せる。

「良かった…」

その小さな呟きに、言葉にならない想いを伝えるための優しくてちょっと悲しいキスに。

愛しさと切なさが溢れて、私はぎゅっと、そらさんの服を掴んだ。





誕生日にはケーキを作ろう。

二人じゃ食べ切れない程、大きな大きなケーキを。

ローソクをそらさんの歳の数だけ立ててケーキを穴だらけにして二人で笑おう。

きっとそらさんは一度でローソクを吹き消して。

そして、幸せなキスをして。



いっぱいいっぱい、笑顔を見せて貰おう。







あなたの笑顔が、大好きです





End.






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