この日、愛の名前を知った
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抜けるような青空。
少し強い日差しを避けるように、俺と**ちゃんは木陰に逃げ込んだ。
『っはー!ちょっと休憩!』
「あはは、汗だくですね」
予め敷いてあったシートにごろんっと寝転がる俺を見て、**ちゃんはクスクス笑った。
そして、さっきまで夢中になってたバドミントンのセットを端に寄せながら、俺の横に座る。
「…そらさん、本当に良かったの?」
『んー?何がー?』
「だって…折角の誕生日なのに、ピクニックに行きたいだなんて…」
少し笑って、**ちゃんが俺を見下ろした。
『何で!?**ちゃんと青空の下、お弁当食べてこうして遊んで。最ッ高の誕生日じゃん!!』
**ちゃんは「もう、そらさんったら…」と呟くと、少し照れくさそうに空を見上げた。
俺もそれにつられるように、木の枝が作る隙間から空を仰ぐ。
太陽に当たっていると暑いけれど、こうして日陰にいると風が心地よくて。
汗ばんで火照った体にはちょうど良かった。
『…うーー…ん、気持ちのいい空だねぇ』
清々しいほどの開放感に、思わずグッと伸びをする。
そんな俺を見て、**ちゃんがクスッと笑った。
『**ちゃんも寝転がったら?気持ちいいよ?』
でも、**ちゃんはフッと眩しげに目を細めると、空を仰いでポツリと呟いた。
「…きっと、そらさんが生まれた日もこんな風にいいお天気で眩しかったんだろうなぁ…」
『……え……』
ギュッと、喉の奥が鳴った。
瞬間、ひゅうっと風が二人の間を通り抜ける。
『そ…そんなの、わかんないよー』
無理矢理作った笑顔は、おそらく歪で。
**ちゃんは何も言わずに、俺を見つめた。
『…わかんないよ…教えてもらった事…ない、し』
――小さい頃、一回だけ聞いた事がある。
自分が生まれた日はどんなだったか。
でも、施設の先生がそんな事を知っている訳もなく。
困ったように眉を下げて、曖昧に微笑むばかりだった。
本当はずっと知りたかった。
俺が生まれたその日の空や、その時の気持ち…
『…なん…っ』
何でそんなのわかるんだよ。
そう聞きたかったけど、その質問は俺の喉に貼りついて出てこない。
**ちゃんは、何も言わずに、でも物凄い優しい瞳で俺を見た。
そして再び目を細めて空を見上げる。
「…私が決めたの。きっと、そらさんが生まれた日は朝から青い空が広がって、それがだんだんオレンジに染まって…夜になったら大きな月を浮かべてね?周りにはキラキラ星が光ってたんだよ」
『…………』
「私が…ずっと見てきたそらさんは、私が大好きになったそらさんは、そんな人だから…」
やばい。
…胸が張り裂けそうだ。
俺は言葉も無いまま、**ちゃんを見つめていた。
「…だから、そらさんが生まれた日は朝から晩まで快晴の、最高の一日だったの。私がそう決めたんだもん!」
**ちゃんは恥ずかしそうに笑うと、なんちゃってなんて言いながら肩を竦めた。
見つめていた**ちゃんの姿がぐにゃりと歪んで、俺は慌てて視線を空に移した。
――聞いたかよ、オカーサンとやら。
俺、ずっと誕生日が好きだったけど浮かれきれないでいたんだ。
どこか寂しくて、どこか恨めしくて、どこか苦しくて。
でも、俺、今日初めて。
生まれて初めて、誕生日が嬉しいよ。
アンタがどっかに放り投げた温もりを、**ちゃんが取り戻してくれたんだよ。
羨ましいだろ。
多分この胸が締め付けられるのに温かいっていう不思議現象の名前は愛。
**ちゃんが、教えてくれたんだ。
じゃあ俺を包む愛に名前をつけるなら…そうだな…
『……**ちゃん…』
「…うん?」
『………っ』
俺は彼女の返事に答える事すら出来なくて。
じわんと歪む青い空に木漏れ日がパチパチ弾ける様で…
なんだかラムネみたいだなぁなんてアホな事考えて、涙を引っ込めようとしていた。
**ちゃんは小さく笑うと、そっと俺の髪を撫でる。
『…………っく…』
それが引き金になったように、俺はとうとう零れそうな涙を隠すために、両手でギュッと顔を覆った。
どうよ、俺を捨てたオカーサンとやら。
俺、この子のおかげで今だいぶ幸せなんだ。
しかも愛の何たるかまで悟っちゃたし。
羨ましいだろ。
「…そらさん、お誕生日おめでとう」
『…あ、りが…と…っ』
― この日、俺は愛の名前を知った ―
END
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