失って初めて気が付いた。
あいつに惚れていた、と。


今まで相手に好きだと言われて付き合ってきたけど、バスケが優先だったし、手を繋いだり、キスをしたり、体を重ねたのは黄瀬と付き合って初めて経験した。
だけど、それは黄瀬の想いに答えるだけであって俺には好きとか愛しているとかの類いの感情は一切ない。ない、と言うよりは黄瀬の俺への好きと俺の黄瀬への好きは違う種類のものだったから。それでも黄瀬に好意を寄せられることは嬉しかったし、俺たちは男で高校生でそりゃもう持て余す程の性を抱えている訳だから黄瀬と身体を重ねることに抵抗も異議もなかった。黄瀬は胸はないし、女みたいなふかふかした身体つきでもない。当たり前だ。男だもの。だけど、女の前で見せる営業スマイルや澄ました顔、バスケットボールを追いかける一生懸命な顔、俺やテツ、赤司、緑間、紫原に見せるような人懐っこい顔が赤くなったり、歪んだり、物欲しそうになったり、泣いたりしてそれがすごく俺の何かを擽った。だから付き合ったんだと思う。


普段なら2、3ヵ月で終わってしまうものが黄瀬とは1年弱続いた。恋人同士みたいなことはあんまりしなかった思う。2人で何かをすると言ってもバスケか飯に行くかセックスするかしか選択肢はなかったし、それだけで俺たちには十分だった。

こんな日々が当たり前のように続いていくんだと思っていた。だからこそ突然の黄瀬の別れ話に俺はおう、としか答えられなかった。

“嫌いになった訳じゃないっスよ”

最後の言葉は優し過ぎて痛かった。嫌いになったのならはっきり言ってくれればいいのに、普段はしないような悲しい顔して言うもんだから忘れようにも忘れられない。



黄瀬と別れて2ヶ月が経つ。着信履歴にもうあいつの名前はない。寂しい、というよりも黄瀬の名前がない違和感に言葉にならない気持ちが込み上げる。
あの時、何を言えば良かったのだろう。別れない、と言えば良かったのだろうか。そしたらお前は俺から離れなかった?腕を掴んで引き寄せれば良かったのだろうか。そしたらお前は俺の腕の中に閉じこもってくれた?あの時、何をすれば、何を言えば良かったのなんて俺にはまったくわからない。ただ、今わかることは黄瀬との関係を終わらせたくなかったと思っている自分がいること。つまり、黄瀬が俺に寄せている好きを俺も黄瀬に寄せていた、ということ。俺は黄瀬が好きなのだ。好きだから手を繋いだし、好きだからキスをしたし、好きだから身体を重ねた。

好きだと認めてしまえばどうしようもない焦燥感にかられた。あいつが俺の横にいないなんて認めたくない。今までもこれからも俺の横に並んで歩くのはたった一人でいい。そう思い立ったら簡単に身体は動いた。黄瀬に会いたい。会って伝えたい。今すぐに。



辺りはもう真っ暗だったが、体育館の明かりは消えていなかった。黄瀬がいると確信してやって来たのは海常高校。そういえば、付き合ってる最中はいつも黄瀬が桐皇まで来てくれていたな、と思って深い溜め息がでる。あいつはどんな気持ちでいつも俺を待っていてくれたのだろう。今まで待たせる側だった俺には見当もつかない。はやく会いたいとか、何してんのかなとか今自分が思っていることを黄瀬も俺を待っているときに思っていただろうか。



何度目かの溜め息を吐き出す頃、待ち焦がれた奴の声が聞こえてきた。

「でね、先輩。俺が黒子っちに……青峰っち…?」

目を見開いていかにも驚いた表情をする黄瀬に近付き、腕を掴んでそのまま歩き出す。黄瀬は何も言わずにただ引かれるまま歩いた。まわりにいた先輩方が騒いでいたが気にしない。気にしている暇など俺にはなかった。



行くあてもないのにずんずん歩いていたら、青峰っちもういいっしょ、止まろう、と黄瀬が言う。それに合わせて歩るくのをやめ、振り返れば、人形みたいな顔して黄瀬が笑う。女に見せる、作った笑顔。

「どうしたんスか、いきなり」

むかつくくらい綺麗な顔して困ったという風に笑う。なんで俺の前でそんな顔するんだよ。いつも青峰っち、青峰っちってへらへら人懐っこそうに笑ってたじゃねえか。

「逃げないから、離して」

ね、青峰っち、と宥めるように言われ渋々拘束を緩める。掴んでいた手が黄瀬の方に引かれ、俺と黄瀬の間に距離が生まれた。沈黙がお互いの間に横たわり、空気が重くなる。
伝えたいことはたくさんあるのに何から伝えていいのかわからないし、今まで自分の気持ちを伝えなくても生きてこれたから自分から相手に気持ちを伝える術も知らない。

「…別れてくれて、ありがとう」

長い沈黙を打ち砕いた黄瀬の一言は俺の心を抉った。これでは本当に黄瀬との関係が終わってしまう。黄瀬が俺の横から居なくなってしまう不安と焦燥感で俺の頭の中はパニック状態だ。たまらなくなって抱き寄せれば、黄瀬は戸惑ったように青峰っち離して、と胸を押す。今この腕の中から逃してはならないというのだけは本能的に察知して、きつくきつく黄瀬を抱き締める。

「…なあ…本気で俺、お前のこと好きだった」

出てきた言葉は今思っているありのまま気持ちだった。飾り気のない、ありのままの気持ちを伝えた方がいいと昔誰かが言っていた気がする。

「……好きだったって、過去形じゃん」
「おう…」

今、言わないと終わってしまう。伝えないと。

「…今もこれからも好きだ、黄瀬」

黄瀬は何も言わない。俺も返事がほしいとは思っていなかったから、淡々と気持ちを伝えていく。

「遅いって分かってる。だけど、離れたら終わっていけるほど易い気持ちじゃねえんだよ…このまま忘れるなんてことできねえし、お前が他の奴のものになるなんて耐えられねえよ」

黙ったまま静かに聞いている黄瀬が微かに震え始め、額を押し付けた肩口が濡れていくのを感じた。

「好きだ。俺と付き合えよ、黄瀬」

ゆっくりと身体を引き離せば、琥珀のような瞳を濡らしてはらはらと黄瀬は涙を流していた。さっきまで見せていた笑顔よりよっぽどこっちの方が人間らしくていいと思った。涙を親指の腹で拭い、唇を啄む。幼いキスの合間合間に好きだ、と伝えれば、ぼろぼろと涙を溢す黄瀬は俺も、好きっス、と言ってぐしゃぐしゃな、でも綺麗という表現の似合う顔をして笑った。



離した手をもう一度



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