長月中旬。
夏も終わりが近づき、段々と涼しさを感じさせる頃になった。
そしてそれは同時に奴らが総攻撃を仕掛けて来る時期になったという事でもある。



パァン!

「あ、逃げられちゃいました。」

パチッ!

「ダメだったさ!」



それはアレンとラビの食事を邪魔している小さな存在。
そう、夏の風物詩。蚊である。



「視界でチラチラ飛ばれると鬱陶しいさ。」

「ゆっくり食事が楽しめませんよね。」



相変わらず信じられない量の料理を胃に詰め込みながらアレンが溜め息をつく。
科学班に言ったなら強力殺虫剤でも作ってくれそうだが、周りへの被害の方が甚大になりそうなので自力で倒す他ない。



「こんにちはアレン、ラビ。お隣り良いかしら?」

「ん、名前。いいさよ〜」

「ありがとう。」



トレイに本日の昼食、カルボナーラとサラダをのせてやって来た名前。
ラビの隣に腰を下ろし、手を合わせる。



「そういえばさっき何をしてたの?」

「何の事ですか?」
「何か叩いてたじゃない。」

「ああ、蚊がいたんです。」

「あら、こんなところにも蚊っているのね。」



黒の教団の位置する所は生き物の暮らす場所にしてはあまりに高い。
蝙蝠や鳥こそいるもののその他の動物や虫はあまり見たことがないのだ。



「さっきから人の食事を邪魔してくるんさ。」

「まぁ。」

「名前も見つけたら倒すの手伝ってくれませんか?」

「んー、良いけれど…」



キョトンとした顔で了承するのは彼女が今まで蚊に噛まれた事がないため蚊への鬱陶しさや腹立ちがあまりピンときていないからだ。
もとより無駄な殺生はしない主義なので自分に被害を及ぼさない蚊を叩く理由がないのだ。
しかし今回は友人たちの頼みであるため名前も首を縦に振ったのだろう。



「良いですか?蚊は見つけたら渾身の力で叩き潰すものです。容赦なく全力でしてくださいね?」

「え?うん、わかったわ。」



また少しズレた知識を植え付けやがった。
名前の隣に座るラビや周りで食事をしている者たちはそう思った。



「げ。」



名前と話していたアレンが短く声を発して顔を顰めた。
その視線の先を辿ると一本に結われた黒髪を揺らしながら歩いてくる男が一人。
ああ、とアレンの反応を理解しながらラビは大きく手を振りそれを呼んだ。



「おーい、ユウちゃん。」



自分の下の名前を呼ばれた事でビシビシと殺気を飛ばしてくる神田。
わりかしどうでもいい奴と嫌いな奴、そして気になる奴を見つけた場合、やはり気になる奴に目が行くわけで。
ラビをシメるだとか、アレンに突っ掛かるだとか適当な理由を並べてこちらにやって来るのだった。



「てめぇクソうさぎ。名前で呼ぶんじゃねぇって何度言わせりゃわかぐっ!」

「「……え…?」」



何が起きたか説明しよう。
相変わらずの形相でラビを睨みつけながら悪態をつく神田の頬に名前の手が振り下ろされたのだ。
よもや神田が何気に近づいてきた名前を警戒する事などなく、両手でトレイを支えている無防備な状態では突然の襲撃を避ける事はできなかった。
やけに響いた平手打ちによる音は食堂中の全ての視線を集めた。なんせ怒るとか、人に手をあげるなんて事とは無縁なのではないかと言われている名前が神田をひっぱたいたのだから。



「え、ちょ、名前さん!?どうしたんさ!?」

「てめぇ、何しやがぶっ!」



『ええええ!?どうゆう事なの?』
心中それに尽きる。
一発ならまだ事故だとか誤発だとか言えただろうが二発ときたらもう故意的としか思えない。
左右に容赦ない平手打ちを喰らい、真っ赤な紅葉を拵えた神田は両手を塞ぐトレイを机に置き、来るべき三発目のそれを名前の腕を掴み阻止した。



「おいこら、何のつもりだ…」

「蚊がいたから。」

「あ゙ぁ?」

「ユウの顔に蚊がいたの。さっきアレンが蚊を見つけたら思い切り叩けって言ってたからそうしたんだけど逃げられちゃったわね。」

「逃げられちゃった、じゃねぇよ。他に言うことあんだろ。」

「いひゃい、いひゃい。」



これまた容赦なく名前の頬を抓りあげる。
その光景を見ながらやはり名前には甘いな、とラビは思うのだった。



「(もしあれが俺やアレンだったら今頃食堂が崩壊するくらい暴れてるさぁ…)」

「ひゃひゃいへほへんなはい。」

「あ?何て言ってっかわかんねぇ。」



ひっぱたかれはしたが結局おいしいところは全て持っていくのだ、とその場にいた者たちはどことなく楽しげな神田を見て歯を噛み締めるのだった。
男女数的に非リア充が多い教団内でこの光景は実に癪に障るもので、もう十発ほど名前に叩かれていたら良かったのにと恨みがましい視線を向けられる神田は勝ち組である。



「蚊を見つけたら叩くんじゃなくて鉄拳って言っておけばよかったですね。」

「アレン…」

「ついでに蚊を仕留めた時は『いつも目障りなのよ!私の視界に入らないでこの××野郎!今度近づいたらバキューンでピーーよ!』と言うとも…」

「やめるさ!そんなこと言われたらユウちゃん死んじゃう!」

「良じゃないですか。」

「良くない!というか名前教の奴らが皆再起不能さ!」

「そんな教団あったんですか?」

「あったんですよ。」

「まぁ何にせよ…」



リア充、いや…神田爆発しろ!

それに尽きる。
蚊?そんなのはもうどうでも良い。


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