けがはなくとも「うわっ、なにあのでかい蜂。」 「地獄の毒虫『最猛勝』じゃ。」 「きんもっ。」 殺生丸が弥勒に投げた巣から出てきた虫型の妖怪。蜂を百倍くらい大きくし、刺々しさを三割増しにしたようなそれに、生理的嫌悪から思わず胸の邪見を抱き締める。 キモさ的には邪見もそこそこだが、最猛勝よりは断然マシだと思う。 「小さいってそれだけで正義だよね〜・・・」 「なに阿呆なこと言っとるんじゃっ、こっちにもきたぞ!」 「どわっ。」 最猛勝が思いっきり「毒もってますぜー」って感じの針をこちらに向けながら飛んでくる。 「ちょっと!あんたはあれの仲間じゃないの?!なんで攻撃されてんのっ?」 「知るかー!」 邪見が胸にしがみついてくるので仕方なく連れて逃げるが、明らかに、邪見を狙ってる風だ。 殺生丸や犬夜叉たちには回りを飛んでいるだけであることを見るに、推測されるのは。 「あんた・・・虫にも弱者認定されてるんじゃないの?」 自分より弱いと認識して襲ってきてるのかもしれない。 「しくしくしく。」 「泣くなー!」 自分でも否定できないのか、めそめそと泣き出した邪見が心底鬱陶しい。 ‡ 拾弐 ‡ (犬夜叉たちは大丈夫なのかな・・・) 犬夜叉たちを探し見つけることができたが、うずくまる弥勒を犬夜叉が庇っているところだった。血の刃で殺生丸の気を反らすと、肩に抱えて大鬼の陰に隠れている。弥勒の様子が可笑しいことに気付き、蓮子は駆け寄った。 「弥勒!どうしたの?!」 「ばっ、あっちに行くでない!」 せっかく離れたのに、わざわざ殺生丸の攻撃範囲内に向かう蓮子に邪見が冷や汗をかく。しかし、周囲は最猛勝に囲まれているため、邪見は蓮子から離れられなかった。 最猛勝が行く手を阻むように飛び交うので、蓮子は拳を構えた。 「どっけぇー!火中天津甘栗拳!!」 一瞬で、百打からなる蓮子の拳が最猛勝の群れを木っ端微塵に砕いた。 「!?」 それに驚いたのは殺生丸と邪見だった。鉄砕牙の真の威力ほどではないが、百匹の最猛勝を一瞬でなぎ払ったのだ。 ―――ただの人間の少女が。 「お、おぬし、本当に人間か?」 くっついていた邪見が蓮子の強さにドン引きしていたが無視した。それどころではない。 「弥勒!大丈夫!?」 「どうやら毒にやられたようで・・・」 「毒!?」 「かごめが薬をとりにいってくれたんじゃが・・・」 「!」 七宝の言葉の途中で、蓮子の背筋をぞわっとした悪寒が走り、とっさに目の前の七宝を抱きしめ、弥勒の頭を抱えると、その場を跳躍して離れた。 途端に、ブワリ、と側の大鬼の体が裂け、肉片が津波のように押し寄せた。すでに死んでいるとはいえ惨いことをすると思う。 「弥勒、ごめん!とっさに、大丈夫?!」 不可抗力とはいえ、無理やり体を動かしてしまったので、毒のめぐりを早めてしまったかもしれない。 腕の中の弥勒をそっと覗き込むと、とても悲しそうな顔をしていた。 「せっかくの至福の時の機会が・・・」 「うん?」 「弥勒!しんどいのか?!」 はぁ〜とため息をついている弥勒を体調が悪いのかと七宝が心配しているが、蓮子には、なんだか弥勒は別のところで落ち込んでいる気がしてならなかった。 「は〜っ。」 「な゛。な゛。」 弥勒は深いため息を吐きながら、蓮子の胸にくっついていた邪見の頭を掴み、無理やり引き剥がすと、その頭をみしみしと握り潰さん勢いで絞める。 「どお〜もひっかかりますな。私はあなたがたとは初対面のはずだが・・・あの毒虫の巣・・・まるで私のためにあつらえたような。・・・どういうことですか?そして蓮子さまの胸にいつまでもひっついて・・・羨ましい、妬ましい・・・あなたと七宝のせいで、蓮子さまの胸に顔を埋めることができなかったではないか・・・」 「おーい。後半話がそれてるぞ。しかもそれは八つ当たりだ。」 「さっきのため息はそれか弥勒!」 先ほどからため息ばかり吐いていたのは、せっかく蓮子の胸に顔を埋めるチャンスであったのに、蓮子と弥勒の間に七宝と邪見がいたため叶わなかったことにガッカリしただけだったらしい。 おらは本気で心配したのに!とショックを受けている七宝が不憫でならない。 「そのようなこと・・・きさまに話す筋合いはないわ。」 「ほお〜」 (あ、キレたな。これ。) 弥勒の額に青筋が立ったことに気付いた蓮子はそっと距離を置く。 「はうっ。」 ばきょっと弥勒の拳が邪見にクリーンヒットする。 「調子こいてんじゃねえぞてめえ。」 「え゛。ちょっと・・・・・・」 邪見の胸ぐらを掴んで凄んでいる弥勒はもはや優しい法師さまの影は微塵もない。毒で苦しいので、余計に機嫌が悪そうだ。 「そのお兄さん、怒らせると怖いよ〜?」 「だから、そういうことは早く言って!」 邪見が涙目でぷるぷるしているが、ほっとこうと思う。 *** 「蓮子!あぶねぇ!」 「うん?」 意外と元気そうだ。と、安堵して邪見と弥勒の戯れを見ていたら、犬夜叉に呼ばれて振り返る。 スパッ。 振り返る途中横に向けた頭の後ろで何かが横切る音がした。恐らく殺生丸が放った風の刃であろう。 ぱさ。 痛みもなく、ギリギリ当たらなかったらしいが、顔の横に横髪が落ちてきて、蓮子は目を見張る。恐る恐る後ろ髪に触れると―――おさげが消えていた。 「・・・・・・」 しーん。とその場が一瞬静まり返る。 「お、おい、蓮子!?」 動かない蓮子に、怪我でもしたのかと、犬夜叉が駆け寄ろうとすると、殺生丸のほうが早くに犬夜叉を追い抜いた。 殺生丸はいの一番に蓮子に駆け寄り鉄砕牙の変化を解くと、その頬に触れる。その、人間を気にかけてやるようなしぐさに犬夜叉は大層驚いた。 しかし、短くなった横髪に触れながら、殺生丸は形のよい眉を寄せた。血の匂いはしない。しかし、蓮子は放心したように微動だにしなかった。あの程度で彼女が恐怖を感じるとは思えないがと殺生丸は不思議に思う。 「どうした蓮子、ケガはないのだぞ。」 「ケガはなくても毛がなくなったんだぞ。」 後ろから様子を伺っていた犬夜叉が言った。 ひゅぅ〜。と、寒々しい風が吹いた。 「女の子が髪を切られたのよ。悲しいに決まってるじゃない!」 かごめが遠くから憤慨したように怒鳴る。これだから男どもは女心に疎いというのだ。とくに、蓮子は自分のおさげは父や兄とお揃いなのだと嬉しそうに語っていた。とくに髪型にこだわりがあった彼女のショックはひとしおだとかごめは慮る。 「・・・・・・」 ぽろぽろぽろ。と蓮子が涙を溢した。声もなく、表情を変えることもなく、静かに涙だけを落とす彼女に度肝を抜かれて犬夜叉がすざっと身を引く。 「・・・・・・」 沈黙が続く。だらだらと汗をかく犬夜叉と、一見冷静そうだが、彫像のように動かない殺生丸。 「お、おい・・・蓮子?」 犬夜叉がおずおずと声をかけると、蓮子が顔を上げた。 ぱんっ。 高らかな音を立てて、蓮子が殺生丸の頬を叩いた。 また、犬夜叉がすざっと仰け反る。 「・・・・・・」 そのまま蓮子は一言も発しないまま、ザクザクと土を踏みつけて、去った。 (殺生丸の・・・ばか・・・) この話はかなり悩みました。本当はもっと戦闘に参加させる予定だったんですが、あんまり無双したくないのと、長くなるのとで切りました。サクサク進めようと思います。サクサク。 タイトルからお察しだったかもしれませんが、どんなに不自然でも、あのセリフは絶対犬夜叉に言ってもらいたかった管理人です。『すざっ』は、もちろん、親指と人差し指と小指だけを立てたあのポーズをご想像下さいませ。 (20/07/18) 前へ* 目次 #次へ ∴栞∴拍手 |