快刀乱麻を断つ殺生丸はご機嫌だった。 犬夜叉を恨んでいる、奈落という胡散臭い男は気に食わなかった。殺生丸は他人の恨みをわざわざ代わりに晴らしてやるような親切な性格ではない。 しかし、鉄砕牙を持てるようになるとなれば話は別だ。 四魂のかけらには興味がなかったが、その力は絶大なようで、仮の腕に違和感はなかった。移動するすがら、試しに頬杖なんぞついてみたが、機能には全く問題はなさそうだった。 殺生丸にとって、腕とは、敵を切り裂くための爪であり、頑丈なものでなければならないという固定概念があった。だから、わざわざ、弱い人間の腕をつける。という発想に思い当たらなかったのだ。 弱いものには弱いなりに、使い道があるのだと。 ふと、頬に触れる弱い皮膚に、ある女を思い出した。 ‡ 拾 ‡ それは、弱い人間の女だった。少なくとも、万全の殺生丸にとっては。 しかし、その女は怪我を負った殺生丸を救い、どんなに拒絶をしても、ついぞ殺生丸のことを投げ出すことはなかった。 胸の傷に薬草を張り付ける女のしなやかな指の感触を思い出す。 ―――ドクン。 (!あの女の匂い・・・) 一瞬、思い浮かべた故の錯覚かと思ったが、犬夜叉に近付けば近付くほど、女の匂いが濃く近くなってきた。 (犬夜叉といるのか・・・) 距離の近さからたまたま近くにいるだけではないようだと悟る。 それだけで、殺生丸の機嫌は底辺まで下がる。 しかし、犬夜叉はじめ、天を衝く大鬼の出現に、神妙な顔をしている群衆の中で、ひとり目を輝かせているのを見つけて、殺生丸は思わず機嫌が悪くなったのも忘れて、笑みを溢した。 「ふっ・・・」 「殺生丸さま?どうかされましたか?」 「なんでもない。」 「はぁさようですか。(殺生丸さまはよほど鉄砕牙を手に入れるのが楽しみとみえる)」 突然、笑みを浮かべた主に側近の邪見が声をかけるが、もともと鉄砕牙を持てる期待に機嫌がよかったのですぐ誤魔化せた。 殺生丸は大鬼を前に奮起しているらしい女の顔をまじまじと見る。 (これとも戦うつもりか・・・) 天衝く大鬼は、あくまで移動の手段として用意させたものだが、その巨躯から人間が敵う筈はない。しかし、目を輝かせている娘はその表情からも、全く負けるつもりはなさそうだ。彼女がどのように大鬼を倒すつもりなのか、少し見てみたい気持ちが沸いた。 ふと、女が大鬼の頭から視線を滑らせ。―――目が合った。 自分を見つけるなり、目を見開き、驚いたかと思えば、女が破顔した。殺生丸の全身を確かめ、頬を紅潮させ、ほっと息を吐いている。それを見て、殺生丸は不可解に思う。 (何が嬉しい・・・) 無意識に思い。自分の思考に思わず口許を自分の手で覆う。 女が自分を見て何故喜んだと思ったのか。人間など、弱く浅ましい生き物だというのに。 (不愉快だ・・・) 女が犬夜叉を不思議そうに見ている。自分から視線が逸れたことで、殺生丸も少女から視線を逸らした。 *** (んな――――――!?) 邪見の心の中で絶叫が木霊する。だってありえない光景だ。 あの、人間嫌いを豪語する主が人間と接触している。 しかも、とっくに引き裂いていてもおかしくないのに、主は人間の娘に抱きつかれたまま、何もしない。 (わしだってまだ抱きついたことないのに!ってそうではなく・・・) 思わず誰も聞いてないのに心の中でノリツッコミをしてしまう始末だ。 「てめえ!蓮子を離しやがれ!」 いの一番に我に帰った犬夜叉が殺生丸に噛みついた。それを殺生丸が鬱陶しげにみやる。 「犬夜叉、きさまの目は節穴か?」 どうやら、犬夜叉はまだ混乱しているらしい。どこをどうみたら、殺生丸が蓮子を捕まえていることになるのか。 自分の首に腕を回し、隙間なくくっつく女の匂いはあの日と同じだ。ただ、あのときにはなかった犬夜叉の臭いが、女の身体にベットリと移っていることに、殺生丸は眉を寄せた。 「おい、きさま。降りろ・・・」 「あたしは『おい』でも『きさま』っていう名前でもないですぅーっ。」 首にぶら下がる蓮子に殺生丸が殊更低い声で命令する。その眉間には深い皺が刻まれていたが、その背中に爪を突き立てないあたり、かなりの高待遇だ。 それを蓮子はわかっているのかいないのか。殺生丸の命令を無視した。無視というか、呼ばれ方に不満があるようだ。 蓮子は殺生丸が最初、犬夜叉にばかりかまけて、自分の存在を無視したのが気に食わなかったのだ。 その不遜な態度に、犬夜叉だけでなく、側にいた邪見もが悲鳴をあげる。 しかし、残虐な光景がくるかと思えば、意外にも、殺生丸は静かに溜め息をついただけだった。 「・・・・・・蓮子、降りろ。」 「はぁい。」 しぶしぶ名前を呼んでやれば、素直にピョイっと殺生丸から手を離す。 降りた手前、かなり近い距離から女が殺生丸を見上げる。それを見下ろして、あらためて「小さい」と思った。 「また会えたね。元気そうでよかった。腕も生えたんだね、妖怪だから?でもなんか、覇気のない腕、死体みたい。まだ本調子じゃないの?」 「・・・・・・・・・」 ニコニコと、相変わらず人懐っこい笑みで矢継ぎ早に積もる話を喋る蓮子に、殺生丸は無言で返す。 「あの・・・蓮ちゃんと殺生丸って、知り合いだったの?」 おずおずと、それでいて、この場の誰もが気になっていたことをかごめが代弁する。 「うん。犬夜叉たちと会う前かな。ほら前に怪我した犬を保護したって言ったじゃん?」 「え゛。」 それはよく覚えている。犬夜叉とかごめが初めて蓮子に会ったときだ。 「まさか、それって・・・」 「保護犬。」 「だれが保護犬だ。」 かごめが言葉に詰まらせていたので蓮子が先回りして答えを言う。しっかり指まで差されて「保護犬」と言われた殺生丸はたいそう立腹した。 ここで兄上があえて人間の腕の方で頬杖ついてるの好きなんですよね。人間嫌いな癖に!ウキウキかよ!可愛いかよ!ってね。 タイトルは乱馬の名前の由来です。どこかで使いたかったのでここで使いました。まだ問題は解決していないんですけどね(笑) (20/07/16) 前へ* 目次 #次へ ∴栞∴拍手 |