孫兵


「結局、孫兵は私とジュンコのどっちが大事なの!」

「ジュンコ」

即答だ。
清々しいほど間髪入れずに返されてしまい、出そうだった涙も引っ込んでしまった。
せめて悩む素振りぐらいしてくれたっていいじゃないか。馬鹿。
「あっ、そう」
「…なんだよ」
孫兵の首に巻き付いているジュンコがにゅるりと動いてこっちを見る。蛇に表情なんてあるのか分からないけれど、今の私にはジュンコがどや顔してる気がしてならない。
ああムカつく。
「もう知らない。勝手にしなよ」
「え? お、おい」
孫兵に背を向けて歩き出す。

ジュンコが逃げ出したから一緒に探してくれ、と孫兵が私に泣きついてきたのは正午過ぎのこと。
またか、仕方ないなぁと思って、一緒に探してあげること一刻。
ジュンコは三年長屋から随分離れた草の陰で丸まっていた。
見つけたのは私。
私がいきなり手を伸ばしたから驚いたのだろう、ジュンコは私に牙をむいた。噛まれると思った瞬間、孫兵が「そこに居たのかジュンコ」と叫びながら私を遠慮無く後ろから突き飛ばした。
おかげで噛まれずに済んだけど、地面に勢いよくぶつかってあちこち擦りむいた。
身体中が痛くて泣きたくなった。
それなのに私に目もくれずジュンコに頬擦りする孫兵が頭にきて、冒頭に至る。
結果、これだ。

「どこ行くんだ」
後ろから孫兵がついてくる気配。
頼むから一人にしてくれ。
「もう孫兵に付き合わされるのは散々だよ。さよなら」
頭がカッカして、背を見せたまま捲くしたてる。
私、ジュンコに…蛇にすら勝てないんだ。
悔しくてムシャクシャして、一刻も早くこの場から去りたくなった。
走り出そうと足をあげたその時
「待って!」
後ろから右手首を捕まれた。
振り返れば焦った表情の孫兵が居て、ちょっと驚いた。
「離してよ」
「嫌だ!」
右手首を握る手に力がこもる。少し痛い。
「どうしてそんなこと言うんだよ…」
眉間に皺を寄せて哀しそうに呟く。
あれれ
私が思っていた以上に、さっきの言葉は孫兵にとって衝撃だったようだ。
私の手首を掴んだまま、大きく深呼吸してから言葉を続ける。
「ぼくは、ジュンコが大切だ」
「…知ってる」
「ジュンコにはぼくが必要なんだ」
「それも知ってる」
「なんでかって、ジュンコは自分で餌を捕獲出来ないから、ぼくが与えてやらなきゃいけない。具合が悪くても意思表示がうまく出来ないから、ぼくが気付いてあげなきゃいけない」
まぁ、蛇だからね。
「ジュンコはぼくがいないと生きられない」
「そうだね」
「だからぼくはいつもジュンコを一番に考える」
「うん」
「…ぼくは、ジュンコなんだ」
・・・は?
「え?何?」
「ぼく、は…」
どういうこと?
「ぼくには、君が必要だ」
…えっ

「ぼくは、君がいないと生きられない」

…うそっ
「だか、ら…」
消え入りそうな声で俯く。真っ赤な顔を見られたくないんだろう。
なんだよ
もっと早く言えよ
孫兵ってば、やっぱり馬鹿。

「じゃあ、私はいつも孫兵を一番に考えないとね!」

私だって人のこと言えないぐらい顔があっつい。

5秒後、嫉妬深いジュンコに私は噛みつかれた。
だけど孫兵はもう私のもんだぞ。
ざまあみろジュンコめ!


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