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煩わしい、とまでは言わない。
「長次!」
だが、しかし、
「長次!長次!」
もう少しだけ、静かにならないものだろうか。
「長次いいい!!!」

「…なんだ」
今は部屋で小平太と二人きり。そんなに大声で名を呼ばなくてもどうせ私しか聞いていないのだから、さっさと用件を言えば良いのに。表情を作るのはあまり得意でないが、顔面に精一杯のウンザリをこめて四六時中騒がしい同室者兼恋人を見やる。
「あのな! 今日、委員会でマラソンして、三之助が迷子になって追い掛けたら、すっごく景色が綺麗なところを見付けたんだ! だから明日一緒に行こう!」
精一杯のウンザリ顔も虚しく通用しなかった。虫食い文書を補修中の私の袖をぐいぐいと引っ張り、無邪気に笑っている。まあこいつの場合、気付いているくせに気付かないフリをしているのかもしれないが。
「無理だ」
「え!? なんでだ!?」
「明日は、文次郎と鍛錬の約束をしている」
私の返答を聞くなり、分かりやすく眉間にグッと皺を寄せる小平太。
「そんなの、断ればいいじゃん!」
「向こうが先約だ」
答えながら視線を虫食い文書へと戻す。小平太との観風ならいつでも行かれるから、べつに明日でなくても良いだろう。もっと言うなら、この会話自体もあとですればいい。この虫食い文書は今日中に補修しないといけないものだから、今は手が離せない。要するに忙しいのだ。
「・・・」
途端、部屋の中が静かになる。それまでぎゃんぎゃん吠えていた暴犬が背後で静かに立ち上がる気配。
さすがに冷たくし過ぎただろうか。頭の隅でぼんやりそう思い、小平太の方を再度振り返った。何も言わずに部屋を出て行こうとするその背中が寂しげに見えて、何か言葉を掛けようか思案し始めた頃、
「…じゃあ、今度の休みに行こうな」
前を向いたままの彼からそんな言葉が降ってきて、ああなんだ私の意思が通じたのか、と安堵した。
そのまま小平太は顔を見せずに部屋を飛び出して行った。





天気の良い、ある日のこと。
きり丸が私のところへボーロの作り方を教わりに来た。覚えたら良いアルバイトが出来るからと銭目を向けられ、まあこれといって断る理由も無いので快く引き受けた。
二人で食堂の調理場を借りて、あれやこれやとボーロ作りに励んでいると、
「あ、いたいた! 探したぞ長次!」
騒がしい恋人がズカズカと食堂に踏み入って来た。
いったい何の
用だという意を込めて視線を向ければ、彼は目の前でニンマリ笑い、一本の細い竹を取り出した。
「留三郎が用具委員の後輩に篠笛を作ったらしいんだけど、一本余ったからって、くれたんだ!」
ほくほくの笑顔で報告してくる彼に、だから何だ、という言葉が出かけて慌てて呑み込んだ。悪意は無いのだろうからそこまで冷たく当たることもない。
「んで、せっかくだから早速一曲作ってみた! 聴いてくれ!」
そう言って意気揚々と笛を構える小平太。正直、ゲンナリした。長い付き合いのもと、小平太の演奏は聴けたものでないことを知っていたからだ。つい先日もチンドン屋と紛うほどの酷い笛の音を周囲に浴びせて、体育委員会の後輩を打ちのめしていたばかりじゃないか。
少し困ってちらりと隣のきり丸へ目をやれば、ボーロ作りの手が止まってしまったからだろう、至極迷惑そうに小平太を眺めていた。
はて、どうしたものか。
「…小平太」
「なんだ!?」
「あとでもいいか」
私の一言に小平太の顔から笑みが消える。少し可哀想だとは思うが、きり丸は後輩で小平太は先輩だ。ここは我慢してもらうより他無い。
何より、小平太の笛の音はいつでも聞ける。
「・・・」
小平太は何か言いたげに口を開き掛けたが、次の瞬間にはそれをぐっと引き結んだ。そのままくるりと踵を返して、
「あとでな!」
そう零したのち食堂を飛び出して行った。
良かった、どうやら伝わったようだ。
私は再び安堵した。





とある休日。
寝坊助な同室者を尻目に部屋を出て朝食を済ませる。と、
「あ。おはよう長次。休みなのに早起きだね」
廊下で伊作と出くわした。
「今日は小平太と一緒じゃないの?」
「…まだ寝ている」
「あはは。昨日、夜遅くまで塹壕掘ってたみたいだからねえ」
僕達の部屋の前まで掘り進めて留三郎がカンカンだったよー、と眉尻を下げて笑う。確かに昨夜、明日は休日だから!といつも以上に張り切って塹壕掘りに出掛けていたが…あいつ、そんな方まで掘り進めてたのか。通りで寝坊助なわけだ。
「あ、そうだ。長次、今日予定ある?」
「?」
「僕、町へ薬の買い出しに行かなきゃならないんだけど…長次さえ良かったら、一緒にお供してくれないかな。薬草の選定とかもあるし、長次が居てくれたらかなり助かるんだ」
べつに断る理由も無い。黙ったまま頷くと、伊作はパッと満面の笑みを咲かせた。
「ありがとう!
急いで準備してくるよ!」
嬉しそうにぱたぱたと自室へ走り去る。伊作は走るとすぐ転ぶから走らない方が良いのではと思ったが、たまの機会だしまあ好きにさせてやろう。



町の薬屋を二人で転々とする。
私の傍にはいつも小平太がいるが、今日は不在。普段なら有り得ない程の落ち着いた環境に少なからず和んでしまう。
伊作は小平太と違って穏やかだ。のんびり話をする伊作の横顔を眺めながら、癒される反面、少々物足りなさを感じる。そんな私も大概小平太に中毒なのだろう、頭の隅で自分を嘲笑した。

昼食を食べ買い物を全て終わらせる頃には夕方になっていた。結構な量の荷物を二人で抱えながら帰路に着く。
「今日はありがとう長次! 来てくれて助かったよ」
どういたしましての意を込め、また一つ頷いた。
伊作はにこにこと上機嫌のまま、前方を見て話し続ける。
「だけど長次が誘いに乗ってくれるとは思わなかったなあ」
「?」
「一か八かの賭けだったんだけど…これって初デートかな!」
伊作の言わんとすることがよく分からない。首を傾げてひたすら疑問符を浮かべていると、返答の無い私を訝しむように眺めて来た。私の頭より少し低い位置にあるその両目でじっと見上げられて、なんだか居心地が悪い。
「…どうした」
「いや…僕はてっきり、長次が小平太より僕を選んでくれたものかと…」
恐る恐る告げられた言葉に困惑する。何がどうしてそうなった。私はただ友人の買い物に付き合っただけなのに。
私達の会話が上手く噛み合っていないことを察し、伊作は言い辛そうに口をもごもご動かした。
「だって長次、今日は小平太と何か予定があったんじゃ…」
予定? 小平太と予定…何かあっただろうか…。
「小平太、昨日の晩、僕達の部屋の前まで塹壕掘って留三郎に怒られたあと…『明日は長次と出掛けるんだ!』って凄く嬉しそうに笑ってたよ…?」
言われてハッとする。
『じゃあ、今度の休みに行こうな』
そうだった。先日したばかりの約束をきれいさっぱり忘れていた。
「…長次、まさか忘れてたの…?」
サッと顔色を青くする私を見て伊作が図星を言い当てる。さすがにこれはマズイ、と久方ぶりに動揺した。
伊作も釣られて、長次が忘れることなんて無いだろうと思ってた、とか、てっきりその気なのかと思った、とか慌てて横で並べ立てていたけれど、そんなことはもう私の耳に入らない。というか今はそれ
どころじゃない。
「あ、長次!」
抱えていた荷物を伊作へ無理矢理押し付けて駆け出した。
背後で伊作が何か喚いていたけれど、頭の中はもはや小平太の不貞腐れた顔でいっぱいだった。



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