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「あだだだ痛いよ、いさっくん!」
「我慢しなさいって」
朝も早よから小平太がボコボコの顔で保健室へやって来た。やって来たというか、正確に言うなら仙蔵に引き摺られてきた。
新野先生は昨日から出張のため学園を留守にしていて、保健委員会のみんなで交代に保健室当番をしていた。今日はたまたま僕の当番だった。小平太は新野先生が居ると信じて疑わなかったんだろう、保健室に入るまでは大人しく仙蔵に引き摺られていたくせに、僕の姿を見た途端に青ざめ、逃亡しようと暴れ出した。治療の度に僕から浴びせられるお小言が相当苦手だとみえる。失礼な。僕だって小平太が頻繁に傷を作ったりしなければわざわざ説教しないのに。
わんわんウルサイ大型犬を無視して何があったか仙蔵に訊ねれば、こいつがい組の部屋の前で同級生と殴り合いの喧嘩をしていたんだ、と不機嫌に返された。たぶん、仙蔵は寝ていたんだ。騒々しさに起きるより他なかったんだろう。小平太と殴り合いだなんてどちらかといえばその同級生の方が重症じゃないのかと思ったけど、その場を考えたら確かに小平太を同級生から引き離す方が最優先に思えたのでまあ仕方ないか。おそらく完敗したであろうその生徒は文次郎が応急処置して小平太と入れ違いにあとから来るらしい。
虫の居所が悪い様子全開で大型犬を室内へ投げ捨てると、仙蔵は踵を返して自室へと戻って行った。そして今に至る。
「どうして朝から喧嘩なんてしたのさ」
ボコボコの顔に薬を塗れば、口をしわくちゃにさせて痛みを堪える彼。
「いさっくんは? こんな早くから保健室に居るなんて、は組の部屋に居なかったのか?」
「僕は昨晩ここで寝泊まりしたよ。そして話を逸らさない」
「ぅぅ」
目は口ほどに語るというが小平太は特に分かりやすい。これだからいさっくんの手当ては嫌なんだ、とでも言いたげに目尻を下げて見せる。こちらとしても良い気分はしないのでわざと沁みるように薬を塗り付けてやった。痛いと思うならもう傷を作るんじゃありません。
「なんでって言われても…覚えてない」
「理由も無いのに殴ったの」
「違う!」
「言えないようなこと?」
「べつに、大したことじゃ、」
「ふーん」
ぬりぬりぬりぬり。
「あででででで!」
「大したことじゃないのにまた保健室沙汰? 僕、今週だけで小平太の手当て何回してると思ってるの?」
「だ、だっていつも知らない間に傷が出来てんだもん!」
「今日のは知らない間じゃないよね」
「いだいいだいいだい!!!」
「前回ここへ来た時、もっと身体を大切にするって小平太は僕へ約束したよね。うん、って返事もしたよね」
「悪かったって!!!」
「いつもその場返事だよね君は。僕の心配をちっとも本気にしないんだから」
「してるよ!してる!でも今日はどうしても許せなかったんだ!!」
「許せなかった?」
「あいつ、」
もごもごとバツが悪そうに口を動かしてから、
「あいつ、長次を馬鹿にした」
目も合わせないまま、たった一言。
「・・・」
たった一言、されど一言である。その発言だけで全てが見えてしまった。ただそれだけでとは思うが小平太の沸点を超えるに充分過ぎる理由である。たぶん先に手を出したのは小平太だ。そして重症なのも間違いなく向こうだ。なんでその同級生はそんなことを言ったんだろう。一番踏んではならない地雷を自ら踏んでしまったわけだから重症にしろその同級生も自業自得かな。
「夜通し自主鍛錬して、今朝戻って来て、い組の部屋の前を通り掛かったらあいつとたまたま出くわして、あいつも鍛錬してたって言うから、お互い精が出るなーなんてくだらない話して、そこまでは、良かった」
こうなると言い渋っていた事実を懺悔式に連ねるのが七松小平太という人間である。訊ねてもいないのにボロボロと話し出した。おそらく沈黙が嫌なんだ。
「そしたら、あいつが長次について話し始めて、それで、」
「馬鹿にした、と」
どんなふうに?という単語が出かけて呑み込む。そこまで訊くのは野暮だ。下手すりゃ僕まで地雷を踏みかねない。それに何を言ったかなんて訊かなくてもだいたい想像が付く。
同級生の間にも長次のことを快く思ってない生徒は少なからず居た。訊ねればみんな口を揃えて「中在家って何考えてるか分からない」という。僕らのように長次と親しい間柄なら彼の人の好さが嫌でも分かる為、そんな疑りは少しも過ぎらない。けれどあまり親しくない同級生達にとっては下級生同様、長次が不気味で仕方ないらしい。決して嫌いではないけれど気味が悪い、それが長次に対する周りの一般的な印象だった。
彼の場合は特に同室者が人懐こくて明朗な気質の為、余計に拍車を掛けてしまっているのだと思う。小平太は長次とは対象的に人見知りが無く顔も広い。きっとその同級生は悪意で言ったんじゃない、という僕の勝手な予想。印象のままに「中在家って気味悪いな」とポロリと溢したんじゃないだろうか。小平太と普段通りの会話のつもりで。そしておおかた長次と小平太が恋仲ということを知らなかったんだ。僕がこの言葉を他人様へ使うのも変な話だけれど、その同級生、運が悪い。
「・・・」
「・・・」
沈黙。何を言ってあげたらいいだろう。
長次のことをよく知らない奴の話なんていちいち相手にするんじゃないよ、と素直に思ったことを言ってあげるべきか。いいや言っても変わらない。小平太自身もきっと分かってることだ。けどどうしても許せなかったんだろう、だから手が出た。これ以上咎めたって仕方ない。
「…まあいいじゃない。長次自身、そんなに大勢と親しくしたい人間じゃないんだし、」
「なんだかまた腹立って来た」
「えっ」
相も変わらず人の話を聞かない彼は僕の言葉を右から左している。疲れるなもう。今に始まったこっちゃないけど。
「よく考えたらなんで私がいさっくんや仙蔵に説教されなきゃならんのだ!悪いのは向こうなのに!」
「ちょ、小平太落ち着い、」
「ああもうみんな長次のことを分かって無さ過ぎだ!! どうして長次の良さが分かんないんだ!? あんなに良い奴なのに!!」
「少なくとも僕らは分かっ、」
「どう気味が悪い!? どっからどう見ても非の打ちどころないぐらいカッコイイじゃん! どいつもこいつも目ン玉が風穴だ!!」
「節穴ね」
「あ!」
「何?」
「イイコト思い付いた!」
「イイコト?」
「私、長次の良さをこれから学園に布教させることにしよう!!」
「へ?」
「そうと決まれば行くぞいさっくん!!」
「…は!?」
急に立ち上がったかと思えば僕の腕を鷲掴みし、引き摺るように保健室を飛び出す。もう駄目だコレは何を言っても聞きやしない。意思に素直な聞か猿だ。
おそらく今日は小平太のコレに一日付き合わされるんだろう。朝からなんたる不運だと頭の隅で思った。



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