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山で出会った優男は善法寺伊作さんという。

彼は根無し草の戦場医らしい。各地で起こっている戦の情報を耳にしてはそこへ向かい、戦で傷を負った兵や民を手当てして回ってるのだとか。
いろんな戦場を転々としていたところ、僕らの城が戦の最中だという情報を耳にして、今回遠路はるばるここまでやって来たのだそうだ。

御仏の救いだと思った。伊作さんの腕前がどれほどのものか定かではないけれど、今は藁にも縋りたい気持ちだったから。
僕は少し強引に伊作さんの腕を引っ張り、急いで組頭のもとへ戻った。

伊作さんを連れ帰ったら、驚いたことに、小頭と伊作さんは旧友だった。
伊作さんは「長次のことは僕に任せて、大丈夫だから」と小頭を宥めてから、治療に集中するため、僕ら二人を一度部屋の外へ出して閉め切った。

部屋の前で取り残された僕ら二人の間に、会話は無い。
ちらりと横目で小頭の顔を見やれば、神妙な面持ちで物思いに耽っていた。泣き腫らした赤い目に僅かばかりの悲壮美を感じ取って、少しだけ鼓動が早くなる。

小頭でも、あんな風に泣くことがあるんだ。

だいぶ意外だった。
…そう言えば、小頭も伊作さんも組頭のことを「長次」と呼んだ。
今この状況下で不謹慎なこと極まりないけれど、三人はどういった関係なんだろう。僕の中に興味が湧き出している。
組頭と小頭は何か特別な関係なのだろうか。
もっと、知りたい。

「あの、訊いてもいいですか…」
「…なんだ」
「組頭と小頭は、旧友なのですか…?」
「何故」
「あ、いえ…」

何故と訊かれると答えようが無い。今この場で興味本位ですなんて言おうものならこの人は僕のことを斬り付けるかも分からない、そんな気がする。
だけど、どうしても気になるんだ。この気持ちは、訊くまで抑えられそうにない。だって、

"ただの旧友"、"ただの上司部下"で、ここまで他人に全てを懸けられるものなのか。

「お二人は、恋仲なのですか…?」

気付いた時には口を突いて出てしまっていた。ここまで率直に訊くつもりはなかったのに。

次の瞬間、
小頭は今までに見たこともないほどの怒気を含んだ瞳で、僕をぐるりと睨め付けた。
あまりの恐怖に背筋を氷が這ったような感覚があって、咄嗟に謝罪の言葉が口から出てこようとしたんだけど、声にはならなかった。

小頭が、正面から片手で僕の首を絞め出したから。

「もう一度言ってみろ」
「は…ぅ…!」
「この首、握り潰してやる」

恐くて苦しくて、喉元から上がってこない声の代わりにボロボロと涙が溢れ出た。
ごめんなさい、ごめんなさい!
うまく酸素が吸えなくて意識が遠のき掛けたところへ、予期せず制止の声が入った。
慌てて僕を助けようとしたのは、組頭の治療を終えた伊作さんだった。



あとになって思い起こせば、あそこで伊作さんが助けに入ってくれなかったら僕はきっと死んでいたと思う。
あの時の小頭は、それぐらい本気だった。



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