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組頭も小頭も笑ったことがないんじゃないだろうか。二人の笑顔を僕は見たことがない。
いや、正確にいうなら組頭は時々微笑むことがある。穏やかな空気を纏って。
けれど小頭は
笑顔どころか、その冷たい仮面以外の表情を見せたことが無い。



事件は戦場で起こった。
殿の近衛をしていた組頭が、殿を庇って負傷したのだ。幸い一命は取り留めたものの、刃先に毒が塗ってあったようで未だ床に臥せっている。意識はまだ戻らない。
組頭はタフだから、そうそう亡くならないと僕らは信じているけれど。

僕達忍者隊は交代制で組頭の看病兼護衛をした。
僕の番が来る頃には、組頭は高熱を出し、布団の上でうなされていた。いろんな手を尽くしたが、完全に解毒出来ていないのかもしれない。
うちの城にお抱え医師なんてものは無い。ただでさえ最近になってやっと忍者隊を作ったぐらいなのだから。
うちの城は何かといえば組頭の知識に頼りがちだった。組頭は沈黙の生き字引だ。けれど生き字引その人が毒に掛かってしまった今、僕達にはどうすることも出来ない。

こんなとき、一番この人の傍に居たいのは小頭だろうな。
組頭不在の今、小頭は組頭代理として外で奔走している。

不意に、意識がないはずの組頭の指先が、ぴくりと動いた気がした。
「組頭…?」
恐る恐る声を掛けてみるも、返事は無い。
ふと、背後に誰かが現れた気配。振り返ると小頭だった。
「小頭」
「あらかた片付いた。お前は戻れ。何かあったらすぐ知らせろ」
「はい。あ、いま組頭の指先がですね、」
僕の言葉に被せるように聞こえてきた掠れ声。慌てて言葉を止めれば、それは意識の無い組頭の口から零れていた。
「…こ、…た…」

こ へ い た

僕の耳には、そう聞こえた。
「組頭、私はここです」
小頭が組頭の手を握り強く言い放ったその時、
 ガ ボ ッ
と気管がせり上がる音と一緒に、組頭が血を吐いた。
「組頭!」
僕はただただ慌てて、すぐ側にあった水桶と手拭いへ咄嗟に手を伸ばす。
こへいた、こへいた、
熱に浮かされたように小頭を呼び続ける組頭。痛々しい。早く、早く何とかしてあげたい。
絞った手拭いで組頭の口元を拭おうと視線を戻し、僕は息を呑んだ。

小頭が泣いていたのだ。

彼はみるみるうちに顔をくしゃくしゃと歪め、組頭の服を掴んで覆い被さった。
「いやだ!!」

そのまま、まるで子供のように泣きじゃくる。

「長次!長次!いやだ!私より先に逝くな!許さん!」

その様子が、普段の彼とはあまりにもかけ離れていて。

あまりにも、幼くて。

僕はしばらく固まったまま動けなかったのだけれど、
我に返って血の気が引いた。
組頭のことだから死にはしないだろう、と僕達は高を括っていたけれど、小頭には何か分かるのかもしれない。
あの小頭がこれほど取り乱すのだ。
組頭は、本当に危険なのかもしれない。

そう思ったら居ても立ってもいられなくて、僕はその場から飛び出した。



「誰かお医者はいませんか!」
町にたどり着くまでの間も叫び続ける。
いやだ、いやだ、僕だって組頭に死んでほしくない。
「誰か、お医者は…!」

「誰か危険なのかい!?」

予期せずあった返答に驚いて周りを見渡す。が、誰もいない。
まだ町にたどり着いてもない、山の真っ只中だ。
「ここだよ、ここ!」
先程と同じ声がしたので、聞こえた方へ近寄ってみる。
そこに、山の斜面に躓いて転んだのか、色素の薄いボロボロの優男がいた。

「僕をその人のところへ連れて行ってくれ!」



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