A


すぐ会うさ、と先輩は言ったけれど、それから何日経っても小頭を見かけることはなかった。
だからたまたま忍務でペアになった先輩に訊ねたんだ。どうして小頭は姿を現さないんですか、って。
そうしたら、小頭はお前ら新入隊員を監視してるんだよ、と返された。

「あの人は組頭の影なんだ。組頭が手を汚すことの無いように自分の手を汚し、だいたい組頭の傍で組頭を護衛してる。組頭が与えた命には絶対逆らわないし、しくじって来たことは一度も無い。組頭が何もしなくていいように、隊をまとめること以外に関して常に先手で動いてるんだ」
「僕らプロの忍者にすら存在を気付かせない忍者、そういうことですか?」
「そうだよ。俺達だって時々知らない間に監視されてたりするんだ。隊の中に間者が居ないかどうか」
「…凄い人なんですね」
「こっちは気が気じゃないさ。いつどこで見られてるか知れたもんじゃない。ひょっとしたら組頭が内々に出した命で遠征してるだけなのかもしれないし」
「気を抜けないですね」
「ああ、まぁ…だから、」
「?」
「会わないに越したことはないよ」

先輩の最後の言葉に、畏怖の色が見え隠れしていた。



翌日。
昼食を食べてから厠へ足を向けたところ。
ちょうど厠から出てきたのか、このあいだ一緒に入隊した新人忍者二人組が、向かいから歩いて来る。
「しっかし、うちの組頭ってさぁ」
聞こえてきたのは
「やっぱ? 俺も思った! 変わってるよなー!」
組頭の悪口。
「声小せぇから何言ってるか分かんねーし、顔もこえーしさあ」
「あんなんが頭で大丈夫かよココ。俺、ここが腕利きの集まりって聞いたから来たんだけど」
「俺も。やっぱ一時の人気ってヤツだったのかなー」

その時だった。
二人の背後に音も無く降り立つ、背の高い忍者が見えたのは。
「!?」
その忍者は二人の首を後ろからわし掴むと、その場で軽々と持ち上げて見せた。

「もう一度言ってみろ」

地を這うような低い声。
二人を締め上げる忍者から発せられた、怒気を纏ったその声に、僕は足が竦んで動かなかった。そこで瞬時に理解する。

彼は、小頭だ。

何故あの時、先輩の言葉に畏怖の色が混ざっていたのか。その理由を目の当たりにして、すぐに見当がついた。

ぎりぎりと締め上げられた首の部分が赤みを増していく。苦しそうにバタバタと宙を掻く二人の足が、次第に弱くなっていく。
いけない。この人、どこまで本気なんだ。
このままじゃ二人とも死んでしまう!
「小平太!」
刹那、僕の背後から聞こえた慌てた声。振り返ればそこに組頭が居た。
小頭は組頭の瞳をじっと見据えてから数秒後、両手をパッと開いてみせた。締め上げられていた二人が尻餅をついてせき込む。
組頭が傍へ歩み寄れば、小頭はその場に片膝をついて頭を下げた。
「申し訳ありません、組頭」
「隊員に手荒なことをするなと…何度も言っている…」
「…はい…」



小頭である七松小平太を僕が見たのは、これが初めてだった。



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