惜別
長次が組頭で小平太は小頭。上司部下。
ほんのり暗いから下げる↓
「組頭、これはもう負け戦です!」
「投降しましょう! うちの忍者隊は優秀だから、向こうも無碍に追い払ったりはしないはずです!」
「組頭、もうすぐ敵の応援が駆けつけてしまいます!」
「組頭!」
「組頭!!」
部下達に次々と捲くし立てられ、私は初めて動揺した。
我が忍者隊を含め、こちら側の城の内情はボロボロ。
部下達の言う通り、最早これは完全な負け戦だった。
「しかし…」
この城に仕えて数年。組頭にまで昇進した私が、自分の城を裏切る指示を出すことなど大罪に価する。たとえ部下達の言うことが事実だとしても、私の口からそれを言ってしまっては終わりなのだ。
だが部下の命も大切だ。無駄な死人を出したくはない。
私は、私は、
「うあああああ!!!」
背後から悲鳴が聞こえたのはその時だった。
振り返れば、小頭である小平太が部下の一人を斬り付けていた。
斬り付けられたその身体は血飛沫をあげ崩れ落ちる。
ドシャリ
鈍い音と共に、地面に血が広がっていく。
私に詰め寄っていた部下達が一斉に静まり返った。
皆、小頭に脅えているのだ。
「我が城を裏切るのはどいつだ!」
まるで猛獣のような気迫で、小頭は声を張り上げる。
「敵に寝返りたい裏切り者は、どいつだ!」
俯いたまま、誰も小頭と目を合わせようとしない。
「出て来い!私が片っ端から斬ってやる!!」
誰からも返答は無い。
しばしの沈黙。
どこからか歯を鳴らすカチカチという音が聞こえるだけ。
小頭はそのままぐるりと私を振り返り、まるで分からないという顔で矢継ぎ早に続ける。
「何を迷ってらっしゃるのですか組頭。私達は忍者であり、人では無いのです。戦のための武器でしかないのです。投降など有り得ません」
尤もだ。本来ならば私が言わなければならない事実を、こいつはこうも簡単に口にする。
ああ、そういえばこいつは学園に居たときからそうだったな。
だけど今、私は
「そんな! ならば小頭は私達全員に死ねとおっしゃるのですか!?」
私の返答よりも先に部下の一人が悲鳴をあげた。
小頭は一瞬鋭い眼光を見せてから、その部下の首を真正面から掴み上げて怒鳴った。
「その通りだ!」
掴まれた首からギチギチと音が聞こえる。
「お前はどうして忍になった!どうして城に仕えた!泰平の世に生きられないことなど初めから分かっていただろうが!城に仕える気で入隊したのなら、潔く城と共に散れ!」
彼はその部下を他の部下達のもとへ放り投げた。
どすりと肩から着地したそいつは、四つん這いになり首を押さえて咽せ返っていた。なんとか意識は手放さなかったようだ。
「やってられるか!」
次に声を発したのは、咽せ返っているそいつじゃない。
「小頭がなんと言おうと、私は向こうの城へ行く!」
「私もだ!」
「私も!」
飛び火するように部下達が騒ぎ出す。
「こんな城のために命なんて懸けられるか!」
「命あっての物種だ!」
「殺したいなら殺せ!どうせこの城にいたら死ぬことは決まってるんだ!」
終わりだ。
忍者隊は崩壊した。
小頭のせいではない。
遅かれ早かれ、これは分かっていたこと。
「止めるなら止めてみろ!私達は行く!」
「おい、早く行くぞ! 向こうに援軍が来る前に!」
慌ただしく行動を開始する部下達。
引き留めたところでもう忍者隊は修復不可能なことを受け入れたのだろう。
小頭は、黙ったままその場から動かなかった。
あっという間に全員がここを離れていった。
この場には私と小頭の二人だけ。
もうすぐ敵の軍勢がここを攻めてくるから守らなければならない。
口には出せないが、これは負け戦だ。
応戦といえば聞こえはいいが、牙城に攻め込まれるまでの時間稼ぎに過ぎない。
私達は、いわゆる捨て駒だ。
このまま二人で逃げてしまおうか。
小平太が私を慕っていることには以前から気が付いていた。
しかし小平太には小頭でいてもらわねば忍者隊が成立しなかったので、知ってて知らないふりをしていた。
二人、どこか秘境の地で暮らそうか。
皮肉なことに私達は忍者だ。忍んで暮らす技術には長けている。
「組頭」
けれど私の目の前にいる小頭は戦忍の顔を崩さない。
「指示を下さい」
じっ、と私の指示を待つ。
待っている。
指示を出さなければならない。
ならないのに、言葉が出て来ない。
渇いた唇が震えるばかりで、何も喋れない。
私は、私は、わたしは
わたしのしじは
「長次」
フッ、と柔らかく小頭は笑った。
「迷うなよ。お前、組頭だろう」
それは戦忍じゃない、懐かしい同級生の表情だった。
「お前の指示が私のすべてなんだ。お前が言ってくれなきゃ、私は動けない」
ああ嫌だ。
それ以上、促すな。
「答えなんかひとつしか無いだろう。ほら、言って」
嫌だ、いやだいやだ!
言わせないでくれ!!
「組頭」
遠くから一定リズムの太鼓の音が聞こえてくる。
召集だ。
城主の近衛隊が私を呼んでいる合図。
「言って下さい、組頭」
頬を温かいものが伝う感触。
指示を与えるより先に、私は泣いていた。
そして
自分の人生の中でも一番小さいと思えるような声が、私の口をついた。
ココハマカセタ
小平太はあの人懐こい笑みを見せてから私に背を向けた。
「了解しました。行って下さい」
涙が止まらない。
私の顔はおそらく今ぐしゃぐしゃだ。
「すぐに、迎えに来る…」
絞り出すような声で付け加えた。
たとえ気休めだとしても、何か言わなければ気が狂いそうな気がして。
「ありがとう」
振り返らずに彼は言う。
小平太は馬鹿ではない。
すべて分かっている。
だから
"待っている"とは、言わない。
私も踵を返して走り出した。
後ろは振り返らない。
逃げ出す勇気の無い私を
この先、私自身が許すことはないだろう
でれでれでれでーん。最初からいきなり最終回(笑)。
前に妄想で語った卒業後の上司部下ネタ。
学園時代通して二人の力関係は長次の方が上なのに、人生最期のときだけ逆転したらなんか萌えんなぁと思ってカッとなってやった。
反省はしているが後悔もしている。ガッツリ暗くてごめんなさい。
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