side:八左ヱ門





「これで全部っすか、食満先輩」
「ああ、終わりだ。助かったぞ竹谷」
その日、俺は用具委員会…正確には食満先輩の手伝いをしていた。
通りかかった道で、たった一人で壁の補修をしている食満先輩を見掛けた。話を聞くと、連日の補修作業の疲労で用具委員会の後輩はみんなダウンしてしまったのだそうだ。要の富松に至っては熱が出てしまったらしい。不憫な。
特に予定も無かったから、俺は食満先輩を手伝うことにした。
「竹谷、やっぱ手先器用だなぁ。思ってたよりよっぽど早く終わった。今日の夕飯、奢ってやるよ」
「マジすか。ラッキー!ありがとうございます」
「…お?」
食満先輩の視線が俺を通り過ぎる。つられて俺も振り返る。と、そこには
「…七松先輩?」
肩を落とした七松先輩がこっちに向かって歩いて来るのが見えた。
普段のいけいけどんどんはどこへやら。影を背負って溜め息吐いて、まるで別人だ。何があったんだ?
「ぅおーい、小平太」
食満先輩が手を振ると、七松先輩は俺達に気付いた。
「おぅ、たけま〜」
「略すな!」
気力無く、こっちへ近寄ってくる。いつもの底抜けの明るさは片鱗も見られない。今の七松先輩なら一年ろ組に入っても違和感無さそうだ。
「お前が影背負ってるなんて珍しいな。明日は雪か。」
食満先輩の問い掛けに、フッと遠い目をして笑う七松先輩。
「・・・かもな…」
「何があったんだよ?」
「・・・」
「…小平太?」
「・・・」
「よく知らねーけど、元気出せよ!お前、細かいことは気にしないがモットーじゃねーか」
「…細かくないんだ」
「何?」
「破っちゃったんだよ」
「えっ?」
「長次の本を!」
ビシッ、と音が聞こえそうな程、食満先輩は目に見えて固まった。
「だから、どこに逃げようか考えて…」
「え、ぅ、えええおまっ、それはマズっ…!ええええ!お前逃げてきたの!?」
「うん」
「ウソウソウソウソ!ちょ、待っ、長次追ってくんの!?」
「うん」
「うんじゃねーよ!!」
真っ青な顔でしどろもどろになる食満先輩。俺には何がなんだかよく分かんないけど、食満先輩がひどく怯えだしたことと、なんとなく今の状況が危険なことは察しがついた。
「巻き込むなよ俺は逃げる!」
食満先輩が塀に駆け上がるのとその台詞を捨てるのは同時だった。
なんだこの人!さっきまでめちゃめちゃ友達思いな感じだったのに!すげぇ現金!
「あああ留三郎の薄情者!」
塀上を駆けていく食満先輩。七松先輩の叫びなんて思いっきり無視だ。返ってすがすがしいぐらい。
「・・・」
七松先輩がゆっくりこっちを向く。ロックオンされる俺。
「な…中在家先輩って、怒るとそんなに怖いんすか…?」
俺も逃げたい。
「怖いなんてもんじゃ…私、死ぬかも…」
ガタガタ震え出す先輩。あの七松先輩がこんなに怯えるなんて…!どんだけぇ!?
「そ、そうですか…大変っすね…。じゃ、俺はこのへんで…」
さりげに去ろうと踵を返したら、後ろからガッと肩を掴まれた。あいだだだだだ肩の骨折れる!
「どこ行くんだよ竹谷」
笑顔が怖い!笑顔怖い!忘れてたわけじゃないけど、このヒト暴君だった!
「いや、あの…」
「お前、私が可哀想だろ」
断定!?
「いやでも俺まだ死にたくないっす!」
ああもう構ってられるか!ここはハッキリ言ってやる!どーせあとで中在家先輩にボコられんなら今七松先輩にボコられても同じ!NOと言える人間になれ、俺!
「俺が居たってべつになんにも変わんないじゃないすか!離して下さい!」
先輩を振り切って歩き出す。と
「後生だからああぁ!」
先輩は後ろから俺の腰にぶら下がってきた。ええええこんな人だったっけ!?
「腐っても長次は先輩だ!可愛い後輩が居たら巻き込みたくなくて少しは加減するかもしれないだろおぉ!」
先輩を引きずって歩く。重てェェェ!
「かもの話じゃないっすか!」
「頼むから待ってくれっ!!もう正直、一人じゃ心細い!!」
「離してくださいっ!」
「竹谷ぁ!」
「だいたい、本を破ったのは先輩じゃ…!」
勢い任せに振り向いたら、そこには七松先輩の外見をした
「…行くなよぉ…」
涙目の捨て犬が居た。

な ん だ こ い つ は

ええええいったいいつの間に耳と尻尾が生えたというんだおそらく俺の目の錯覚なんだろうけど今の俺の立場になったら確実に誰にでも見えるもんだどどどどうしたらいいんだ俺はこの犬をここに捨てて行ったら生物委員としての俺の倫理に反する気がするいやでも騙されるなよ竹谷八左ヱ門こいつは七松先輩だあの日あのとき実習で俺の肋骨折りまくったあの鬼畜暴君なんだ外見に惑わされちゃ駄目だ
「お願い、行かないでっ…」
ぎゅうううっ
「・・・」

ぷっつん

「どこにも行かないっ!」
真正面から七松先輩をハグする。いやもうこれは七松先輩じゃねぇ!
ポチだ!
「俺が悪かったポチ!許せ!」
ポチのしっぽがパタパタ動いた。なんだよもう可愛いな!中在家先輩てばいつもこんな気分!?
「…!」
ピクッと。ポチの耳が急に何かに反応する。
「うぉ!?」
ポチは急に俺を突き飛ばし、一目散に走り去った。
「おぉーい!どしたポチ!飼い主を置いて行くな!」
ポチは足が速い。あっという間に姿が見えなくなった。
「なんだったんだ…?」
そこで、俺は初めて気付く。背後に人の気配。
おそるおそる振り返ると
「・・・」
中在家先輩だった。
「おわあああああ!!」
「…小平太を探している」
あの人、あっさり俺を売りやがった!つーか初めから俺を楯にして逃げる気だったのか!なんて鬼畜ぶりだ!
「いや、あの…ポチに悪気はなかったわけで…」
「…ポチ??」
「ポチじゃないです暴君です!!!」
ああ俺の命日は今日なのか…くそぅ…
「・・・」
震える俺を見て、溜め息を吐く中在家先輩。
「…べつに怒ってない」
・・・エッ?
「…そーなんすか!?」
一気に気が抜けた。命拾いした…不幸中の幸い…
「あいつ…」
「?」
先輩は懐からごそごそと紙片を取り出した。ずいぶんボロボロだ。
もとは本だったのだろうか。

「やっぱり、これが何か覚えていないのか…」



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