可愛いとこあるんだね


長次は甘いものをあまり食べない。
べつに嫌いなわけじゃないんだろうけど、自分から好き好んで食べることが無い。後輩や私から時々お茶に誘われても、付き合いで団子を少しかじるぐらいだ。あんなに美味しいボーロを焼けるくせに。
「あ、長次! その手に持ってるの何だ!? またボーロ焼いたのか!?」
対して私は甘いものが大好きだ。というか甘いものに限らず何でも好きだ。あ、煮豆はちょっと苦手。
長次はいつも通り黙ったまま頷くと、みんなで食べよう、と呟いた。みんなで食べる? そんなの嫌だ! 一切れじゃ足りないぞ私は!
「やだ! 私食べる!」
長次の手からボーロを奪い取って口に詰め込む。それから急いで怒られる準備をすると、長次は何事も無かったようにもう一つボーロを取り出した。
あれ? 二つ焼いたの?
「…こうなると思った」
どうやら長次は私がボーロを奪い取ることを予測していたようだ。何それ恥ずかしい。だって今食べたボーロは私の為にわざわざ余分に焼いたってことだろ?


塹壕掘りをしていたら木の根に引っ掛けてまた頭巾を破ってしまった。
これで何度目だろ。両手に収まる回数じゃない。いつも細かいことは気にしないんだけど、さすがにこれはやばい。私がやばいって思うぐらいだから周りとしてはもっとやばい。
私は裁縫が得意じゃないからいつも長次に修繕してもらうんだけど、いい加減これは怒られるかなぁ。恐る恐る自室に入り、読書中の長次に声を掛けようと息を吸い込んだその時、
 ぱさり
振り向き様の長次に何かを投げられた。拾い上げてみると予備の頭巾だった。…え!? 予備!!?
「…破くと思った」
私がまた頭巾を破いてくるだろうと思って、長次は予備の頭巾を作っておいたらしい。だから、何それ恥ずかしい!! いつの間にこんなの作ったんだよ! 私、知らないんだけど!

ムカつくぐらい、いつも完璧。


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「悔しい!!」
「はぁ…」
「長次のヤツ、どうしていつもあんなに大人なんだ! 私と同い年のはずなのに! 格好良過ぎてこれじゃ私が丸っきり子供じゃないか!」
「俺にはのろけにしか聞こえないんですけど…」
「のろけじゃないぞ! 愚痴だコレは!」
「そんな力いっぱい『愚痴だ』って言われても…」
「なんだよ駄目なのか。じゃあアレだ、陰口だ」
「もっと悪いです!」
「いちいちウルサイなぁ。今更反抗期か、竹谷」
「んなわけないでしょ! 七松先輩、何かあると必ず俺のとこ来るけどなんで俺なんスか。他の六年生の先輩方に相談した方がよっぽどいいアドバイス貰えると思いますけど」
「だってお前、暇そうじゃん」
「暇そうって…! べつに暇じゃな、」
「ヒ マ だ ろ ?」
「…暇です」
「話を戻すぞ! えーと…あれっ、何の話してたっけ?」
「えええ!?」
「まあいいや、そのうち思い出すから! そんなことよりバレーしよう、バレー!」
「ちょ、ま、ええええ!!?」


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薬の調合でどうしても分からない部分があって図書室で本を借りた。ちょうど図書室当番交替の時間だったらしくて、不破くんと長次が入れ替わるときだった。
図書室から出て、長次に本の説明を聞くついでに事情を説明したら、このあとは暇だからと言って調合を手伝ってくれることになった。
結構難しい薬だから長次が居れば百人力だ、やったね。
保健室に向かう為、二人で廊下を歩いていると
「いけどんアターック!!」
「もう勘弁して下さい…!!」
中庭から聞きなれた声がして視線を向けた。
小平太と五年生の竹谷だ。二人だからバレーっていうよりパス練習だな。
ちらりと長次の様子を盗み見る。僕と同じく中庭の二人に視線を向けているけど、特に変わった様子は見られない。
正直、ほっとした。だって長次と小平太の関係が友人以上であるのは明白だもの。
長次は僕らより大人だから、嫉妬とかそういう類は別次元のことなのかもな。
「最近小平太、竹谷と居ることが多いねえ」
思ったことを呟いてみる。僕の隣で長次はこくりと頷いた。
小平太は竹谷がお気に入りだ。誰が見てもすぐ分かる。何かあるたび竹谷のところへ行って、竹谷を構って、竹谷とバレーしてる。
竹谷は根が明るくて素直な子だから、小平太が気に入る気持ちはよくわかる。でもそれでいいのかなぁ。小平太、長次みたいな立派な相方がいるんだから、あんまり天真爛漫過ぎるのもよくないと思うんだけど…。
「行こう、伊作」
庭を眺めたままぼけっと突っ立っていたら、長次に小声で促された。
あ、そうか。調合に時間が掛かるだろうから早く保健室へ行かなきゃね。


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俺の視界の端で、善法寺先輩と中在家先輩が並んで廊下を歩いて行った、気がした。
「次行くぞ竹谷ー!!」
「や、もう無理です俺!!」
確認する間なんて無い。気を抜いたら今度こそ顔面に直撃する。これパス練習つーか、ただのサンドバックだよ俺! いつも思うんだけど!
「あ! 思い出した!!」
「は? 何をですか?」
「私、長次に腹が立ってたんだよ確か!」
思い出すならもっと早く思い出して下さい…俺、膝がもうガクガクです…。
「なあ竹谷、長次の子供な面を見るにはどうしたらいいんだろう?」
見てどうすんスか、と思ったけどそんなこと口が裂けても言えない。
「なんで見たいんですか?」
「だって、私ばっかり子供なの面白くないじゃんか」
バレーボールの上に顎をのせ、ぶうと口を尖らす先輩。要するに男として中在家先輩と対等でいたいわけだ。自分ばかり子供扱いされるのが癪だと、そういうことか。
言ってることと仕種が支離滅裂な気もするけど。
「俺はべつに今のままでいいと思うんスけど…」
「やだ! 私がやだ!」
「や、まだ何も言ってませんて。聞いてくださいよ俺の話」
「・・・」
「七松先輩の話を聞く限りだから俺の勝手な推測になりますけど…。中在家先輩は七松先輩が好きだからこそ、それだけ大人でいられるんじゃないですか? 七松先輩が好きだから、七松先輩の行動を予測出来るんだと思いますよ」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・べつに知ってるもん、そんなの…」
赤くなってぷいっとそっぽを向く。うわああ三年生みたいな反応。
七松先輩が中在家先輩の子供な面を引き出すなんて、個人的に無理だと思います。
なんて、やっぱり口が裂けても言えない。


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バレーの後に塹壕掘りをしていたら、私物の苦無が岩にぶつかって折れてしまった。年季ものだからそれも手伝ったのだろう。今日はこのへんにしようかな。
自室へ戻り部屋の戸を開けると、長次が自分の机でいつも通り読書をしていた。ぷんと薬草の匂いがする。
そういえば長次、いさっくんと昼間二人で廊下を歩いてたな。あのあと一緒に保健室へ行ったのか。
なんだよ、ちょっと妬けるじゃんか。
「長次! 私、塹壕掘ってたら苦無が折れちゃったんだけどさ、他の苦無って押し入れだったっけ!?」
後ろから抱きついてわざと読書の邪魔をする。薬草の匂いなんか消してやる、全部私の匂いにしてやる!
「・・・」
…あれ?
「長次?」
「・・・」
おかしい。長次が私を無視する。いつもなら振り向いて頷くのに。
「どうしたんだ長次。なんで無視するんだよ」
「・・・」
「いさっくんと浮気したの」
「違う」
本を見つめたまま即答される。普段は小声のくせに、こういう勘繰りに対してはいやにハッキリ答えるんだ。まあ、いつものこと。
「じゃあ何なんだよ」
「・・・」
普段と変わらず無表情だけど私にはなんとなく分かる。
長次は何か怒ってる。たいそう不機嫌だ。
「私、何かした?」
「・・・」
「何かしたんだな。私、何したんだ。教えてくれよ」
自慢じゃないが私は繊細な方でないから、言ってくれないと分からない。
後ろから身を乗り出して長次の顔を覗き込もうとし、ふとあることに気付く。
「…へ?」

長次、本、逆さなんだけど。

何故だ。何故なんだ。長次ってば読書してたんじゃないのか。私が部屋に来たから慌てて本持った感じだろコレ。っていうか気付けよ長次! どこ見てんの!?
長次をここまで動揺させること、何かやらかしただろうか。なんだろう? ついさっき委員会に行く前までは普通だったのに。そのあとに長次と会ったことといえば、会ったことといえば…長次といさっくん、並んで廊下を歩いてたな。でも長次は浮気してないって即答した。即答する時はだいたい本当だから、たぶん嘘じゃない。だったら他には? 私は? 何してた? 竹谷とバレーしてた。

え、それって、

「なあ、長次」
「・・・」
「…ひょっとして、ヤキモチ?」
瞬間、カッという効果音が聞こえるぐらい長次は真っ赤になった。
え、嘘。長次のそんな顔、私初めて見たぞ。
「…悪いか」
追い打ちをかけるように、かつてないぐらいの小声が返ってくる。いや、もう、なんていうか
感 無 量
ヤキモチを妬かれたことが嬉しくて
長次の新しい一面を見れたことが嬉しくて
思いっきり肩口にすり寄った。

「長次も可愛いとこあるんだなぁ!」





本逆さだよ、ってどのタイミングで言おうか










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「同じ時を過ごした」様に提出させて頂きました。
吐くほど甘い…
素敵企画に参加させて頂き、ありがとうございました!



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