A


自室へ戻って早急に戸を開ければ、そこに小平太の姿は無かった。
「・・・」
正確に言うなら、あるけれど無かった。
「…小平太」
部屋の真ん中でこんもりと丸くなっている団子状の布団を見ながら途方に暮れる。私の呼び掛けにその巨大団子はもぞりと一度蠢くと、あろうことか殺気を向けて来た。どうやらだいぶオカンムリのようだ。けれど仕方がない、今回ばかりは私が悪い。
一歩進んで後ろ手に戸を閉め、丸まっているそれに近付く。
「小平太、」
二度目の呼び掛け。
げしっ!と、私のスネ目掛けて布団から足が飛び出してきた。見事に直撃し、あまりの激痛に身悶える。思わず涙目になったぼやけた視界の中で、飛び出した足が再び布団の中へと引っ込んでいった。
「…すまない」
機嫌を直してもらう手段が見付からずに困り果てたが、とりあえず謝罪する。しかし奴にはこれが逆効果だったようで、今度は布団の中から枕を掴んだ腕が飛び出して来た。私の顔面目掛けてそれをぶん投げて来る。避けようと思えば避けられるが、ここはあえて避けない。小気味良いほど顔面で受け止め、あまりの衝撃に鼻がモげてしまったのではないかと錯覚した。ぶるりと頭を左右に振り、痛みを分散させる。
「小平太」
しかし私には平謝りするという選択肢しか残されていない。根気強く謝罪を続けるより他に無い。
「悪かった」
何故、小平太との約束を忘れたりしたのだろう。こいつは私との約束をずっと楽しみにしていた。けれど朝目覚めたら私の姿は無かった。いったいどれほど傷付いただろうか。
能天気な自分が憎たらしい。もしも拳が飛んで来るというなら、それでも構わないと思う。
「本当に、すまなかった…」
包まっている布団ごとぎゅうと小平太を抱き締める。予想に反して拒絶はされなかった。
「・・・」
暫しの沈黙の後、抱き締めている布団の塊がぽつりと呟く。
「長次のばか。にぶちん」
「・・・」
「…もう、いい」
小平太の最後の言葉に諦めのような色が混じっていた気がして、柄にもなく慌てた。言葉の真意が分からずとも小平太に見捨てられたような気がして、ガツンと頭を殴られたような衝撃が走る。
どういう意味だ、そう問おうとしたが言葉にならず、小平太を抱き締める腕がただ震えた。
「どうせ長次は私のことなんか二の次なんだ」
「何、」
「もう伊作と付き合っちゃえばいいよ」
カッと頭に血が上る。
気付いた時には
布団を引っぺがし、小平太に覆い被さっていた。平謝りを通すつもりだったが、いくらなんでも今のは聞き捨てならない。
私が文句を言おうと口を開き掛けたその時、
「ふ…うぅううぅう…」
私の下で小平太は顔をぐしゃぐしゃにして泣き出した。普段は馬鹿に明るくて滅多に泣かない奴だけにぎょっとする。
「どうぜ、ちょーじは、私のごとなんか、好きでもなんでもないんだろおっ」
涙を堪えて我慢した端から、ボロボロと涙が溢れ出るような。決して可愛いとは言えない、ぐしゃぐしゃな泣き顔。いわゆる男泣きだ。
「もんじもいさくもせんぞおもみんな゛、ちょーじがすきなんだがら、だれとでもづきあえばいいじゃんかああ」
胸の中心を抉り取られるような気がした。
いったい何がこいつをここまで追い詰めてしまったのかを考えて、最近の自分の態度に思考が立ち止まる。
確かに私は、小平太を二の次扱いしていたかもしれない。小平太ならいつでも関わり合えるからと。小平太なら分かってくれるだろうと。――小平太が傍に居て当たり前なのだと。
こいつに、甘え過ぎていた。
「どっか行けよお!もう会いだくない!」
ぐずぐずに泣きながら私の身体を押し退かそうとする。
嫌だ、嫌だ、そんな顔でそんなことを言うな。私にはお前だけなんだ。
常日頃でさえ口下手な自分はこんな時、感情を上手く言葉に出来ない。唇がただ震えるだけ。
もう、言葉で表せないなら態度で示すしかない。
「うぅうぅ!」
私を退かそうとする腕ごと私の両の腕の中に収め、強く強く抱き締める。それから何度も、柔らかい口付けを顔中に落としてやった。
そういえばこうして抱き締めてやることも久しくしていなかったな。そんなことに今更気付いて自分が情けなくなる。中毒なのは小平太より私の方なのだから、その事実に一度気付いてしまうともう歯止めがきかない。今まで二の次にしていた分、愛でてやりたくて仕方がない。
小平太は暫く愚図り続けていたが、時間が経つにつれ段々と落ち着いてきた。
ぐすぐすと鼻を鳴らす程度になってきたところで、ある提案をしてみる。
「…今からそこへ行こう、小平太」
景色が綺麗だという、その場所へ。
小平太は面食らった様子で私を見やる。
「い、今から? だけどもう暗いから行ってもよく分かんないぞ」
「だったら明日も行こう」
「明日も?」
「ああ。あさってもだ」
我ながら随分と身勝手な話である。
今までは二の次だったそれが、今は私の中でそれ一色になっている。人はこいつを暴君だというが私も大概暴君だ。
「ああ!行こう!」
私のその提案に、今日初めての笑顔を見せてくれる小平太。嬉しそうに私を抱き締め返してくる。
「あ! あと、笛! 笛だ! 一曲聴いてくれる約束だったよな!」
「…笛は、いい」
「ええ!? なんでだ!?」
「私が新しいものを作ってやる」
「エッ」
「だから、あれは捨てろ」
本当は、留三郎から貰ったということに少し妬いていたんだ。
そんな私の心中を見透かしたらしい小平太が殊更嬉しそうに笑うのを見て、
ゆっくりと、その唇を塞いでやった。



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