@


「私と遊ぶんだ!」
「いいや俺と鍛錬だ!」
「違う!俺と一緒に勉強すんだよ!」
「お、落ち着いて三人とも…」
「落ち着くわけあるか!」
「伊作の馬鹿!」
「不運!」
「エ」

「「「長次と先に約束したのは俺(私)だああ!!!」」」

「・・・」
「相手にするな伊作。あんな阿呆の集まりなど」
「あ、仙蔵」
「毎日毎日おんなじ喧嘩を繰り返すあたり、学習能力が無い証拠だ。どうせ長次は誰とも約束してないに決まっている。いつものことじゃないか」
「うんまあ、それはそうなんだけど…。せっかくの昼休みだもの、みんなもっと有意義に過ごしたらいいのになあと思って」
「相変わらずお人好しだなお前は」
「だって同じ喧嘩で毎日昼休み潰してたらもったいないじゃない。僕ら一年生は今が一番大事な時期なんだよ? 忍者の基礎の基礎を勉強しなきゃいけないんだから」
「基礎の基礎か…。そういえば明日、は組はテストらしいな」
「うん。正直、僕も勉強相手が欲しくって…だから午後は留三郎と一緒に勉強しようと思って誘いに来たんだけど…」
「留三郎はいま長次と一緒に勉強したがってる、と」
「う、ん。ちょっと寂しいけどね。仕方ないよ。長次は成績も面倒見も良いから、教わるにはぴったりだもん」
「…だったら、伊作が長次に教わるといい」
「え?」
「どうせアレらは阿呆な遣り取りで午後まで潰すに決まってるんだ。気を遣わずにお前が長次の処へ行けばいいじゃないか」
「い、いいのかな…」
「不安なら私も行こう」
「へっ?」
「実はちょうど今長次に本を返そうと思ってたところなんだ」
「あ、だから通り掛かったのか」
「ああ。阿呆共は放っといてさっさと行こうか」
「うん。でも、仙蔵、」
「なんだ?」
「行くっていうか…ここ、ろ組の部屋の前なんだけどね。もう目と鼻の先に戸があるんだけどね」
「・・・」

「ばーかばーかばーか!」
「お前がばか!」
「ばかって言った奴がもっとばか!」

「まあ…確かにそうだが…」
「三人が騒いでるのも部屋の中に居る長次には丸聞こえだろうねえ、たぶん」
「…それもいつものことじゃないか」

「ああああもう!毎日毎日おんなじケンカふっかけてきやがって!」
「お前が学ばないからじゃん!」
「学べ!」
「なんで俺ゲンテイなんだよ!お前らが学べよ!」
「だって留三郎、いつも長次に相手されてないじゃんか!」
「お前だってそうじゃん!」
「違う!私は相手されてるぞ!むしろアツアツだぞ!」
「見たことねーよ!」
「一番相手されてない文次郎に言われたくない!」
「なんで俺が一番なんだよ!」
「うわっ相手されてないこと認めたぞコイツ!」
「認めてない!」
「いいや認めた!」
「絶対認めた!」
「留三郎だってさっき認めただろ!」
「認めてない! 俺がいつ認めましたか!? 何時何分何秒ですか!?」
「うるせえばか!」
「ばかって言った奴がばか!」
「それさっきも言ったばか!」
「ばーかばーかばーか!」
「ばーか!うんこ!もんじ!」
「うんこじゃねえ!」
「うんこ認めた!」


**********


さすがに限界だった。
昼休みに読もうと楽しみにしていた本へ手を伸ばせば、戸の向こうからいつもと同じ口論が部屋へ飛び込んでくる。読書に集中できるはずも無く、頁を開いたまま頭を抱えた。どうしてこう同じ喧嘩を毎日毎日飽きもせず! 私は誰とも約束していないし、勝手に決められる筋合いも無い! 私の時間は私の物だ、私自身を無視して話を進めるな! せめて喧嘩するなら余所でやってくれ!!
「長次、本を返しに来たんだが…」
仙蔵が静かに部屋の戸を開ける。肩向こうに小柄な伊作の癖毛が見えた。
「モテる男は罪だなあ」
悪意無い仙蔵のひやかしが今は耳に障る。伊作が、お疲れ様、と仙蔵の後ろから顔を覗かせ眉間に皺を寄せた。自分でも気付かなかったが私は相当に怒気満面だったらしい。仕方がない、こればかりは許せ伊作。私は菩薩でも天照でもない。人並の寛容しか持ち合わせていない。
「ご、ごめん…勉強教わろうと思ったんだけど…忙しかったらまた今度にするよ」
「いや…」
そうではない、と首を振る。
「だいたいいっつも長次はお前らと約束なんかしてない!」
「お前だって!」
「約束してないのに、したことにしてんのは小平太の方だろ!」
とりあえず戸が開いたままでは騒々しい事この上ないので、本を置いて立ち上がり部屋の戸へ歩み寄った。入り口に立ち尽くしたままの二人へ"早く入れ"と視線で促せば、二人は静かに中へと立ち入る。
「当然! 長次は私が一番だもん! 他の奴がどんな約束しようと私が遊ぶって言ったら最優先なんだもん!!」
「なんだそりゃ! 長次の意思関係ねーじゃん!」
「お前、そんなんだから長次に毎回見放されんだよ!」
「アアアうっさい!」
仙蔵と伊作を招き入れたのち、外の喧騒から逃れようと戸に手を掛けた。
その時だった。
「あっ!」
あろうことか、口論真っ只中の暴犬と視線が合ってしまった。
「長次ぃ!」
猪突猛進で私へ向かってくる小平太。戸を掴んでいる手を咄嗟にスライドさせたが一歩遅く、体当たり同然に飛び付かれた。派手な音を立てて背中から部屋へ倒れ込む。
「聞いてくれ長次! 文次郎も留三郎も、私がお前に見放されてるって言い掛かりつけるんだ! 私達こんなに仲が良いのに!!」
私へ馬乗りになったまま捲くし立てる小平太。いい加減に感情の臨界点を突破し始めた。口角が引き攣り始めてると自分でも分かる。そろそろ仕置きする頃合いか、としがみ付いてくる両腕へ手を伸ばしたがその表情が泣きそうなほど至極必死であったことに気付き、束のま躊躇った。
「長次からも言ってくれよ!」
眼前で悔しげに下唇を噛み潰している。そこまで真剣に取り合う話かと頭の隅で呆れたが、私自身も多少胸が痛んでいることは否めない。
何を隠そう、小平太と私は一年生にして既に恋仲なのである。
更に言えば周知の事実だ。私は公言したことはないが小平太の方で自慢がてらに吹いて回る為、あっという間に広まってしまった。最初の頃は小平太の法螺だろうと皆取り合わなかったのだが、周囲の者が私へカマを掛けたところ私が否定しなかった為にようやく事実として認知された。要するに私が周囲へ惚気たことなど過去に一度も無いので、事実は事実でも皆いまだに半信半疑のままなのだ。
「私は長次が一番だ! そんなのはみんな知ってる! けど、」
私が周囲へ惚気ないことに大した意味は無い。べつに小平太が嫌いなわけでもない、むしろ好きだ。
単に、それを人前で口にするのが恥ずかしいだけで。
「長次だって私が一番だろ!? 長次からも言ってよ! じゃなきゃみんな信じてくれないんだ!」
なんでそうなる、と別の意味で口角が引き攣った。午後の私の時間を取り合いして口論していただけだろうが。いいとばっちりである。
「長次!」
同年齢でも小平太は私よりだいぶ幼い。ひょっとしたらいままで抱えていた不安がこれを引き金に爆発しているのかもしれない。
「やめろよ小平太、長次だって迷惑だろ」
「べつに長次から惚気られたって俺達は得しねーよ」
「うるさい!」
それでも、私は、
「留三郎達の言う通りだよ小平太。長次に無理強いしても何にもならないじゃない」
「無理強いじゃない!」
「野暮が過ぎるぞ小平太。長次の気を考えろ。人前で好いた惚れたを語る方が軽いとは思わないのか」
「うるさいっ! 長次が好きなのは私なんだ! 長次が遊ぶのは私なんだ! 長次が選んでくれるのは私なんだっ!!」
人前で愛を語るなど、到底出来やしない。
「あっ!」
照れ隠し半分、乱暴に彼の腕を跳ね除ける。一瞬小平太から悲しげな声が上がり、ああ小平太を傷付けてしまったと酷く後悔したものの私には最善策が見付からなかった。
「長次」
上半身を起こし私より僅かに座高の低い彼を見下ろせば、泣きそうに顔を歪めて私を見つめ返してくる。さて、愛を語る以外に何か良策はないものか。出来れば当たり障りの無い言葉が良いな。思案し始めたところで小平太は俯き、ついに、
「…っ」
声を殺して泣き始めた。
「あ、えと、」
「こっ、小平太?」
全員に居た堪れない空気が圧し掛かる。まさかこんなことになるとは誰も予想していない。阿呆な口喧嘩がきっかけで小平太が泣く羽目になるなんて。どうやら私は思っていた以上に小平太を深く傷付けていたようだ。
内心焦りながら口を開閉させて言葉を探す。が、私が適当な言葉を見付けるより早く、
「…もういいよ」
俯き顔を見せないまま、小平太は私から身を離して外へと走り去って行った。


***********


その夜、小平太は私へ背を向けて布団に潜り、一言も口を利いてくれなかった。どんなに後悔しても後の祭りだ。小平太を傷付けてしまった事実は消せやしない。
「小平太」
収まりの悪い私はこのままで眠れるはずがない。どうにかして小平太に許しを貰おうと情けなくも食い下がる。
「すまない」
彼の布団の脇に正座し、こちらを向いてくれない背へ頭を下げる。こんなものでは済むはずもないけれど。
「・・・」
「・・・」
返答は無い。すまない、の一点張りで許してもらえるはずがない。ならば何を言おう。せいぜい言い訳ぐらいしか私に残された道は無い。
「私は、」
「・・・」
「喋ることが、上手くない。だから、」
「・・・」
「人前で愛を語るとなれば、尚更上手くない」
「・・・」
「だから、人前で、なければ、」
「もういいから寝ろよ」
背中越しに冷めた言葉を返され、ぐさりと胸に突き刺さる。不覚にも私の方が泣きそうになった。けれどこんなものであいことは言えないだろう。
「いいや、言わせてくれ」
「・・・」
「好きだ小平太」
調子の良さにも程がある、と自分で思う。しかしこれは本心だ。もしもこれをきっかけに小平太が私を嫌うというなら、おそらく私は明日から形振り構わず周囲に惚気て回るだろう。そんな恐ろしいことに至るぐらいならちっぽけな矜持など捨てる。それこそが、昼から今この時に至るまでの間、考えに考え抜いて出した私の結論だ。
「何度でも言おう、好きだ小平太」
「・・・」
「…小平太?」
空耳だとは思うが寝息のようなものが聞こえた。ほんの少し前に私へ心無い言葉を投げたばかりだが、こいつの日頃の寝付きの良さを思えばさも有りかもしれない。身体の上から恐る恐るその顔を覗き込んでみる。
「・・・」
案の定、不貞腐れた表情のまま寝落ちていた。いったい午後から何処で泣き喚いたのだろう、目元が真っ赤に腫れ上がっている。泣き疲れて眠ってしまったに違いない。
…痛々しい。
「すまなかった」
聞こえているはずもないが今一度謝罪しておく。それから、
「好きだ、小平太」
腫れ上がった目元へひとつ、口付けを落とした。
私は言葉で表すより態度で表す方が性に合っている。その事実に今、改めて気が付いた。



prev | next

back

「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -