B


入浴時。
「ねえ小平太、さすがにこれはおかしいよ」
「なんで? 今更、僕この計画に必要なくね、とか言い出すなよ」
「いや、そうじゃなくて…ってか君、今まで分かってて僕に言わせなかったの?」
部屋を覗き見ぐらいならまだ可愛い。しかしそれが風呂となると…どうだろう。たとえ同性とはいえ罪悪感が湧かないといえば嘘になる。
「覗き見る必要無いじゃない。僕らも堂々と入ろうよ」
「馬鹿だなあ、覗くからいいんじゃん。長次の奴、水も滴るなんちゃらだな」
「もう趣旨が変わってるよ! っていうか入らないなら脱いだ意味無いよね!? 寒い!僕入りたい!入るよ!」
「あっ、裏切る気か!?」
「裏切るって何!」
ここまでくればもうお約束。
バン、と派手な音を立てて風呂の戸を全開にした長次が僕らを見下ろしてた。物凄い威圧感で。
「長次…さん…?」
まる一日付け回されて鬱憤が溜まったのだろう。彼は僕らの腕を引っ張ると有無を言わさず、
「「だあああああ!!!」」
湯舟に向かってぶん投げた。



その夜。
ろ組の部屋に無理矢理引っ張って来られた僕は戸の前で正座していた。
なんだなんだいったいどうする気だ小平太。まさか本当に房事を見せつける気じゃあるまいな。さっきから背中を嫌な汗が伝っている。
長次は始終マイペースだ。自分の机の前に座り、明日の予習に集中している。さっきから座敷童のように居座っている僕の存在を不思議に思わない当たり、さすがは破天荒な暴君の恋人だけあると感心せざるを得ない。
「長次ぃ〜」
対して小平太は時間を持て余していた。座っている長次の腰に腕を絡めてぶら下がり、ごろごろごろごろと寝返りを打っている。まるで幼児が親に甘えるような仕種だ。
「まだ寝ないのかあ…?」
「・・・」
「私、も、ぅ、眠い…」
ごろごろごろ。
「ねぅぃ…」
「…寝ろ」
長次が囁く前に鼾を掻き始める小平太。頭だけ長次の脚に乗せ、幸せそうに口を開けている。忍者なのに早寝過ぎやしないかと思ったけど、人は体温が下がってきた時に睡魔が襲うから風呂上がりでごろごろしていれば仕方ないかもしれない。昨日は夜通し鍛錬していたと言ってたからそれも手伝ってるんだろう。
「ふはぁ」
気が抜けて間抜けな声を出す。ようやく解放された。安心すると同時にどっと疲れが押し寄せてくる。良かった、特に何も見なくて済んだ。もう自室に帰っていいかなあ。
後ろに両手をついて脚を伸ばせば、予習に励んでいた長次が静かに筆を置いた。
「あ、ごめん長次。邪魔した?」
彼は首を横に振ると、僕の方を見てぼそっと訊ねてきた。
「なんなんだ…」
「ん?」
「昼間の、アレは」
尾行のことを言ってるんだろう。訊ねられても仕方ない、ってか訊ねてくるのがまあ普通か。あそこまでツケられて「細かいことは気にしない!」なんて言ってられるのはこの学園にせいぜい一人だ。きっと長次は長次なりに尾行される原因を考えてみたのかもしれない。…考えたところで絶対分かんないと思うけど。
眉尻を下げて見詰めてくる長次の瞳が「伊作が付いていながらお遊びし過ぎだ」と咎めているようで、多少心苦しくなった。
「いや、実はね…」
今朝からの出来事を一部始終話せば、長次は「なんだそんなことか」と興味無さげに呟いた。再び机に向き直り筆を執る。
こうして見れば小平太の言う通り、長次は何をしても様になっていると思う。顔の傷や雰囲気や大柄さがパッと見で強面な印象を与えてくるけど、よくよく見れば元は男前なんだよね長次って。
「小平太ってホントに長次が好きだよねえ」
熱弁していた小平太の気持ちが少し分かると思ったら、自然とそんな言葉が口を突いた。長次は愛されてると思う。
「・・・」
長次は何も言わない。そのかわり、膝上で鼾を掻いている大型犬の髪を愛でるように梳いて見せた。
「長次は、さ」
「?」
「自分の一番カッコイイと思う瞬間って、どんな時だと思う?」
何気無い質問。一日付き合わされたんだ、いくら僕だって今日の結論が欲しいって少しぐらい思う。
僕の言葉に少し悩んで、長次は眉間へ皺を寄せた。それもそうか。この質問に即答出来るのはおおかた例の四年生ぐらいだ。
「…たぶん、」
「たぶん?」
「これが、横で笑ってる時だ」
くしゃり、と。膝上で重石になっている頭を撫でて見せる彼。小平太の開いた口の奥から、ちょうじ、という寝言が聞こえた気がした。
ああ、愛されてるのはお互い様か。
もうお腹いっぱい、ご馳走様だ。
長次のこの結論を明日、目が覚めた暴君に告げたらどんな反応するかな。そう思ったら少し面白くなってきた。
一日振り回されて大変だったけど、ほんのちょっと報われた気がする。



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