A


「ねえ小平太」
「何?」
「僕ら…何してるの?」
入り口から食堂の中をこそこそと覗き見る。覗き見の仕方が忍者の忍の字も無く廊下から丸見えで、さっきからすれ違う生徒達が揃って奇怪な目を僕らに向ける。
「何って、長次の尾行!」
力いっぱい返答されたけど小平太それ全然誇らしくないよ。
とりあえずどうするべきか分かんないまま小平太に従い、外から食堂内へ視線を向ける。手前の方に長次が背を向けて座っていた。朝食の最中だ。
「…なんで尾行?」
とにかく行動の意図を掴もう、そうしよう。
「良い質問だいさっくん!」
「あー…うん、ありがとう…」
「長次の良さを布教させるためにはまず、長次がどれだけカッコイイかを再認識することから始めるべきだ!」
「うん…うん…いいよもう長次はカッコイイよ認めるよでもそれ尾行の答えになってないよ」
「最後まで聞け! でな、そんな常にカッコイイ長次の一番カッコイイ瞬間を見極めるんだ! そしてそれを学園に広めるんだ!」
どうだ凄いだろう、と鼻息荒くふんぞり返ってるけど、えっその計画って僕必要なくね?
覗いたまま大声で熱弁するもんだからもう長次含む食堂内の人達に聞こえてるんじゃないかなと思ったけど、正直どうでも良くなってきた。好きにさせておこう、小平太の足りなさは今に始まったことじゃない。
「今いさっくん私のこと馬鹿にしたろ」
「え!? しっ、してぬんよ!」
「斬新な噛み方すんな!」
「ってか僕らここでずっと尾行してたら定食売り切れちゃうよ!」
「それは困る」
「じゃあ早く入ろうよ!」
入り口でぎゃあぎゃあ揉めていたら、見覚えのある縄が飛んできて僕らをあっという間に一纏めにした。俵状態のままズゾゾゾと情けない音を立てて食堂内へ引っ張られる。
何が起きたんだと首だけで上を見れば、椅子に掛けたままの長次が味噌汁を啜っていた。どうやら僕らは縄標で縛り上げられ、長次の足元へ誘導されたらしい。
目は口ほどに物を言う、は小平太の為の言葉。長次の場合はそれを飛び越える。あえて言うなら、目は口より物を言う、である。
「・・・」
朝飯ぐらい静かに食わせろ、と見下ろしてきた彼の瞳が物語っていた。
「「ごめんなさい」」
小平太と背中合わせにくっついたまま、二人同時に謝った。



午前の授業。
今日は特別な課題も無く、六年生全員で体力作りだった。裏山から裏々々山まで仕掛けられた罠だらけのコースを走り、足を止めることなく午前いっぱい往復し続ける。ただそれだけのもの。
言い訳するけど僕だって六年生だ、体力が無いわけじゃない。自分のペースで走ればそれなりに楽な授業だった。
でも、ただひとつ不運だったのは、
「はなしてぇぇぇぇ!」
体力馬鹿の小平太が僕の制服を掴んで猛ダッシュしたことである。今朝に同じく、半ば引き摺られた。
当の小平太といえば「長次のベストショット見極め計画」をいまだ遂行中らしく、ひたすら長次を観察しながら彼の隣を爆走している。長次のことで頭がいっぱいなのか掴んだままの僕の存在はお構いなしだ。何度も言うけど僕、この計画にいらなくね!? 本気で離してくれ! 痛い!
小平太ときたら今朝の食堂での一件で諦めたかそれとも深く考えていないのか、もう尾行なんて次元じゃない。思いっきり堂々と観察している。堂々っていうか、隣っていうか、正直ええと、近い。すんごく近い。うっかり頬に口付けするんじゃないかという程のアリエナイ至近距離で長次を観察してる。端から見たら異色だ。少し離れたところを走っている留三郎が奇妙な顔してこっちを見てた。
「・・・」
長次は何も言わない。小平太を無視して走り続ける。さすが長次というべきか、小平太のやることを「またショーモナイことを思い付いたに違いない」といちいち相手にはしないようだ。しないようだ、が、
「・・・」
「・・・」
時間が経つにつれ、長次がだんだん苛々してきたのが傍目に分かった。罠を飛び越えるたび小平太と腕がぶつかったり、罠を避けようとした方に小平太が居たり。まあ苛々するのも至って平常な反応である。
暫しもくもくと走り続け、無表情の長次に一本の青筋が見えた頃、
「ひゃっ!?」
急に小平太が加速した。何事かと思ったが長次が加速した為らしい。長次はたぶん小平太を振り切ろうとしたんだ。しかし体育委員長がそんなことぐらいで振り切れるはずもなく、互いに速度を上げるばかり。
「ままままま待ってええええ!!!」
被害をこうむったのは引き摺られ気味の僕だ。地上だというのにバタ足状態、自分でも経験したこと無いぐらいに足を動かす。
加速は増す一方、後方に居た他の六年生が遠く見えなくなっていく。先頭をぶっちぎるこの持久力…二人ときたらいったいどこまで体力馬鹿なんだ! もう授業の後半だというのに!
泣きそうになりながら地上で溺れていたら
、初めて長次が僕らに視線を向けた。横目でちらりとだったけど。
「…小平太」
前を向いたまま話し出す長次。
「なんだ!?」
「正面に落とし穴がある。気を付けろ」
「そうか!」
落とし穴!?
僕の前には小平太が居るので目前の足元が良く見えない。だから長次のその忠告は凄く有り難かった。
落とし穴があるとしたらそれはいけない! 飛び越えなければ! 僕は引き摺られたまま咄嗟に、正面から一歩左へ道を外れた。
その瞬間、
「おぅゎぁぁぁ!!!」
慣れた感覚にすぐさま理解する。僕は落とし穴へ落ちた。
落ちた…なんで!?
「はっはっは!お前の挑発にはのらんぞ長次!私が穴へ落ちると思ったか!」
こんな時だけ僕から手を放したらしい小平太が穴の上でふんぞっている気配。そして珍しく長次が舌打ちした気配。そのまま二人の気配が遠ざかっていく。
「え!? え!? ちょっと、二人とも待って!!」
結局、僕は穴の中で膝を抱えて泣いていたところを後から来た留三郎に救出されたのだった。



午後は各々委員会。
僕の襟首を掴んで図書室へ向かう暴君に精一杯抗議する。
「駄目だよ小平太! 委員会はちゃんとしないと!」
僕だって本当は今日、保健室で当番の予定なんだ。こんなところで油売ってる場合じゃない。
「駄目って…三反田が当番代わってくれるんだろ? 私さっきの会話聞いてたぞ」
「う゛」
実を言うとここへ来る前、小平太から逃げ惑う僕を見掛けたらしい数馬が「委員長、暴君様に捕まってしまったんですね。大変そうだから僕が当番代わりますよ、暇ですし」と気を遣って名乗り出てくれた。心優しい後輩に本気で涙した。
「でっでも、数馬は本来今日が当番じゃないんだ! それに当番だとしても一人よりは二人の方が、」
「おっ、図書委員会はもう始まってるみたいだな」
「聞いてくれよ! それにだいたい体育委員会は!? 君だって委員長だろ!?」
「滝に私いないから自主トレしとけって言ったら滅茶苦茶喜んでた」
ぅゎぁ
「さすがに入るわけにはいかないしな。外から見よう、外から」
そう呟き、図書室の戸を少しだけ開けて今朝のように覗き見る小平太。今更だけど肝心なこと訴えるの忘れてた。僕、この計画にいらなk(ry
「おお、さすが図書委員長。熱心に仕事してんな」
感心して零す小平太に倣い、僕も隙間から中を覗き見る。もういいや、どうせ帰ろうとすればこの暴君様は憤慨するだろうし。いろいろ考えるのはよそう。早々に観念した。
「やっぱさー、長次って何しててもカッコイイけどさー、本を扱ってるトコとか特にカッコイイよなー」
オツムが残念な言葉を横に長次の行動を暫し観察する。一冊一冊愛でるように長い指が本をなぞり、それでいて仕事は早い。もはや職人だ。
「じゃあもういいじゃん、これがベストショットってことで」
「いさっくんてば、やっつけだな〜」
「だって本を扱ってるトコが特にカッコイイと思うんでしょ?」
「そりゃそうだけどさ、ひょっとしたらこのさき更にカッコイイ瞬間があるかもしんないじゃん!」
「この先って…いつまで僕は君に付き合えばいいわけ?」
「長次のカッコ良さを本気で理解するまで!」
「…理解してるってば。ご飯食べてる時も走ってる時も本を扱う時もカッコ良かったね長次はうんうん」
「本気で理解してない!」
「めんどくさぁ」
「なんだと!?」
「やべ、口に出たっ」
「そらみろ、やっぱりいさっくんもよく分かってない! 付き合わせて正解だ! 長次がどんなにカッコイイか見えないんだ洞穴め!」
「節穴ね」
「本を扱ってる時もカッコイイけど房事の時はもっとカッコイイかもしんないだろ!」
「君はいったいどこまで僕を付き合わせるつもりだったの!? そんなとこ見てらんないよ!」
「え!? 見ない気だったの!?」
「ええ!? そもそもそれが長次の一番カッコイイ瞬間だったとしてどうやって学園に布教する気なの! それもう長次にとってはただの罰ゲームの域じゃない!」
ぎゃあぎゃあといがみ合っていたその時、僕らの間を一本の縄標が通り抜け、壁に突き刺さった。顔からたった一寸。縄元を見ればほんの少しの戸の隙間から狂いなくそれが伸びていた。あ、あと少しで刺さるところだった…死にかけた…。
顔面蒼白のまま二人揃って恐る恐る室内へ目をやれば、怒り笑いを浮かべた長次とバッチリ視線が合った。
こ、
殺 さ れ る
「もう騒ぎませんごめんなさああい!!」
縄標を持って追い掛けられる前に、図書室前から死にもの狂いで逃げ出した。



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