愛他主義者の盲点


両目を失ったことなんて大した問題じゃなかったんだ、私の中では。
むしろ悔やまれてならないのは、
もう、お前と肩を並べることが出来ない事実。





「お前、最近口数増えたなあ」
口に出すつもりは無かった。
ただ気付いたら口を突いていた。
長次の口数が増えたのは今に始まったことじゃない。私の目が光を失ってからだ。長次が私を気遣っていると分かるたびに、胸の内にある黒くて小さな何かが棘のような感触を生み出す。ちくり、ちくりと。それがなんという名の感情かなんて語彙の乏しい私には知る由も無いけれど。
けれど私はこの感情を認めたくないし長次に知られたくも無い。
あ、ほら、長次ってば。たぶんいま何を頓珍漢なこと言ってんだコイツって顔してる。
長次はちっとも分かっちゃいない。けど、分からなくていいんだ。
「まあいいや! そんなことよりさ」
自分でも日頃思っていることをうっかり滑らせてしまっただけなので、
「…頑張れ」
「おう! 頑張るぞ! いけいけどんどん!!」

叶う見込みの無い、高望み。
もう二度と、お前と私が対等に渡り合える日などやっては来ないのだろう。




翌日。
六年生は進路相談最終日なので、授業の予定は特になかった。
六年生でフリーを目指すのは私と伊作だけ。だから、自室待機なのも私と伊作だけ。暇で暇でとにかく暇で仕方がない。伊作のところで暇潰しするのもいいけど、薬臭い部屋は嫌だ。マラソンや塹壕掘りに行きたいところだが、断りも無く姿を消すと長次と伊作が死ぬほど心配してあとを追ってくるから出るに出られない。退屈だ。
「前は心配されることなんてなかったのになあ…」
両目を失ってからというもの、過保護という言葉が相応しいほどにみんなが私を気に掛けてくれた。まあ、みんなを責めることは出来ない。あいつらにとってはそれが義務なのかもしれない。
嬉しい反面、窮屈でもある。何より情けない。
「あーあ…」
ごろり、部屋の畳で大の字に寝転がる。ちくしょう、昼寝もとい、ふて寝してやる。
長次、もうすぐ進路相談から帰って来るかな。
「・・・」
部屋の外で誰かが歩み寄ってくる気配。噂すればなんとやら。長次の奴、帰ってきたみたいだ。これでようやく許可貰ってマラソンに行かれる!
「おかえり!長次!」
勢い良く畳から起き上がり、開けた戸の横で立ち尽くしている彼を出迎えた。
刹那、呼吸が止まる。
「…ただいま」

お前…なんで、そんな泣きそうな顔してるんだよ。
まるでこの世の終わりみたいだ。

「…ど、」
どうした?、と溢し掛けて先を呑み込む。長次はきっと私には見えていないと思っている。…いいや、自分で自分の表情に気付いてすらいないのかもしれない。
泣き顔の理由なんか訊ねなくても分かる。
…だとしたら、私は、
「どうだった!? 進路相談! すぐ終わったか!?」
「…ああ」
気付かないでいてやろう。私はお前を困らせたくはないから。


お前はきっと、私と共に歩むと先生へ伝えたに違いない。
私の内にある黒く小さい棘が決意となって形を成す。
もう、限界だと思った。
今の私はお前にとって親友なんかじゃない、ただの枷でしかないのだ。
その事実を目の当たりにして「細かいことは気にしない」と言えるほど、私の神経は鋼ではなかった。





その晩。
月明かりが差し込んでいるだろう校門の前で。
苦無を手に一人苦笑した。
土に字を掘るなんて、視界があった当時ですら挑んだことは無い。そもそも紙の上ですら字が踊る性質なのに、ちゃんと上手く書けるだろうか。
「…まあいいや」
上手い下手は問題じゃない、要は読めればいいんだ読めれば。もっと言うなら読めなくても伝わればそれでいい。
サクリ、乾いた土へ苦無を埋める。ここ数日は晴れていたため、土の具合はなかなかよろしい。うん、良い手応え。
まず、一文字目。
ちゃんと字になってるかな。恐る恐る指でなぞってみる。まあだいたいこんなもんだろ。
次に、二文字目。
夜が明ける頃には雨が降って流されたりして。はたまた鳥がやってきて踏み荒らしたりして。…でもべつにそれでもいい。
続いて、三文字目。
苦無を進めながら、さっきあいつとした会話を思い返す。
あの頃は本当に楽しかった。一緒に塹壕掘って、忍術って案外面白いな〜、なんて無邪気に笑い合ってた。命の重みも忍の心得も、私達はまだ何も知らなかった。
知らな過ぎた。
『…私も、楽しかった』
四文字目。

「…あれ?」
最初、雨かと思った。だけど違う。雫は私の手に落ちた粒だけ。
「…嘘だろ」
どうやら私は泣いてるらしかった。
見えない目から涙が零れるなんて、こんなの反則だ。
「ふざけんなよ」
自分の瞳に腹が立った。涙なんて欲しくない。私が欲しいのは、

私が欲しいのは光なんだ。

欲しい機能が戻らないまま、いらない機能が活動してる。なんだよコレ、いらねーよ。どうせなら涙腺ごと斬られちまえば良かったのに!
「・・・っ」
ぽたり、ぽたり、と。
止どまることを知らない。
なんで、どうして。
「ふぅ、っ、う」

どうして、
どうしてこんなことになってしまったんだろう。
ただ両目が見えなくなっただけなのに。
たったそれだけなのに!

「ぅああぁあぁ」
あの日あのとき斬られた箇所が別だったら、こんなことにはならなかったのかなあ。
どうして私が斬られたのは両目だったんだろう。
こんな想いをするならいっそ首を刎ねられた方が良かった。
「長次ッ」
あの頃に戻れたらいいのに。
また一緒に塹壕掘って、楽しかったなって笑い合えたらいいのに。
叶わない。
何を望んでも、叶わない。
明るい陽も、乾いた土も、お前の楽しそうな顔も、
この両目は何も映しやしない。
「長次!長次ッ!!」
いやだ、いやだよ
ほんとは私、まだ長次といたいよ
離れたくなんかないよ
長次の傍で笑ってたいよ
けど、だけど、

『 そ れ で も 』



先の言葉が掘れなくて、
結局私は、
夜明け近くまで声を殺して泣き続けるより、他に無かった



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