本日の練習が終わったのは21時前だったが、室ちんがもうちょっとだけやろうやろうとゴネていたので仕方なく付き合ってやった。そろそろ帰ろうか!とさわやかな笑顔で告げられたのは23時の針をまたいだ頃。この人のバスケ馬鹿、高校の頃からほんとに治んないな。俺の自由時間を一体どのくらい室ちんに搾取されてきただろうかと考えを巡らせたが、具体的な時間を算出するのが怖くてすぐにやめた。

俺たちは休むのだって仕事のうちだし、オーバーワークは監督にだって怒られてめんどくせーことになるし、今はなおさらシーズン中だし。
って、何度言っても聞いてもらえた試しがないから別にもう諦めてるけど。

練習場の体育館の時計はデジタル式で、時刻の表記の下には日付がでかでかと表示されている。
12月10日、なんだっけ、なんか忘れてる気がするんだけど。



恋のスーパーボール





「あ、思い出した」
「何をだい?」


12月10日という日付を見てから悶々としたままロッカールームへ戻り、練習着を脱いでから私服のパーカーに腕を通した時にふと思い出した。
12月12日、両親と兄弟一同が俺の試合を観に行くと張り切っていたのだ。俺がクラブに入りたての頃はまぁ良く観に来ていたものだが、最近は飽きたのかとんと来なくなっていた。どうせうちが今勝ち進んでいるから急に興味が湧いて来たというミーハー心だ、チケットを用意しておけと電話口で散々言われていたのだが、どうにも面倒で事務所で取り置きしてもらっているままだ。
チケットは当日直接渡せばいいとして、とにかく取りに行かなければ後が恐ろしい。
可愛い末っ子にも容赦のない奴らなのだ。


「俺、事務所寄ってから帰るねー」
「こんな時間からか?開いてるのか」
「鍵持ってるし」
「そうか、何しに行くんだ?」
「明後日の試合、家族が見に来たいって。事務所にチケット取っといてもらってんのわすれてた」
「それは大変だ。今すぐ取りに行かないと」
「はー、終電間に合うかな〜」
「あはは」
「あのさ、アンタのせいだかんね」


体育館の施錠はしておくよ、とまたもや悪気ゼロの爽やかスマイルで室ちんに言われて若干イラッとしながらも練習場を後にした。せっかく顔がキレーなんだから黙ってればいいのに。

ぴりりとした夜の寒さを素肌で感じながら、事務所までの道のりを走っていた。

遠くに見え始めた事務所の窓は、まだ明かりがついている。
こんな時間にまだ誰かいるんだろうか?


「こんばんはー、まだ誰かいるのー?」


電気が消えていないだけではなく、事務所の扉の鍵も開いていた。
声を掛けるてみるも、誰かがいる様子もなく特に返事も返ってこない。電気だけなら消灯忘れかなと許容できるが、鍵が開いてるのは流石にまずいでしょ、セキュリティインシデントじゃないのこれ。


「紫原さん?」
「うわっ!!」


ふと後ろから声がして振り返ってみると、目をまぁるくしたなまえちゃんが立っていた。
え?何、夢?


「どうしたんですか、こんな時間に」
「え、なまえちゃんこそ・・・」
「仕事ですよ。年末ですからいろいろ忙しくて。」
「・・・いつもこんな時間までやってんの?」
「最近は・・・そうですね。」
「みんなは?」
「少し前に帰りましたよ」
「は?新卒のなまえちゃんだけ残して?」


俺がそう言うと、なまえちゃんは眉を下げて笑った。
そうだった、うちのクラブの事務所は旧態依然としていて何かと言えば経費削減を合言葉にブラック企業ど真ん中を突っ走っているとか何とか聞いたことがある。


「・・・いつもはわたしだけが最後になることはないんですよ」
「そーなの?」
「はい、今日はたまたま」
「え」


じゃー運命なんじゃん。
俺だってたまたま練習帰りに事務所寄っただけで、そんでたまたまなまえちゃんが一人で残ってるなんて。


「紫原さんはどうして?」
「ん?あ、あぁ、試合のチケット。取り置きしといたやつ、忘れてたの。」
「あぁ、聞いてます。明後日の試合のやつ、6枚ですよね?いつ取りに来るのかなって思ってたんです。」
「そっか、ありがとね」
「お友達のですか?」
「や、家族」
「6枚とも?」
「うん」
「大家族なんですね」
「五人兄弟の末っ子だから、俺」
「へぇ、そうなんだ、知らなかった。末っ子っぽくないですね。」
「そんなん言われたことねーし」
「そうなんですか?わたしは、そう感じますけど」
「俺って頼りがいあるってことー?」
「うーん、うふふ」


困ったように笑ってはぐらかされてしまった。
なまえちゃんはキャビネットから俺用に避けておいたのであろう6枚のチケットを取り出して、俺に差し出した。
これを受け取ってしまったら、俺は帰らないと不自然なんだろうかと少し葛藤したが、素直に受け取った。


「なまえちゃん」
「はい?」
「まだ帰んない?」
「うーん、もう少し」
「終電なくなるよ」
「今日はタクシー使おうかなって」
「・・・一緒に帰ろーよ」
「・・・・・・」


俺が少しでも勇気を出して攻めれば、いつだってなまえちゃんは困って黙り込んでしまう。

今だってきっと、可愛い顔してどうやって断ろうかなんてことを考えているのだろう。
未だに、脈アリなのか脈ナシなのかすら判断できないのだ。さすがに虚しくなってくる。


「・・・じゃあ、帰っちゃおうかな」
「えっ」
「なんで驚くんですか」
「えー、ぜってー断られると思ってたー」
「なんですかそれ」
「仕事、だいじょーぶなの?」
「これ、明日までって言われてましたけど・・・まぁ、せっかく紫原さんが誘ってくれたのでいいかなって」
「・・・怒られたら、俺の名前使っていーよ」
「使わないですよ、自分の判断ですから」


喜びで今にもにやけそうになるが、恐らくなまえちゃんにはバレていないはず。
帰り支度を始めた彼女に、ラックに掛かっていた彼女のものであろうアイスブルーのコートを渡すと、ありがとうございますと微笑まれた。あー、もう終電なんか逃しちゃいたいなぁ。そんなことしないけどさぁ。

二人で急いで駅まで駆けて、同じ電車に乗り込んだ。お互いの最寄駅が隣でよかった。
人のまばらな最終電車で、あまりにも陳腐だけど、ずっと駅に着かなければいいのに、なんてことを感じて胸が締め付けられた。


「紫原さんは次の駅ですよね」
「・・・なまえちゃんの駅まで行く、ってか、送ってくし。家まで」
「・・・・・・」
「まって」
「なんですか・・・」
「まって、キモいやつじゃなくて、いやフツーに、女の子一人で夜道歩かせらんないからだからね!?」
「わ、わかってますけど、悪いからいいですよ。駅からはタクシーで帰ります。」
「じゃあタクシー乗り場まで送ってくし!」


あまりに食い下がり過ぎてさすがに気持ち悪いと思われただろうか。
今度こそ黙り込んでしまったなまえちゃん。電車のガタンゴトンという音しか耳に入らず、バツが悪くなって何かを言おうと口を開きかけた時。
ふと彼女が顔を上げて、神妙な顔でこちらも見つめた。


「紫原さんって、優しいですよね」
「えっ?」
「前も飲み会の時助けてもらっちゃったし、いつも私みたいなのに良くしてくれて。」
「・・・や、それは」
「やっぱり、新人一人残して帰るのかーとか、普段から思わないわけじゃなかったので。仕事も習うより慣れろって持論の人が多くてちょっとストレス溜まっちゃってて。って、愚痴になっちゃいましたね、すみません。」
「んーん、話してくれて嬉しーよ。」
「・・・紫原さんみたいな、周りをちゃんと見ていてくれる優しい人っていないから。つい。」


とりあえず嫌われていないのは分かったけど、なまえちゃんって俺のことをそんな風に思ってたんだなぁ、多分人を見る目がないのか純粋すぎるんだろうな。
俺は周りを見ているんじゃなくてなまえちゃんをめちゃくちゃ見てるだけだし、なまえちゃん以外には全然優しくないんだよ。

何か気の利いたアドバイスをと思案していると、誰かに話したらスッキリしました、と先に言われてしまい、アドバイスを送ることもできなくなってしまった。
これじゃあなんにも役に立ってないじゃないか。


「家まで送ってくださるって、ほんとに甘えちゃっていいんですか?」
「当たり前じゃん」
「ふふ、やった」
「・・・あと、愚痴とかそーゆーのさぁ、」
「はい?」
「連絡してよね」
「・・・」
「聞くくらいならいつでもできるし。通話でもいいし。」
「・・・ありがとう、ございます。」


多分こんなことを言ったところで彼女は自分から連絡しては来ないんだろうけれど。

彼女の家の最寄駅に着いたので、一緒になって降りた。
きっと気温は低いし、風は冷たいし、一人でいたら凍えるような想いなのだろうが、とてもじゃないがそんなことは感じなかった。暖かくて、じんじんする、そわそわする、ドキドキする。

道中何を話したか覚えていない。
もしかしたら何も話していなかったかもしれない。

彼女の家までたどり着き、オートロックだと言うマンションのガラス戸を引いて彼女はそこへ入っていた。最後に一度だけ、こちらを振り向いて笑って俺に手を振った。

夜目遠目にこれほど感謝したことはない。
きっと俺の顔は真っ赤になっていたはずなのだ。
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