わたしがこのクラブの一員となって以来、初のシーズン開幕から2ヶ月ほどが経過した。
うちのクラブは首位発進し、現在に至るまで飛ぶ鳥を落とす勢いで快勝を続けていた。

正直、紫原さんが絶好調なのが一番の理由と言って過言ではない。
プロバスケリーグの存在自体がマイナーなこの国でも、連日スポーツ新聞やニュースで取り上げられ、メディアで紫原さんの名前を聞かない日が少なかった。
紫原さんとうちのクラブがフィーチャーされたことで、氷室さんって人もイケメン!と各所で話題になっている。
チケットの売れ行きはすこぶる良いようで、事務所の面々も浮き足立っている。

NBA行き確実か、とも噂される渦中の存在、紫原さんからはたまにラインが来るので、たまに返信する。返信はしない時もある。

真意がわからない。
女癖が悪いとマネージャーからは言われたが、別に手を出して来るわけでもなく、何かに誘って来るわけでもなく、ただただ日常的な話をされるのだ。氷室さんがおっかないとか、キャプテンが暑苦しいとか、どこそこのケーキ美味しいよとか、新発売のスイーツがとか、駄菓子の復刻版がとか、あぁ、大抵お菓子のことかもしれない。そんな内容ばかりだ。

なんでこんなにお菓子の話題ばかり出すのだろうか。わたし、お菓子が好きだなんてこと紫原さんに話したっけな。

困惑しつつも、そんな謎めいた紫原さんからのラインが少しだけ、楽しみなのだ。



君だけに愛を





「こんばんは」
「うわっ!」

今日は朝から静岡のコートで試合をしていた。
試合にはギリギリ勝てたが、元々実力の拮抗していたチームとの試合だったためフルでの出場となったこともあり、かなりの消耗戦だった。

その日のうちに戻ってきた東京は11月の末日だというのに凍えるほど寒く、皆身を縮めて足早に歩いていた。秋田で寒さには強くなったとばかり思っていたが、そういうわけでもなかったらしい。
こんなことなら日帰りせずに室ちんたちと一緒に静岡で一泊してから帰ればよかった。一般的なビジネスホテルなんかのベッドは狭いわ足ははみ出るわでとにかく嫌いなので、俺は遠征時にも日帰りすることが多かった。

一刻も早く家帰って寝たい、つらい誰かおんぶして室ちんおんぶ、と思いながら着いた最寄駅をフラフラと歩いていた矢先、なまえちゃんの声がしたのだ。


「えっ、なんで?なまえちゃんがここに」
「いえ、たまたま見かけたので・・・紫原さん、この近くに住んでるんですか?」
「うん、ここ最寄駅。もしかしてなまえちゃんも?」
「いえ、わたしはここの1つ隣です。運動も兼ねて、帰りはこっちの駅で買い物してから歩いて帰ることが多くて。」


さっきまで今すぐにでも道端に倒れこんで寝てしまいたいくらい疲れていたのに、そんな想いが吹っ飛んでしまうのだから不思議なことだ。なまえちゃんと家が近いってこととか、初めて向こうから話しかけてくれたとかが嬉しくて。
なんでか知らないうちに、ものすごくだいすきになってしまっている気がする。


「今日の試合中継、事務所で観てましたよ」
「あ、ほんとー?」
「はい。また一勝ですね、おめでとうございます。」
「かっこよかった?」
「はい、すごく。」


シンプルな柄のマフラーをぐるぐる巻きにして顔を埋めているなまえちゃんの鼻や耳が赤くなっていて、あっためてあげたくて、思わず抱きしめそうになる。俺体温高いし。

なまえちゃんは初めて会った時よりもずっとずっと穏やかな表情を見せるようになってくれていた。これは、日々ラインで日常的などうでもいい話をする作戦が効いていると見て、間違いない。有り体に言えば警戒心がなくなってきたんだろう。


「お疲れのところ引き止めてしまってすみませんでした。ただでさえ寒いですし、よく休んでくださいね。それじゃあ失礼します。」
「えっ」
「なんですか?」
「え・・・いや、」
「?」


振り向いたなまえちゃんが吐いた白い息まで美しかった。
せっかく偶然会えたのにあんまりにもあっさりとしすぎていて、つい呼び止めてしまったのだが、次に何を言おうかなんて決めていない。


「・・・おなかすいた」
「は、はぁ・・・。」
「ご飯、食べいこーよ」
「・・・」
「・・・個室の店とか知ってるし」
「・・・すみません、また今度、みんなで。」


「みんなで」って、わざわざそんなん言う必要なくない?
やっぱり、恋愛禁止令が気になってんのかな。
残念ながら、俺という存在はどこにいたって、いくらか変装したって俺だとバレる。クラブメンバーに目撃されれば尚更、まず瞬時にバレる。
メンバーには目撃されなくても一般人に盗撮されてSNSにばら撒かれでもしたら同じことだ。
プライベートな時間に俺と二人きりでいるところを誰かに見られてしまってはまずいと、思っているのだろうか。
・・・それとも単に脈なしなのか。もしくは面倒ごとは御免と思っているのか。


「・・・ごめんなさい、せっかく誘ってくれたのに。」
「・・・いーよ。べつに」
「・・・紫原さんって、」
「んー?」
「ラインでお菓子のことよく話してくれますけど、なんでですか?」
「へ?すきだから。おかし。」
「・・・紫原さんが?すき?お菓子。」
「うん。」


ぷっ、
なまえちゃんが吹き出した。口元に手を当ててくすくすと笑い続けている。

この雰囲気で突然なにを言い出すのかと思えば、お菓子は好きなのかって。あんだけラインで言ってるんだから、そりゃそーでしょ、好き以外あり得ないでしょ。分かってるもんだと思ってたけど。
それでもなお笑いが止まらない様子のなまえちゃん。
えっ、なんかこれ馬鹿にされてるかんじ?オトコのくせに甘いものなんてーって?


「な、なんだし!」
「あはは、わたし、なんでかなって、紫原さんいつもお菓子の話ばっかりするから、」
「わ、悪い?」
「ううん、なんか、気を遣って話してくれてるのかなって思ってたんです。でもわたしお菓子が好きなんて紫原さんに言ったことなかったし。」
「悪かったよ。自分の好きなもんで。」
「紫原さんが好きなものだったんだ。そっか。よかった。」
「もー、わけわかんなーい」
「好きなものの話をしてくれてたんだと思ったら、なんか嬉しいなって。おかしいですね。ごめんなさい。」


こんなに笑顔のなまえちゃん、初めて見た。
多分こっちがほんとのなまえちゃんなんじゃないのかなって、そんなことを考えてしまう。


「じゃああそこ、行きませんか?」
「え?」
「すぐそこのケーキ屋さん。」
「えっ、いいの!?」


なまえちゃんはすぐ側に見えるケーキ屋を指差した。
ってことは、俺と飯いくのが嫌だったわけじゃない?夜飯とか、個室の店とかっていう、やましさの有無みたいな、そーゆーのが気になったのだろうか。
ケーキ屋の店内は明るく、店はガラス張りで外から丸見え。
堂々とできるかできないかってところが彼女の線引きになっているようだった。


「あっ。でも1つ条件が。」
「な、なに・・・」
「わたしにご馳走させてください」
「は!?」
「試合に勝ったお祝いです。あと、この間のお礼も兼ねて。」
「いやいやいや、そんなんどーでもいーし。」
「私の気が済みませんから。」
「なんなのーまじで」


はぁ、かわいい。
かわいくて目が合わせられない。なんでなまえちゃんがこんなにゴキゲンになったのか全然わかんねーし。
夜飯行ってくれない時点で正直脈なしなのかもしんないけど、そんなん知らねーし、ぜってーなまえちゃんと付き合うって決めた。今決めた。

なまえちゃんは自分が頼んだショートケーキを食べながら紅茶を飲んで、ふと俺と目が合うと控えめに微笑んでくれた。綺麗な形の唇の端っこが緩やかに上がるのだ。
自分の正面になまえちゃんがいることが夢のようだった。

ただでさえ試合帰りで、お腹と背中がくっつくくらいお腹が空いてたのに。緊張だったり嬉しかったりでケーキひとつ食べただけなのになんだか満腹になってしまったのだ。
遠慮しないでもっと食べればいいのに、と目を丸くする彼女に、だってなんか胸がいっぱいでこれ以上入んないんだもんと心の中だけで独りごちた。
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