「・・・んぅ〜〜、・・・まぶしー・・・」


面倒くさがりな性格がたたって、カーテンをまだ取り付けていない俺の部屋は朝日が昇る時間になると強烈な日差しが差し込む。
皮肉にもそのせいで早起きできるようになってしまったのだが、スマホで時間を見ると6時前だ。げ、最悪。やっぱカーテン買わなきゃだめかも。

てかそろそろ部屋掃除しないと汚くてやばいなー、今彼女いないからなー、いたらテキトーにキレイにしててくれんのにな。

なまえちゃんなにしてんのかな。なまえちゃんがここに来るなら、自分で部屋くらい片付けんのに。
こないだラインID教えたのにやっぱ連絡来なかったし。


ポン


スマホの画面を見ながらため息を吐いたその瞬間だった。
ライン通知のマヌケな音。

差出人は、みょうじなまえ。


「えっ!!!!」


ー おはようございます、みょうじです。
ー 先日は助かりました。ありがとうございました。
ー 今日は頑張ってください。


「・・・やば、にやける」




快晴の月





女性からのラインの内容としては素っ気なさすぎるなと、後から気がついた。絵文字の一つもない。
でもなんかよくわかんないけど、あんな早い時間にはもう起きてるんだな、とか。俺と同じタイミングでスマホ触ってたんだなとか。ラインのアイコン設定されてないの、なまえちゃんぽいなとか。今日会えるかなとか。
そんなことを考えては俺の表情筋はにやけきってしまっていた。


「室ちんおはよー」
「アツシ。おはよう」


道中、室ちんを見かけたので後ろから話しかける。室ちんの声はいつもより幾分か低く、凛としていた。


「いよいよだな」
「んー?そだねー」
「アツシのこと、心配で迎えに行こうかと思ったけど。さすがに寝坊なんてしないよな。」
「いつまでも高校生じゃねーし。てか別に俺高校ん時も遅刻したことなくない?」
「・・・お前は今日もいつも通りだな。羨ましいよ。」
「気合い入れすぎると、なんかダメだし。俺の場合」
「あぁ、そうだったな。」


何を隠そう本日はシーズン開幕初戦。
俺たちは初戦の会場であるホームアリーナへ向かう途中で、たまたま合流したわけだ。

これから約半年間は毎週末のように試合に明け暮れる日々になる。良い試合ができる日もあれば悪い日もあるだろう。
ただ俺の場合はあまりいつものペースを乱すと大抵調子が悪くなる。練習の日でも試合の日でも、大体同じようなテンションやコンディションで臨めるよう調整できるようになってきたのはここ最近のことだった。

腐ってもこのチームのエースを張ってるわけで、緊張してないと言えば嘘になる。初戦の相手クラブは主力選手を外人で固めた攻守のバランスに優れたチーム。


「でもまぁ、勝つだけでしょ。」
「・・・集中してるアツシを見ると、必ずウインターカップの誠凛との試合を思い出すよ。・・・それに高校、というか陽泉のことを考えると秋田のあの景色が浮かんできて、少し心が落ち着くな。」
「なんもないとこだったよね。」
「でも、好きだっただろ?」
「べつにー。寒くてやだったよ。」
「素直じゃないな。あぁ、食堂のおばちゃん達は元気かな。」
「食堂のごはんはおいしかったなー」
「アツシはいつもサービスしてもらってたよな」
「いやそれ、室ちんもじゃん」


高校生の頃となんら変わらないやりとりに、室ちんは肩の力が抜けたようだった。
あの頃の自分に、今でもまだ室ちんとバスケしてんだよって言ったら驚くだろうな。


***


初戦は快勝に終わった。

うちはまたすぐ明日に試合を控えているのでうかうかはしていられないが、気付かぬうちに乗っていたらしい肩の荷が一つ下りた。
調子もいい、体調もいい。かなり万全の体制で臨めている。
明日の勝利も確定的だ。


「敦、かなり調子良さそうだな。」
「んー、まぁね〜」
「今期は優勝狙えそうだ。俺の胃袋も安心できるよ。」
「キャプテンの胃袋とかマジどーでもいいけどねー。」
「おい!」


うちのキャプテンはちょっとだけ岡ちんに似てる。
そもそも顔は似てないし、岡ちんは胃薬なんか飲まなかったから岡ちんのが精神力はあったけど、イジられ属性とか心が広いとことか。まぁ本人には死んでも言わないけど。
このチームだからなんとか俺みたいのが受け入れられてるんだと思う。


「あっ!」
「?、なんだ?」
「なまえちゃん」
「?あぁ、みょうじさんか。」


開け放たれた選手控え室の扉の前をなまえちゃんが通ったのが見えた。一瞬のことだったが、まず間違いなくそうで。
せっかくだし今日の朝のお礼でも言いにいこーかな。試合勝ったし。褒めてくれっかな。


「なんだ、狙ってるのか敦」
「は?なに?うざい」
「酷すぎるだろ!あとお前面食いもいい加減にしろ!」
「キャプテンにカンケーねーじゃん」
「あるわ!」
「なんでだし」
「お前な、事務所のメンバーと選手は恋愛禁止だろ」
「なにそれー」
「やっぱり知らなかったな。事務所メンバー同士、とかなら問題ないみたいだけど。とにかく恋愛のごたごたで選手に辞められたり、悪影響あったらたまったもんじゃないから。」
「はぁ〜〜?」
「とにかく、事務所のメンバーは入団する時にかなりきつく言われてるみたいだ。」
「なにそれ、俺知んねーし。」
「お前が興味なかっただけで、うちじゃ常識。」


だって今まで事務所にかわいー子なんていなかったんだから知んなくてトーゼンだし。俺そんなの知ーらない。
キャプテンのため息を背に、俺は控え室を出てなまえちゃんを追いかけた。


「なまえちゃーん」
「あ、紫原さん。お疲れ様でした。まずは一勝、おめでとうございます。」
「んー、アリガトー。てか朝なんだけど、ラインありがとね」
「・・・いえ、遅くなってすみませんでした」
「や、覚えててくれてうれしーよ」
「朝早すぎたかなって。迷惑じゃなかったですか?」
「んーん。俺もちょーど起きたとこだったし。」
「早起きですね。」
「てかなまえちゃん、俺ら同い年だし。タメ語でよくない?」
「え・・・?同い年って。どうして知ってるんですか?」
「・・・・・・」


やばい、そーじゃん。なまえちゃんのこと中学の時から知ってるなんてそんなん向こうは知らないし。
なまえちゃん自身から年齢言われたこともないから、知ってんのはおかしいのか。


「あー、なんか、言ってた。誰かが」
「そうですか。・・・その、せっかくのご提案ですけどタメ語ってわけにはいきませんので。紫原さんはエースなんですよ、このクラブの。」
「えーー、それ関係なくない?いーじゃんよー」
「みょうじさん」
「あ、先輩・・・」
「もう行きますよ」
「はい。じゃあ、すみません紫原さん。」


事務所のお局おばさんだ。あーゆータイプが恋愛禁止とか騒いでるんだろーな。


「うん、またねー。」


なまえちゃんは最後に少しだけ俺の方を振り返って気まずそうに笑ってぺこりと小さく頭を下げた。

もしかして。
ナントカ禁止令さえなければ結構なまえちゃんも俺に気がある感じ?
中々ラインくれなかったのもそれで悩んでた感じ?

少なくとも、俺は恋愛禁止なんてどこぞのアイドルみたいな標語には端から従うつもりもないし、あっさり身を引くつもりなんて毛頭ない。

小さくなるなまえちゃんの背中を見つめながら、そう思いなおしたのだった。
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