映画のエンドロールが流れる頃にはすでに日はとっぷりと暮れており、テレビの明かりしか点いていない部屋がとても暗いことに気が付いた。


「おもしろかったねー」
「はい、付き合っていただいてありがとうございました」


電気点けないとねー、と俺が名残惜しく感じつつも立ち上がるとなまえちゃんが「わぁ」と声をあげた。
一体何事かと振り返るとなまえちゃんはなにやらソファの側の窓から外を眺めている。


「どーしたの?」
「見て、すごい雪」
「うわ、ほんとだ」



ある冬のとろけそうな日 (下)





確かに今日はとても寒い、とても寒かったが雪予報でも、雨予報でもなかったはずだ。東京に雪が降るかを予報するのは非常に難しいのだとどこかで聞いたことがある。俺たちが気付かないうちにいつのまにか降り始めた雪は、いつのまにか車道にまでうっすらと積もっているほどだった。
未だほの暗いままの部屋でなまえちゃんは目を輝かせて雪を眺めている。


「雪好きなんだね」
「えっ、なんで・・・」
「すごいわくわくした顔してるから」
「そんな顔してないですよ!」
「してたしー」
「・・・ほんとは、ちょっとすき、です。子供の頃とか、たくさん遊んだなって思い出すから」
「そっかぁ、俺もすきだな。俺は秋田にいた時のこと、思い出す。」
「秋田・・・紫原さんの、陽泉高校」
「そーそー。毎年4月くらいまで降ってるからやんなっちゃったけど、今思えばそんな悪くなかったんだなぁって。」
「・・・楽しかったんですね、高校生活」
「んー、まぁ、バスケして寝て、ご飯食べてお菓子食べて。今とやってることなんも変わってないけど。楽しくなくは、なかったかな。」
「・・・素直じゃないですね」


ふふ、と笑ったなまえちゃん。
しんしん、はらはらと空から音もなく降り続くそれを2人してなんとなく眺めていた。昔はこれが全部わたあめだったらなぁなんて、考えたこともあったっけか。とんでもなく雪の降る冬の秋田で、雪像作りをさせられた日に出会った小さな小さな少年のことなんかがふと頭を過ぎった。あの子には出会い頭に泣かれちゃって、大変だったなぁ。

そんな風に昔のことを懐かしんでいると、ふとなまえちゃんが俺にもたれるように身体を預けてきたのだ。自然とそうしたというには彼女の身体は強張っており、いくらか覚悟を持ってしたことなのだろうと読み取れる。

正直どこまでしていいものかと一瞬逡巡したが、次の瞬間俺はなまえちゃんを抱き締めていた。


「!っ、む、紫原、さん、?」
「なーに?」
「あ、あの・・・」
「うん」


正面から抱き込んでしまっているのでなまえちゃんの顔は見えないが、おそらくまた真っ赤になっているんだろう。今まで嗅いだことのないような甘い香りがして、じわじわと、今この瞬間に胸の中に収めているのが誰なのか頭が理解し始めた。
それでも俺はどこか冷静だった。だってきっと、俺は遅かれ早かれこんなことを彼女にする日が必ずきていただろうから。


「すきだよ、なまえちゃん」
「!、」
「だいすき」
「・・・あの、え、えっと・・・」
「なまえちゃんは?俺のことどう思ってる?」
「え、あ、それは、」
「うん」
「・・・す、好き、です」


なんとなく、少し前までは彼女には一生言わずに終わってしまうんじゃないかとさえ思っていた想いだった、言葉だった。いざ口にしてみればなんてことはなく、伝えることが何よりも自然に思えた。
彼女からの答えが俺と同じであったこと、それは俺が何年も昔から望んでいたことで、雪の日の外周をした夜、寮の大浴場の湯船に浸かった時みたいに、指先や足先からじわりじわりと熱を持っていくような感覚になった。胸の奥がつんとした。


「・・・ほんとに?」
「ほんと、です。紫原さんこそ、本当ですか・・・?」
「えー?俺、結構必死にアピールしてたつもりだけどなー。」
「・・・紫原さんはわたしの顔が好きなんじゃないですか」
「えっ!!なに、何情報なのそれ」
「だって、出会い頭にわたしに可愛いって言ったり、面食いだって噂もよく聞くし、実際綺麗な人以外、側にいないし。たまたまわたしの顔が好みなんじゃ・・・ってほら、またわたし、こんな全然可愛げないこと言ってるし・・・」
「あはは、なまえちゃんは世界一かわいいよ、ぜんぶ」


ほんの少し体を離して見下げたなまえちゃんの瞳は涙で潤んでいた。手は小さく震えていて、今にも泣きそうなのを堪えているような様子だった。どうやら不安に思われてしまっていのは本当らしい。
もう一度安心させるように抱きしめて、髪にキスを落とした。なまえちゃんの体がぴくりと揺れる。


「信じてもらえるよーにこれから頑張るから」
「・・・ごめんなさい、信じてますから。大丈夫」
「ね、聞いてもいい?いつから、俺のこと好きになったの?」
「・・・明確に自覚したのは、今さっきです」
「今さっき!?」
「・・・今までは紫原さんって、優しいから誰にでもこういうことしてるんだって、好きにならない方がいいって、自分に言い聞かせてた部分があって。」
「うん」
「それが、さっき、わたしの知らない高校の話を愛おしむようにして話してる紫原さんを見たときに、我慢できなくなってしまって。なんていうか、わたしが知らない紫原さんの世界があるのが嫌で・・・あぁ、これ、もうだめだなって、だいぶ好きになっちゃってるなって、その、思いました」
「独占欲、つよいんだね」
「ご、ごめんなさい、重い女なの、わかってます」
「ぜーんぜんへーき。嬉しいよ。」


今度はなまえちゃんの方から俺の胸に飛び込んできたのが可愛くて、もう一度ぎゅっと強く抱きしめた。
あぁもう、このまま抱っこしてベッドに連れていってしまいたい。邪な欲望がむくむく膨れ上がるのを感じながらもあくまで平静を装って俺は尋ねた。


「今日、泊まっていけば?」
「か、帰ります!」
「えー?帰っちゃうの?」
「お、お付き合いした初日に泊めていただくほど、不埒じゃありません」
「不埒って。だって、電車止まってるかもよ。雪で。」
「・・・歩いて帰ります」
「危ないって。そりゃ送るけど、雪だし寒いし。歩けなくはないけど3、40分はかかるでしょ。」
「大丈夫です」
「俺まだいっしょにいたいなー。なまえちゃん、おねがい。」
「・・・」
「なまえちゃんと一緒に寝たいな、今日」


なまえちゃんは傍目にも分かりやすいほど動揺し、焦っている様子だった。
何も中学生高校生の恋愛じゃないのだから、そんなに気にすることもないんじゃないかというのが正直な気持ちだったが、なまえちゃんとしては付き合った初日にお泊まりするだけで軽い女認定されるとでも思っているんだろうか。付き合ってない男女ならともかく。


「ま、まって、あの・・・」
「そんなにやだ?」
「やじゃなくて、そんなの、わたしだって、一緒にいたいですけど」
「いよーよ」
「だって、は、はじめて、なんです・・・男の人と付き合ったり、するの」
「・・・・・・え?」


これ以上赤くなんてならないだろう顔を、更に赤らめてそう言ったなまえちゃんに、俺まで赤くなってしまう。
え、だって、こんなぜんぶぜんぶ、頭のてっぺんからつま先まで、食べられそうなほど綺麗で可愛くて甘くておいしそうなこの子に他の男は今まで誰も触れたことないってこと?そんなことある?


「この年で、彼氏の一人もいたことないなんて、はずかしくって、」
「は、はずかしくねーし・・・」
「なんで、紫原さんまで赤くなってるの・・・」
「だって、うれしーから・・・」
「だからその、恋人同士の定石みたいのわからなくて、」
「大丈夫、付き合った初日から泊まるのはフツーだし」
「ぜったいうそ・・・」
「わかった、約束するから、絶対なんにもしないし。なまえちゃんがお望みなら俺は指一本触れないし。」
「そ、それはそれで・・・さみしい・・・」
「あのさぁ!?自分から襲われようとしてるよね!?」
「し、してないです!」
「・・・じゃあ、わかった」
「な、なに・・・?」
「ちゅーだけさせて」


俺の言葉に目を白黒させて驚くなまえちゃんに、いつもの凛とした雰囲気はかけらもない。本当の本当に今まで男と付き合ったことないんだなと手に取るように理解できるあまりに初心な反応に、さっき無理矢理ベッドへ連れて行かなくて本当に良かったと胸を撫で下ろした。

顔が自然とにやけるのをなんとか我慢して、いい?ともう一度聞くと、今度はわずかに首を縦に動かしてくれた。

目の前の女の子は、本当に中学生の頃に初めて出会って恋をした女の子なのだろうか?長い間ずっとどこか忘れられずにいた子と、たまたま再開して、こんな最良の形で想いが報われるようなことが本当にあるものなのだろうか?
柄にもなく、夢のような心地がした。

そんなことを考えながら、きつく目を閉じ、緊張で肩を震わせる彼女に優しく唇を落としたのだった。
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