「どーぞー」
「・・・おじゃまします」
「はーい」


俺たちのオフが被ったその日は、水道管が凍ったというニュースがテレビから流れるような、風の冷たい寒い日だった。
いつもチェックのマフラーをぐるぐるに巻いて冬の寒さに耐え忍んでいるなまえちゃんがうちに来て寒がってはいけないと、暖房の温度は高めに設定してある。

そしてなまえちゃんがうちに来ることが決まってからずっと暇を見つけては大嫌いな掃除をしていたおかげで、おそらく自分の部屋史上最も綺麗な部屋に彼女を招き入れることができた。

なんでもないように装ってはいるが、今日まで何度も何度もなまえちゃんがうちに来る夢を見たし、昨日はろくに寝つけなかった。今もそのドキドキは収まらないものの、俺より緊張している様子のなまえちゃんが目の前にいるので幾分落ち着いたのだった。



ある冬のとろけそうな日 (上)





「ひ、広い・・・」
「んー?まぁ1DKだしね。俺、掃除嫌いだから二部屋とかあるとだめなんだよね。」
「それにしてはきれい、ですね。お部屋。」
「えへへー、いつもはもっときたないよ」
「そうなんですか?」
「なまえちゃん来るから、がんばって片付けたの」


正直、なまえちゃんが借りてきた猫のように緊張しきっているのでやりづらくて敵わなかった。警戒されているのだろうか。とりあえず靴を脱いで上がったはいいもののきょろきょろと落ち着かない彼女のことをどのように対処するのが正解なのか、俺自身が考えあぐねてしまっている。

さてどうしたものかと思案していると、なまえちゃんがテレビの横にあるDVDラックに近づいていった。そこには、NBAのバスケの試合や、自身の試合データとして残してあるもの、室ちんや黄瀬ちんや黒ちんが持ってきたまま置いていかれた彼ら好みの映画のDVDが乱雑に並べられている。


「どーかした?」
「いえ・・・うちにもあるのが多いなって。この辺のNBAのとか。この辺からは映画?紫原さん結構色々観るんですね」
「いや、その辺のは室ちんとか、中学の友達が持ってきてそのまんまのやつ。俺の趣味じゃないよ」
「氷室さん?」
「そーそー。アメリカのアクション、ホラー、サスペンスとかは大体室ちんの」
「本当に仲いいんですね」
「別に・・・まぁ高校から基本ずっと一緒だしね」


俺がそう言うと、なまえちゃんはにっこり笑った。一体なんだというのだろう。
今日はこの俺の部屋にありながらほとんどまともに観たこともなかった映画を観ながら過ごすっていうのが、おそらく最も穏便な過ごし方だ。
室ちんが持ってきたのじゃ過激だし、黒ちんのじゃ眠たくなっちゃいそうだし、黄瀬ちんが持ってきた映画観るのがいいのかな。
あぁ、その前になまえちゃんに何を観たいか聞けばいいのか。


「あの、紫原さん」
「ん?なーに?」
「これ・・・」
「?」
「・・・」


なまえちゃんは、それまでずっと持っていた手提げ袋をおもむろに俺に差し出した。
お土産だろうか。人の家に上がるときにはきちんとお土産を持ってくるなんて、育ちがいいなぁ、甘いものかなぁと思いつつお礼を言いながら受け取り、中を覗き込む。

ケーキ屋の箱でも入っているのかとばかり思っていたが、実際にはタッパーやジップロックが並んでおり、中身はよく見えなかった。


「?」
「あの、ご飯」
「ご飯?」
「紫原さんが言ったんじゃないですか、ご飯作ってって」
「え!?まじで!!ありがとー!!」


下唇を噛みながらこちらをじとりと見つめるなまえちゃん。そんなのダメ元で言ったにきまってるじゃん。本当に作ってくれるとは思わなかった。


「まじで嬉しいよ、ありがとね」
「・・・美味しくなかったらごめんなさい」
「おいしーに決まってるじゃん」


だいすきだよ、なんて言葉がつい口をついて出てきそうになってしまって焦った。
なまえちゃんは顔を赤くしたまま俯いている。笑ったり、怒ったり、照れたり。ほんの数ヶ月前、高校生ぶりに(一方的に)再開した彼女はつんと澄ました顔で何の表情も見せてはくれなかった。無理していたのかなんなのか。一体どういうわけかはわからないが、やっぱり本当のなまえちゃんはこうやって表情がくるくる変わる子だったんだろうと思う。

今はちょうど昼過ぎで、持ってきてくれたご飯を今すぐ食べていいかと聞くと、小さく頷いてくれた。あぁ、やっぱりかわいいな。


***


「ごちそーさまでした!」
「・・・どうでした?」
「美味しいって、何回も言ったじゃん。いいおヨメさんになるよ〜」


俺の、と冗談めかして付け足そうかと思ったが、やっぱりやめた。慎重にことを運ぶべきかと察知した理性に感謝する。

里芋のコロッケ、いぶりがっことクリームチーズのポテトサラダ、紫キャベツのマリネ、なんかとにかく聞いたことも食べたこともないようなものが多かったけどめちゃくちゃ美味しかった。栄養がありそうだった。いろんなもの作れるんだね、と言ったらなまえちゃんは料理を研究するのが好きで、と恥ずかしそうに笑っていた。


「そーだ、なんか観よっか」
「?、映画ですか?」
「うん」
「でもこの部屋にあるのだと、紫原さんは観たことあるんじゃ・・・」
「ないよー、ほとんど」


みんなが勝手に持ってきて勝手に流してるだけだから。そう付け足すと彼女は安心したのか、ついこの間新調したばかりのソファから腰を上げて再びDVDラックへ向かった。俺も同じように後に続き、彼女が真剣にDVDを選ぶ様子を横から見ていた。
カーテンの開いた窓から入る昼下がりのあたたかい日差しが彼女の頬をやわらかく照らし、透き通るようできれいだった。


「これ、観たことありますか?」
「ん?ないと思う」
「前に映画館で見逃して。観たかったんです」
「じゃ、それにしよっか」
「あっ、でも紫原さん興味ないですよね、ラブコメなんて」
「あるよ、なまえちゃんが観たいやつなんだから。」
「・・・えへへ、ありがとうございます」


ちょっとクサいこと言ったかなと思いつつも彼女が照れるように笑った顔が可愛くて、そんなことどうでもよくなった。
パッケージからして少しコメディ要素のある恋愛映画いわゆるラブコメと見て取れる、どこの国のだかは知らないが、洋画であるそれはたしか黒ちんが持ってきたのだった気がする。結局その日集まっていたメンバーに男だらけでそんなの観れるかよ、と却下され意気消沈した黒ちんが渋々またの機会に観に来ますから、とラックにしまっていたのを思い出した。
いやいや、なんでしまうんだよ持って帰れよと思いつつも特に何も口を出さなくてよかった。

なまえちゃん、俺と恋愛映画を観たいって思ってくれたのかな。

ソファに再び座り直したなまえちゃんの横に、ぴたりと密着するように腰掛けると、一度だけぴくっと身体が跳ねたが拒まれることはなかった。表情は長い髪が邪魔してよく見えなかったが、ちらりと覗いた耳はほんのり赤が刺していた。
俺もなまえちゃんとくっついてるとこだけものすごく熱くて、きっと同じように顔が赤くなっているのかもしれない。こちらを見られないようにと祈っていると、彼女とばっちり目が合ってしまった。


「紫原さん、顔、まっか」
「・・・なまえちゃんもだし」
「・・・見ないでください」
「やだった?」
「・・・いやじゃ、ないですよ」


思い切って肩に回した腕も拒まれることはなかった。それどころかなまえちゃんがほんの少しこちらへ寄りかかるように身体を預けてきたので、映画の内容どころの話ではなかったのだ。
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