「アメリカから転校してきました。氷室辰也です。よろしく。」


にこりと美しく微笑んだ氷室さんから、きらっ、という効果音が聞こえた。
アイドル顔負けのキラースマイルに教室の女の子たちが、きゃー!という悲鳴に似た叫び声を上げる。女の子どころか、男の子たちまであまりの美しさに開いた口が塞がらない様子だ。

顔を赤くして熱っぽい眼差しで氷室さんを見つめる女の子たちとは対照的に、きっとわたしの顔は真っ青になっているのだろう。

昨晩敦くんの部屋で邂逅を果たした転校生の氷室辰也さん。

まさか、まさかわたしと同じクラスになろうとは。



昼下がりの間男



「あれ、昨日の」
「チガイマス」
「アツシの部屋にいた・・・」
「わー!!言わないで!!」
「おいみょうじ、うるさいぞ。あと氷室の教科書まだ届いてないからお前見せてやれ」
「・・・はぁい」


朝のホームルームで氷室さんの自己紹介が終わると、彼にあてがわれた席はなんとわたしの隣。まさか同じ学年、同じクラス、隣の席だなんて。
つい無意識に頭を抱えたわたしは女子たちからの理不尽な不満を一身に受けつつも、まぁなまえちゃんには紫原くんがいるしね、という安堵の声も同時に聞こえてきた。そう、そうなの。わたしには敦くんがいるんだから。

しかしその渦中の氷室さん、どうやら昨晩少しだけ見たわたしの顔をどうやらはっきりくっきり鮮明に覚えてしまっていたらしかった。


「・・・どうか、昨日のことは忘れてください・・・」
「どうしようかな」
「!、もー、教科書見してあげませんから!」
「ふふ、敬語はやめてよ。同い年なんだから。」
「・・・氷室くん「辰也でいいよ」」
「・・・・・・辰也くん」
「ね、お昼一緒に食べようよ」
「やだっ!」
「みんなに言っちゃおうかな、昨日のこと。」


それだけはまずい。
ぐぬぬ、と下唇を噛みながら渋々了承すると、ありがとう、と眉を下げてにっこりと微笑まれた。
う、やっぱりお顔はかっこいいのかもしれない。何ていうのだろうか、目も鼻も口もただ形がいいだけじゃなくて一番完璧なバランスでお顔に取り付けられている感じだ。
傾国の美形ってきっとこんな顔をしているんだろうななんて、一瞬でもそんな考えが頭を過ってしまったが、かっこよさで言えば敦くんの足元にも及ばない。うん、及ばないもん。


「ねぇ、名前教えてよ」
「・・・みょうじなまえ」
「なまえちゃん。よろしくね」
「・・・うん」


***


昼休みに入った瞬間、押し寄せたクラスの女子たちを辰也くんはその殺人的スマイルによって一撃必殺でかわし、わたしの腕を掴んで人気のないところまでやって来たのだった。
なんて人なんだろうか。わたしは敦くんと付き合っているのに。そのことは辰也くんだって知っているはずなのに。

陽が入らず、人の少ない昼休みの裏庭まで足早に連れてこられてしまった。
わたしの腕を離した辰也くんは、裏庭の薄汚れたベンチに腰掛けた。そんなところ、あまり綺麗じゃないのに。綺麗なお顔の彼にはとても不釣り合いに感じられた。


「なまえちゃんも座りなよ」
「む・・・」
「なんか、怒ってる?」
「怒ってるよ」
「どうして?」
「だって。・・・辰也くんが昨日の敦くんとのこと、揺すりのネタに使ったりするから。」
「ふふ、悪かったよ。ごめんね。」
「・・・じゃあ、ゆるす」
「なまえちゃんは可愛いな」
「えっ!!」
「素直で、すごく可愛いよ」
「そ、そうかな!」


わたしは辰也くんの言葉にすぐさま上機嫌になり、浮き足立ったまま辰也くんの隣に腰かけた。
なぁんだ、辰也くんって悪い人じゃないんじゃない。
にこにこと彼に微笑みかけると、同じようにふわりとわたしに微笑み返してくれた。
宗教の時間に読む聖書に出てくる天使みたいにきれいに微笑むのだ。神も仏も信じてはいないが、辰也くんのその細められた目をまともに見てしまっては、天使のそれ以外にありえない気がしてしまう。


「昨日のこと」
「え!?」
「黙ってて欲しい?」
「え?・・・うん」
「じゃあ、俺ともやらせてよ」
「?」
「セックスしよう」
「へ!?」
「それが条件かな」
「む、むむ、む、無理!!!それだけは、むり!」


宗教画のように美しい辰也くんの薄くて艶のある形の良い唇からとんでもないワードが飛び出してきたので、わたしは飛び跳ねて驚いてしまった。
せっ、くす・・・って、まさか、あの、せっくす?辰也くんがいきなりそんなことを言いだすわけないし、アメリカ語で性別ってことを言いたいのだろうか?わたしがイメージしたのと、違うせっくすのことだったとしたらあまりにも恥ずかしすぎる。


「せ、っくす、って・・・その、あの・・・」
「?、分かんない?」
「せ、・・・っあの、わ、わかんない・・・です」
「エッチのことだよ」
「お断りです!この悪魔!!!天使かとおもったのに!!!」
「なんで?アツシとは昨日しようとしてたじゃないか」
「えっ、ちが、」
「俺は実際に見たんだし。言い逃れはできないんじゃないかな?」
「ちが、ちがうの」
「何が?」
「あ、敦くんとも、昨日・・・その、はじめて、で・・・」
「でもそれ、証明できないよね?」
「・・・で、できないけど・・・」
「じゃあ、俺の条件は変わらないよ。やらせてくれたら、黙っててあげる」
「え・・・そんな・・・」


なんていうことだろう。
わたしは困り果ててしまった。
わたしと敦くんが未遂とはいえ不純異性交友を働いていたことが周囲に知られれば、敦くんは大会なんかには出場停止になってしまうんじゃないのか。それはスポーツ推薦で陽泉に入学した敦くん的には恐らく一番まずい事態のはずで。もしかしたら最悪、退学なんてことにも発展してしまうのではないか。

わたしは、敦くんの先輩だ。

敦くんはとてもしっかり者で、頼れるかっこいい彼氏だけど、わたしは正真正銘敦くんより一年先に生まれた先輩で。彼にはなにも先輩らしいことをしてあげられたことはないけどその事実は変わらない。
だからこそ一度くらい、彼より先に生まれた者として彼を守ってみたいと感じてしまったのだ。


「た、辰也、くん」
「ん?」
「本当に、黙っててくれるって、約束・・・してくれる?」
「もちろん」
「・・・・・・」
「交渉成立かな?」
「・・・・・・や、やっぱり・・・やだ・・・」
「!」
「・・・む、むり、やだよぉ・・・あつしくん以外なんて・・・やだぁ・・・」
「・・・泣かせるつもりはなかったんだけど」


辰也くんとそんなことをする想像をほんの少しでもしただけで、目頭が熱くなり大粒の涙が溢れてきてしまった。
困ったな、と言ってまた微笑んだ辰也くんは、泣きじゃくるわたしの背中を優しくさすってくれた。
こんなに優しいなら、そもそもこんな取引なんて持ちかけないで、そう思いながらもぽろぽろと流れる涙は止まらない。

敦くんのことを守りたい気持ちは真実だ。
だけど、やっぱり嫌だ。敦くん以外とそんなことしたくないし、敦くんが悲しむことも絶対にしたくない。
やっぱりわたしはダメな先輩で、結局はこんな自分自身の感情さえ抑え込めずに彼に迷惑をかけてしまうのだ。

そう思えば思うほど、涙は止まらない。


「ごめん、ごめんね。悪かったよ」
「う、うぅ、む、むりです、むり・・・」
「そんなに拒絶しなくても」
「辰也くんがどうこうじゃなくて、敦くんか、そうじゃないか、だから・・・」
「うん、そうだよね。大丈夫、ちょっと冗談でからかっただけなんだ」
「・・・ほんと?」
「うん。」
「じ、じゃあ、誰にも言わない・・・?」
「言わないよ」
「ほんとのほんと!?」
「ホントのホント」
「辰也くん、ありがとう!」


よくよく考えてみれば、不純異性交友は部則違反どころか校則違反で、健全な心を持つ人間であれば見て見ぬ振りはできないところだろう。

きっと辰也くんは正義感に溢れる人間なのだ、転校早々に目の当たりにした光景があれでは、怒りたくなっても仕方のないことだろう。
怒りから冗談めいたことを言ってしまったのだ、冗談としては少し過激だったけれどアメリカから転校してきたと言っていたし、お国のギャップもあったのかと思う。


「アメリカンジョークだったんだよね」
「・・・えっ?」
「ごめんね辰也くん、わたしったらアメリカのジョークが分からなくって。泣き出してすごく嫌な思いさせちゃった。」
「・・・あぁ、うん、気にしてないよ。」
「あ、ねぇ、アメリカはどんなところだった?あっ、辰也くんもしかして英語がペラペラ?そうだ、何で日本語も話せるの?」
「あはは、質問は一つずつにしてよ」
「!、ごめんね、癖っていうか。わたし何でもかんでも段取りが悪くって。」
「ふふ、いいよ。なまえちゃんはとてもピュアで、話していると癒されるから。そのままでいて欲しいな。」
「・・・辰也くんは優しいね!すごくかっこいいし!すごく綺麗だし!」


辰也くんはわたしのそんな言葉に眉を下げ、そんなに優しくないよ、と言って困ったように笑った。そんなことないよ、とわたしが言葉を返すと、彼の眉はますます下がってしまう。

これだけかっこよくて、驕りがないなんて、もしかすると敦くんの次にかっこいいかもなぁとわたしは大好きになった転校生の顔を見ながら、そう感じていた。
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