わたしは生まれて物心着いたころからどういうわけだか、人よりも幾分かドジを踏む人間だった。

周りの子よりもたくさん間違えたし、たくさん転んで、たくさん傷を作っていたけれど、周囲の人間に恵まれていたのかこれといって馬鹿にされたりもせずにこうして高校生にまでなれたのだ。


しかしながら今日ほどのドジを踏んだことは今までもなかったし、多分、これからもないと言い切れそうである。



わたしの彼を紹介します。



一目惚れってあるんだなぁ。

そう思ったのはわたしが二年生に進級した年の、入学式。
まさに入学式の真っ最中、わたしの視線はこの陽泉高校への後輩、新入生として先ほど体育館に入場して来た一人の男子生徒に注がれていた。
すでに着席を済ませてしまって後ろ姿しか見えない彼に、生まれて始めて一目惚れをしたのだ。

気だるげに花道を歩いていたその姿にビビッときて、ピシャリとした。
もうそれ以外に表しようがない。一目惚れなんてないとバカにしていたそんなバカな頃のわたしを一発殴ってやりたい気分だった。


しかしなにより彼は一つ年下の後輩で、おそらく、自分から動かない限りは何の関わりも持つことすら出来ずに高校生活を終えることになってしまうだろう。

明日にでも何かしらのアクションを起こしてやるんだ!と意気込んだその日の放課後の部活で彼がバスケ部の新入部員として体育館に来ていたことには驚いた。いや、驚いたどころの話ではない、そのとき手に持っていたゼッケンやらストップウォッチやら練習メニュー表やらは全部床へぶちまけた。
荒木先生や先輩や同級生たちはいつものことだと呆れていたけれど、慌てた新入部生たちはわたしが先輩だからということもあるのだろうが、群がってあっという間にそれらを片してくれたのだ。が、しかし、彼だけは依然として先ほど居た場所から一歩も動いてはいなかったのである。


そのときはショックでたまらなかったのだが何日か練習を重ねたある日、彼は確かにわたしの元へやって来て、ドリンクちょーだい。そう間延びした声で言ったのだから驚いた。
驚いたどころの話ではない、手に持っていたドリンクは全て床に零してしまったし、その上に部誌を落としてせっかくの部誌のノートは水浸しになった。
でも前と違ったのは、彼が急いで自分のタオルを持って来てドリンクまみれになった部誌をせっせと拭いて渡してくれたことである。


「いつも頑張って書いてんだから、大事にしなきゃ駄目でしょ」


確かにこの部活日誌はわたしが練習後にいつも頭を捻らせて、唸りながら書いているものだ。真剣になりすぎて人から声を掛けられても気付かないほどに捻らせて。
でも、何でそれを彼が知っているんだ。

ズキュンとして、メロメロになった。それ以外に表しようがない。

恋ってするものじゃなくて、落ちるものっていうのは本当の話だったのかと、そのときわたしは始めて気が付いたのだ。


ーその日以来彼は人が変わったかのようにわたしに接触してくるようになったのである。

休憩中ドリンクを受け取るのは必ずわたしから、わたしが洗濯当番の時だけ洗濯物を出したり、 タイムや記録を測ってくれというのもわたしにしか頼まなくなった。始めの頃は話しかけられる度に体が緊張して上手く話せなかったのでいい加減彼も不審に思って良さそうなものだったが、平生からミスの多いわたしのことだから特に気にもならなかったのだろう。
そうして6月辺りに漸く普通に話せるようになったのである。


そしてなにより、彼はわたしが何か大きなミスをしたときには必ず近くに居た。
偶然だったかもしれない、でも確かに落ち込んでいるときには何か関係のないくだらない話をしてくれたり、甘いアメを口にねじ込まれたり、ただ傍にいてくれたりした。

恋がどんどん確信に変わって、授業中も食事中も寝る前も夢の中でもずっと彼のことを考えるようになってしまった頃、事件は起きた。


ーそれというのはわたしの人生において最悪の日。


ーーでも確実に、今日は、人生最高の日でもあると思うのだ。



「俺も好きです。付き合って下さい」


それは敦くんから初めて使われた敬語だった。

わたしは嬉しくて涙が出て、彼の顔を見上げたのだが、その瞬間わたしの耳に入って来たのは湧き上がる割れんばかりの拍手喝采だったのだ。クラスの全員が全員、わたしたちを祝福していた。そう言ってしまえばなんて聞こえが良いものだろうか。
これは本当だったら放課後の校舎の裏かなにかでひっそり行わなければならないはずの行為だったのだとそこで漸く気付く。


わたしの頭が真っ白になっていく頃、音を聞きつけた隣のクラスのの生徒がやって来て、人集りを見てやって来た隣の隣のクラスの生徒が野次馬に来て、最終的には騒ぎを聞きつけ叱りに来た先生たちにまで祝福をされて。
敦くんは全く平気そうな顔をしていたけれど、わたしは消えて無くなりたくなるほど憔悴していた。



***


「なまえちゃん」
「は、はい・・・・・・」


その日の部活はもう大変だった。

第一に彼の目はちっとも見られなかったし、なによりその日中に起こったことだったというのに部員全員がわたしたちの今日のできごとを既に知っていたのだ。

敦くんは一年生ながら全校の生徒にバスケ部のスーパープレイヤーとしても、長身過ぎる人物としても、知れ渡っている。
その知名度のせいなのか、今日一日でわたしは一体何回おめでとう、と言われたことだろう。ご利益がありそうだから握手してくださいなんて突拍子もないことを全く知らない人から言われたりもしたのだ。

しかしあれから少し考えて、あんなこと彼にとって迷惑でなかったなんてありえないと気が付いてからはもう腰が引けてしょうがなかった。


「今日のことはもーいいじゃん」
「で、でも・・・」
「嬉しかったよ」
「・・・あんなとこで、迷惑だったよね」
「んーん。ぜんぜーん。」
「嘘つかないでよぉ・・・」
「嘘じゃねーって。そもそも好きな女の子に告白させちゃったのに場所まで選ぶ男なんてゼータクすぎだし、クソでしょ」
「そうかな・・・」
「それになまえちゃんは俺のものって知らない奴いなくなったわけじゃん?変な男が寄り付かないし。」
「・・・あ、敦くん・・・!」
「なまえちゃん・・・好「ハイそこまでなー」
「お前らここ体育館アルよ」
「二倍じゃ・・・紫原は練習二倍じゃ!!!」
「は!?なんで!?」
「たまにはいいこと言うな!モミアゲ!」
「お前ら!!!さっさと練習始めるぞ!!!!あとみょうじも仕事二倍にされたいのか?」
「えっ!!何でですか!?何でわたしも!!」
「雅子ちん、彼氏いねーから羨ましーんじゃん?」
「紫原外周行って来い」
「えー、今日雨じゃん」
「行け」
「か、監督、待ってください、敦くんが風邪でも引いたら・・・」
「お前も行くか?」


敦くんが行くなら行きます!と答えようとしたところで
なまえちゃんは待っててね。
そう耳元で敦くんに言われてわたしは渋々こくりと頷いた。


帰ってきたら昨日洗濯したばかりのバスタオルを渡す準備をしておこう。
ありがとう、と笑ってくれる彼の笑顔を想像しては、顔が綻んで後輩ちゃんに馬鹿にされた。
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