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「い、いらっしゃいま、へ・・・!」


吃った、噛んだ、盛大に。

店の窓から彼が歩いてくるところを確認してから何度も深呼吸をして、笑顔でいらっしゃいませ、と言うシュミレーションをしたのに。ドアが開いて来客を告げる鐘が鳴った時には何故だか逃げ出したくなったけれど、何処か会いたかったことも本当だ。
緊張と喜びが入り混じったまま発した言葉は酷く拙かった。



期待をしてしまったこと




「いらっしゃいまへって」
「ご、ご、ごめんなさい・・・!」
「いや、いーけど」


くすっと笑った彼は、パンを取るためのトレイとトングを手にしてお昼休みぶりだねーとわたしに背中を向けながら言った。
今は夜の7時半、3時半に学校を後にしたわたしにとって下校時間としては非常に遅い時間帯である。


「今、下校ですか?」
「んー」
「随分遅いんですね。」
「うん。うちの部活、熱血多くて嫌んなっちゃうよ」
「・・・部活・・・」


彼は昨日の制服とは違い、白地を基調とした部活動のジャージを身に纏っている。それにBASKETBALLと印字されているのが見えて非常に感心してしまった。バスケットボール部。確かうちのバスケ部って驚く程強いのではなかったか。こんな風に背の高い人がいれば、それも当然なのだろうか。どちらにせよ運動というものを最も苦手とするわたしには到底分かりそうもない話である。


「バスケ部・・・」
「あれ?言ったっけ」
「いえ・・・ジャージに書いてあったので・・・」
「あ、そっか」
「バスケ部なんてすごいです。練習も鬼のようだって聞くし。」
「うん」
「わたし運動がからっきしだから。」
「そんなかんじするー」
「む・・・」
「アラ?怒ったー?」


わたしがむくれたということに気づいたらしい彼はごめんごめん、悪い意味じゃないよー。と再びほわほわした声で言っていたけれど、運動が苦手そうってどう頑張ってポジティブに捉えても悪口じゃないか。こちとら体育の時間にはそもそも走り方がなんだか変とまで言われているというのに。まぁしかし事実をどうこう言ってもわたしが運動が得意になれるわけでも、彼のような長身になれるわけでもあるまい。
気を取り直して彼の手元を見ればトレイに山盛りの菓子パンである。こんなに買って行くお客さんといえば町外れに住んでいる育ち盛りな五人兄弟を持つ山田さん一家のお母さんくらいか。


「・・・これは一人で全部食べるんですか?」
「ん?うん」
「し、正気ですか」
「うん」
「パン屋の店員が言うのもなんですけど・・・そんなにちょろいカロリーじゃないんですよ、菓子パン一個にしたって・・・」
「俺太らないしね〜」
「まぁ・・・その分動いているんでしょうけど」
「こっちが今から歩いて帰る時に食べる分でー、これが明日の朝ご飯ね。そんで全部食べ終わっちゃうよ。」
「甘いもの、お好きなんですね」
「んー!すき」


多分何を言っても無駄だと判断したわたしはレジカウンターに運ばれて来たトレイの上のパンを袋詰めしていく。太らない人は何を食べても太らない、そういう体質の人がいるということは分かってはいるけれど正直羨ましいものだ。
彼の場合は太らないのではなく、身長に費やされているのかもしれないがそれでも横に成長するよかはずっといいことだろう。


「こちら商品になります」
「アリガト〜」


袋を手渡すと、彼は非常に幸せそうに顔を綻ばせた。
そう甘いものばかり食べていていいわけないがお客さんのこういう顔を見るのは大好きだ。今度からは砂糖をあまり使用していないパンもお勧めしてみよう。


「これあげんね〜」
「え、あ、飴・・・?」
「ん。毎日頑張ってるし」


彼の大きな大きな手から手渡されたのはりんご味の棒付きキャンディーだった。わたしが慌てて両手を差し出すと、彼は何が可笑しいのかまたくすくす笑っていた。そんなことをされては気恥ずかしくなってしょうがないが、ありがたく受け取ることにする。


「あ、あ、あり、がとうござい、ます・・・!」
「みょうじさん」
「は、い・・・」
「りんごっぽいから」
「えっ!せ、赤面症なのは、分かっているんですけど・・・!」
「んー、まぁ、すぐ赤くなっちゃうとこもそうだけど。」
「は、はぁ・・・」
「とにかくりんごっぽいの」
「・・・??」


彼は含み笑いを浮かべるとどういうわけかわたしの頭を一撫でして帰って行った。

明日も、来てくれるだろうか。


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