fantasma | ナノ








甘くて甘くて、苦くない、幸せと好きだけを詰めたハート型のガトーショコラをハート型の赤い箱に丁寧に仕舞った

敦くんのことだけを考えて作ったこれは、きっと、きっと喜んでもらえるはずなのだ。


大好き、と書き添えた小さなメッセージカードも同じ紙袋へ仕舞って、わたしは明日に想いを馳せる。お店に来てくれたところに渡すのが良いのかもしれないがこういうのは学校に持って行って渡すのが醍醐味な気がするのだ。

わたしはスクールバッグの近くへ紙袋を置いて、幸せな気分のまま、眠った。



バレンタインの小事件



雪の照り返しが眩しい朝、紙袋を持っているわたしを見てにやにやするお母さんに見送られて家を出た。


大きな紙袋にはハート型の赤い箱と、それとは別に小さな四つの袋が入っている。これには昨日ガトーショコラとは別に作ったチョコチップクッキーを入れており、それぞれ氷室さん、岡村さん、福井さん、劉さんに渡すためのものだ。あの四人には、中々にお世話になっているのだから。


「みょうじさん?」
「わっ、氷室さん!」


登校中、後ろから声を掛けてきたのは氷室さんだった。
白い息を吐き出して、鼻を赤くしておはよう、と微笑んだ氷室さんは何故か既にいくつも可愛らしいラッピングの施された紙袋を持っていた。今は朝のはずで、増してや学校にすら着いていないはずである。
目の前の彼が非常に女性に大人気ということを再確認させられてしまった。


「すごい、もういくつか貰ったんですね。」
「え?」
「チョコですよ!」
「・・・チョコ?」
「その可愛い紙袋、そうですよね?」
「そうなのか?また何でチョコレートを?」
「今日がバレンタインだから、ですけど・・・」


わたしたちは通学路で二人目を丸くしていた。
あれ、何で氷室さんこんなに不思議がっているんだろう。もしかして今日は14日じゃない?わたし日にち間違えたのかな?


「バレンタインだからって何なんだい?アメリカのバレンタインっていったら男性が女性に花やプレゼントを贈る日なんだけど。」
「あ!なるほど!氷室さん、日本のバレンタインは女の子が男の子にチョコやお菓子を渡す日なんですよ。」
「え!?そんな、女の子は大変だね。」
「好きな人や、お世話になった人や、最近だと仲良しの女の子同士でもお友達の証としてチョコを渡し合ったりするんです。」
「へぇ・・・じゃあこれも・・・?」
「そ、そうだと思います。氷室さんモテモテだから、今日の帰りには両手が塞がってますよ。きっと。」
「それは困るな。ところで、みょうじさんは俺にくれないのかな?」


氷室さんはわたしの持っている紙袋を指差して言った。
すっかり渡すのを忘れていたが、あんな綺麗な所謂本命チョコの後にわたしの作ったクッキーだなんて見劣りしてしょうがないだろう。
あるにはあるんですけど、と言葉尻を濁したわたしに氷室さんは欲しいな、と言葉を続けた。


「恥ずかしいです。こんなものでごめんなさい」
「嬉しいよ。これだって俺のために用意してくれたんだろ?」
「それは、そうですけど」
「でもそっちの大きい箱はアツシ用かな?」
「えっ、は、は、はい!」


きっとものすごく喜ぶよ、と笑ってくれた氷室さんに安心したのも束の間だった。



わたしたちの歩く真横を敦くんが何も言わず大股で通り過ぎて行ったのである。

敦くんが今までわたしを見かけて無視したことがあっただろうか。わたしに気づかなかっただけならともかく、今は隣に氷室さんも居る状況で気がつかない方が難しいようにも感じる。

何か声を掛けようとしたが、もう既に走らないと追い付けないような距離が出来てしまっている。走ろうかとも迷ったが、せっかくのガトーショコラが崩れてしまっても嫌なので追いかけることはしなかった。


「どうしたんだろうね、アツシ」
「はい・・・」


遠ざかる敦くんの後ろ姿には遠目ながらもいくつかの紙袋を持っているのが見て取れる。

胸の奥がちりりと痛んだ。



***



あぁ、もう、最悪だ!!


今日はバレンタインである。
勿論チョコはなまえから絶対に貰えるという確信があるし早起きして今日はなまえの家まで彼女を迎えに行ってやろうと企てていたというのに、寮を出たら既に複数の女子生徒が俺を待っていた。
次々にチョコを渡され、断っても良さそうなものだったが結局お菓子という絶対無二の存在に押され負けて全て受け取ってしまった。

急いで彼女の家に行けばもう出たわよ、と言われてしまい、雪で転ばぬよう走って後を追いかけると目に入ったのは、室ちんにチョコを渡しているなまえの姿。

頬を赤らめながらチョコを渡す彼女の姿に俺の中の何かが崩壊した。


はらわたが煮え繰り返りそうな気持ちを押し込み、無言を貫いてこれ見よがしに隣をズカズカと歩いて追い抜かしてやったのだが、彼女は追ってくる気配もない。気付かないなんていうのも多分あり得ないのだからこれは本格的に泣けてきた。


「む、紫原くん、これ・・・」
「あー、アリガト。」
「あとね、わたし、紫原くんのことが・・・」


見たこともない、名前も知らない女の子。
渾身というか全身全霊というか、そんな精一杯の告白も下向いてたら俺にはつむじしか見えてないから意味ないよ。とは流石に言わなかったが、その度にどんなに身長差があろうとも目を見て話してくれようとする彼女のことを思い出した。

ご飯も美味しくて、お菓子作りも上手な彼女が俺だけのために愛を込めて作ってくれるチョコならさぞかし美味しいのだろう。
やっぱり自分から貰いに行こうかな、でもやっぱり、さっきのは腹立ったし。


「ごめんねー、俺付き合ってる子いるから」


昔に比べると告白もやんわり断るようになった。もしこの女の子が、俺がなまえを息が詰まるほど好きなように、そんな風に俺のことを好いてくれているとしたら。好きな奴の口から出る言葉というのは存外重い。
ぞんざいに扱うことはいけないのかも、と知ったのも彼女のおかげだった。


「アツシ」
「・・・室ちん」
「モテるじゃないか。さっきの子、俺と同じクラスの子だよ。」
「知らねーし。てか覗きとか趣味わりーよ」
「ごめんごめん。覗くつもりはなかったんだ。」
「へー」
「日本のバレンタインはユーモアがあるね。アメリカでは男性が女性に贈り物をするだけの日だったから、自分の想いを伝えたりはしないし。」
「知ってるよ、そんくらい。」
「良く知ってるな!まぁユーモアはあるけど教室に居たんじゃ帰りの荷物が増えるだけだから人気のないとこを探しててるんだ。」
「いーじゃんたくさんお菓子もらえて」
「俺はみょうじさんに貰ったの以外食べる気ないよ」
「・・・は?ケンカ売ってんの?」
「他の子の手作りなんて何入ってるか分かったもんじゃないだろ?」


まぁ、それはそうなのだ。
中学の頃なんか黄瀬ちんは貰ったチョコをどれも一口ずつだけは食べていたけれど、そのあと一週間食中毒になって学校を休んでいた。黄瀬ちんにチョコをあげた人たちの故意だとは言い切れない。知らぬうちに期限の切れているものを使ってしまったのかもしれない。


「その点、みょうじさんのなら安心だ。」
「・・・・・・・・・」
「あ、アツシはまだみょうじさんからチョコ貰ってないんだっけ?」
「・・・うるせーよ」
「貰えるといいね。」


普段からのお菓子好きのイメージが幸いしてか既に俺も沢山のチョコを受け取っていた。しかし一つ一つそれが増える度にこんなもの貰わなければ良かったと後悔し始めている。
貰えば、貰うほど彼女からのチョコが欲しくて堪らなくなってしまうのだから。


「あっ、ひ、氷室くん・・・、ちょっといいかな・・・」
「あぁ。じゃあね、アツシ。」


俺の機嫌を悪くするだけして、言い逃げでもしたように室ちんは女子生徒と共に裏庭の方へ消えて行った。



***



「なまえ」
「あ、敦くん」


下校の時間にまでなって結局俺は耐えきれなくなって彼女の元へ急いだ。
放課後になって一層増したバレンタイン独特の男子生徒がそわそわした空気の中、俺は彼女が大きな紙袋を持っていることに妙に安心してしまった。


「敦くん、・・・場所変えていいですか?」
「・・・ん」


唇を小さく噛んで、恥ずかしそうにそう口にした彼女を見ていると先程まで腹を立てていた自分が急に滑稽に思えた。何に怒っていたんだ俺は。
お世話になった人にチョコをあげるなんて、彼女の性格を少し考えれば分かりそうなものだったのに。


「敦くん朝、何か、その、機嫌が悪かったですか?」
「・・・や、ごめんね。なんでもな・・・くはないかも。」
「え!」
「なまえが室ちんにチョコ渡してるの見て腹立ってさー。」
「ご、ごめんなさい、」
「んーん。俺もいくつか貰ってるし人のこと言えないし。」
「そ、そうですよね、沢山チョコ貰ってたみたいだしわたしのなんかもう要らないかもしれないんですけど、」
「嫉妬した?」
「な、・・・その、しました、少し、だけ。」
「なまえが怒るなら全部捨てるよー?」
「だ、ダメです!!」
「言うと思った。でも俺は、なまえからのチョコだけが欲しかったんだよ、」
「・・・そうですか」


頬を染めて嬉しそうにそう言ったなまえは人気のなくなった場所でようやく持っていた紙袋を俺に渡した。中には大きな赤いハート型の箱が見えて俺の頬まで赤くなった気がする。
ありがと、とお礼を言えばこれ以上ないくらいの幸せそうな笑顔。あぁ、可愛い。


「・・・あと、これあげる」
「?、何ですか?」
「いーから」


バレンタインは欧州では男性が女性に花をあげたり、贈り物をする日だということは以前から知っていたが日本にはホワイトデーというものが存在する。しかし公式的にお返しをする日が設けられてはいるのだからと言ってバレンタインに男性が何かしてはいけないという法律もない。
俺はポケットに忍ばせておいた可愛らしい小さな袋を彼女に差し出した。


「こ、これ・・・」
「あげる。外国では男性からプレゼントあげるって言うじゃない?」
「い、言いますけど・・・!」
「いらない?」
「いります!!大事にします!!」


それというのはついこの間偶然見つけた薄紫色の花がついた髪飾りだった。

バレンタインにはなまえに花を渡したいと常々考えていたのだが花はやっぱり少しクサすぎるかもしれないと悩んでいたときに偶然見つけたのだ。花がついているし、なまえが好きそうだし、似合いそうだし。

これを買うのには少し勇気がいらないでもなかったが、なまえが喜んでくれるならそんなの何ともなかった。


「嬉しい、嬉しいです。本当に大切にします。」
「気に入った?」
「はい!!可愛いし、なにより、敦くんみたいな綺麗な紫色。これを付けてたらいつでも敦くんと一緒ですね。」
「っもー・・・!!あのさー、そーいうことほんと・・・」
「な、何ですか・・・!」


そういう恥ずかしいこと言うのやめてくれるかな、と言おうとしたところで気付いた。
そういう恥ずかしいことを口にしてくれるとこも大好きだから、やめないでねって、こっちが本心なのだからそんなこと言えるはずもないと。


「敦くんの、意外と紳士的なところ、わたし大好きです。」
「意外とー?」
「だって、いつもは子どもっぽいから。」
「まぁ、言い訳できねーか」
「ふふふ、あ、そうだ。この紙袋の中のこの小さい袋は岡村さんと福井さんと、劉さんに渡しておいてくれませんか?」
「・・・・・・・・・」
「?」
「・・・まーいーや。そういう馬鹿なとこも好きだよ?」
「ば、馬鹿ってなんですか!?」


薄紫の髪飾りを大切そうに両手で持つ彼女の頭をぐしゃぐしゃに撫でる。

しかし俺はもうあと5分足らずで部活が始まる事に気付いて急いで駆け足で体育館へと向かった。

勿論、バレンタインチョコは大事に大事に胸に抱えて。


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