「アララ?昨日の」 「あ・・・!あ、の・・・」 「ドーモ」 「ど、ど、どうも・・・」
むらさきいろの頭のひと
休み時間トイレに向かおうと教室を出たところで見覚えのある人に、出くわすことになった。 非現実的な存在と呼ぶにふさわしい彼はあの後、甘い菓子パンに限定して、更に目敏く焼きたての物のみをテイクアウトで買って行った。背が高すぎる故に顔を良く確認することは叶わなかったが、この身長は昨日の彼、おばけの彼で間違いないだろう。 彼は相変わらずのんびりした様子のままわたしに挨拶をする。
「あの店でバイトしてんだね」 「あ、ち、違うんです。あそこ、わたしの実家で・・・だから単なる手伝いに過ぎなくて・・・」 「でも毎日じゃん?エライねー」 「え、え、あ、ありがとう、ございます・・・」 「最近コンビニのパン飽きちゃってさー。パン屋のがちょっと高いけど美味いし、甘いパンもあるしー」 「そ、そうですか・・・!」
吃りながら質問に答えたところでハッとした。 彼のことは随分前から陽泉高校の生徒だと認識してはいたものの、その身長故に勝手に三年生の先輩だという風に認識していたのである。しかし今彼はこうして一年生が主に使用するフロアにいるのだ。ということはもしかしなくても彼はわたしと同じ、一年生なのか。
「あの・・・、あなたって、一年生なんですか・・・?」 「うん。そーだよ。」 「・・・・・・!!」 「何?」 「いえ、・・・か、勝手に先輩だと思っていたので・・・」 「まぁそーだよねー」
彼はわたしの言葉を特に気にした様子もなく手元に持っているお菓子を食べては口に運び、食べては口に運び。昨日買って行った菓子パンの量といい、甘いものが好きなのだと見受けられた。糖尿病とか大丈夫なんだろうか。 会話のない気まずい空気の中、彼がお菓子を食べる音だけが聞こえてくる。会話のない状態だというのに彼はどこにも行こうとしないしわたしも縛り付けられたかのように動けなくなってしまっていて酷く過ごしにくい状態が続くものの、気まずいなどと感じているのはどうやらわたしだけのようだから尚更タチが悪い。 このような何事にも動じないメンタルはどういった生活を送ってくれば身に着くのだろう。
「・・・あっ、そういえば、わたしがここの生徒でも、驚かないんですね・・・!」 「昨日制服のまま店にいたじゃん」 「あ、そ、そっか・・・」 「うん」 「・・・・・・・・・」 「そだ、俺、紫原敦ね。」 「・・・紫原、くん・・・?」 「うん。あんたは?」 「あっ、!・・・わ、わ、わたしみょうじなまえです。一年、三組です。」 「隣じゃん。ヨロシクね。」 「はい!」 「多分またお店行くと思うから」 「!、お待ちしてます!」 「パン美味しかったよ」 「・・・嬉しいです。お父さんもお母さんもきっと、喜びます。」 「ん。やっぱり笑ってた方がかわいーね。」 「・・・え・・・」 「次店行くときも笑ってなきゃダメだからね」 「は・・・は、はい・・・」
じゃあ授業始まるからじゃあねー。 彼は食べ終えたらしいスナック菓子の空袋を廊下に備え付けられているゴミ箱に放ってから、ポケットを漁り、棒付きキャンディーを口に含んでわたしにそう言ってから背を向けた。
なんだかやけに気恥ずかしいことを言い逃げされた気がする。
そういえば、トイレに行くのを忘れていた。
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