fantasma | ナノ






なまえ、俺、試合負けちゃった。


悔しそうに、しかしなぜだか申し訳なさそうにそうつぶやいた敦くん。
わたしはその言葉にお帰りなさい、とだけ返した。



エピローグ



敦くんは元旦を実家で過ごし、2日の朝一番の新幹線に乗って帰って来たらしく、その後すぐにわたしの家を訪れてくれた。状況を察したらしいお父さんとお母さんにひやかされながらも寝癖だらけだった髪の毛を整え、急いで身支度をして、わたしたちは予定通り初詣へと出掛けたのだ。

ーーちなみにこれは余談だが、わたしがこの間店番を放り出したときも、クリスマスの深夜に家から居なくなっていたときも両親はわたしが敦くんと一緒にいるのだということを分かり切っていたので特に咎めなかったのだそうだ。すべてお見通しだったとは、何と恥ずかしいことだろうか。


「結構すげー人だね。東京ほどじゃないけど、こっち来てからこんなに人いるとこ初めて見たかも。」
「ここら辺に一つしかない神社ですからね。みんなここへ来るしかないんです。」
「田舎は大変だ」
「都会も都会で大変でしょう。」
「それもそーか」
「人が多いとあったかいから、結構わたしは人混みも嫌いじゃないですけど。」
「じゃあ、もっとくっつく?」
「っな、何を、言って・・・!」
「ごめんごめん、冗談だって。」
「・・・・・・・・・」
「ほら、なまえ、手、」
「手?」
「はぐれると大変だから、繋ご?手くらいならいい?」
「えっ、と、はい、」


手を繋ぐのはなにも初めてではなかったが、こうして恋人という関係に収まり、改まって手と手を重ねるというのは案外気恥ずかしいものだ。
彼ははぐれると大変だからと言ったが、まずはぐれるわけもないだろうし、そもそもそうなったとしてもわたしが彼を見つけるのはあまりに容易すぎる。周りと比べると頭一つどころか二つも三つも飛び抜けて高い身長も、わたしはいつの間にか愛しく思っていた。


「アツシ?アツシじゃないか!それにみょうじさんも!」
「げ・・・最悪・・・」
「最悪とは何アルか!」
「紫原・・・帰って早々デートとは・・・羨ましいぞワシは・・・」
「キメーなアゴリラは・・・それにしても久しぶりだな、なまえちゃん。」
「はい!みなさんお久しぶりです。あけましておめでとうございます。」
「行こ、なまえ。」
「あ、敦くん、」
「ああ?先輩前にしてその態度はなんだ?」


敦くんは福井さんの言葉に深い深いため息を吐いた。
肩を落として先輩方を恨めしげな瞳で見つめる敦くん。これは先輩方に対する態度として失礼極まりないし、本来ならば咎めなければならないもののはずだが、どういうわけか可愛く思えて仕方が無いのだ。


「でもよー、アツシがなまえちゃんと付き合えたなんてアツシの見た夢の話か妄言だと思ってたんだけど、本当だったんだなー。」
「なんだよそれ・・・」
「ワシは、お似合いだと思うぞ」
「なまえ、今からでも俺にするアル」
「えっ、あのっ、」
「ちょっと劉ちん!!」
「いやいや、俺にしなよ。」
「劉ちんはともかく室ちんはマジ冗談に聞こえねーから・・・」
「はは、冗談じゃないからね。」
「室ちん!!」
「ところでアツシは180センチ以下の女の子は恋愛対象外なんじゃなかったっけ?」
「はぁ?」
「あっ、そういえば・・・」


そうだ、もう随分と前の話ですっかり忘れてしまっていたが、氷室さんと体育館裏で敦くんへの告白を盗み聞きしてしまったときに紛れもなく彼の口から放たれていた言葉があった。180センチ以下の女の子と付き合う気はないというのは一見耳を疑うが、彼のような高身長な人物からしてみると何らおかしくない条件だ。
そしてわたしは勿論、そんな身長は持ち合わせていない。しかし、彼がわたしのことを好きだというその事実に偽りはないだろうということにも胸を張って肯定できる。

わたしは彼が好きだし、彼もわたしのことが好き。
今更あんな事実を思い出したところでわたしはちっとも焦りやしなかった。


「え?なにそれ」
「アツシが言っていたんじゃないか。ねぇ?みょうじさん。」
「まぁ、はい・・・」
「・・・え?」
「本当か、紫原・・・」
「おいアツシ最低だぞ」
「なまえを弄んだアルか」
「は!?ありえねーって!!す、好きだよなまえ!!!」
「きゃっ、」


焦りながらも真剣な瞳でそう言われ、挙句にこのそれなりに大きな神社の境内という人の多い場所で敦くんにぎゅっと抱きしめられる。わたしの顔は今までにないくらい熱くなってしまって敦くんの胸を押し返そうとするのだがこれがびくともしないのだ。
か細い声で離して下さい、と言うことしか出来なくなってしまったわたしを敦くんはより一層力を込めて抱きしめる。


「全く、ちょっとからかうつもりが逆に惚気を見せつけられちゃいましたね。」
「ほんとだぜ。」
「氷室、さっきの話冗談だったのか?」
「いえ、嘘を言ったわけではなかったんですけど。」
「まぁなんでもいいアル。これ以上ここにいると砂吐きそうだから俺たちは行くアルよ。」
「ってことだ、じゃーなアツシ、なまえちゃん。」
「邪魔して悪かったのう。」
「アツシ、そろそろ離してあげなね。じゃあね、みょうじさん。」


先輩方がわたしたちの元を離れて行ったのを見て敦くんはようやくわたしを解放してくれた。言いたいことも怒りたいことも山ほどあったのだけれど脱力してしまってわたしはそれどころではない。
ただ何も言わないわたしが怒っているのではと思ったらしい敦くんがごめんね、と謝ってくる。
まぁ確かに、怒ってはいるのだけど。


「ところで、さ、」
「はい・・・?」
「さっきの話何なの?室ちんはからかっただけって言ってたけど、なまえはとっさに冗談に合わせられるほど嘘上手くないじゃん?」
「あぁ、ええと、随分前の話なんです。わたしと氷室さんと。とっても申し訳ないんですが、敦くんが女の子に告白をされていたところを偶然目撃してしまって・・・」
「マジで、いつのだろ。告白とかありすぎてどれかわかんねーや。」
「・・・・・・・・・」
「あ、嫉妬してる?」
「し、してないです!!」
「かわいー。」
「もう!!その時に言っていたんです!180センチ以下の女の子には興味がないって!」
「ナルホドねー。既に覚えてもないからその場でついた嘘だね。」
「そう、ですか、」
「あ、安心した?」
「してないです」
「嘘おっしゃい」
「敦くんがわたしのことを好きなの、分かってますから。嘘だって分かってましたし、別に不安にも思ってないです。」
「アララ〜、お見通しならしょうがないね〜」


にやにや笑われて、頭をわしわしと撫でられていつものわたしなら腹を立てそうなものだが、どうにも怒れやしなかった。わたしは頭の上へ乗せられた彼の手を取り、繋ぎ直す。

そうしてここへ来た本来の目的であるお参りをするべく再び歩き始めた。


「ね、なまえ」
「なんですか?」
「・・・俺さ、前よりバスケ頑張っから。」
「大会で、何かあったんですね。」
「・・・まーね、」
「応援してます。」
「うん」
「わたしはいつでも待っていますから。いつもの場所で、いつだって。」


わたしがそう言うと、敦くんは何も言わずに俯いて繋いだ手の力を強めた。わたしもそれを負けじと握り返す。


わたしたちは片田舎の小さなパン屋で出会った。
レジカウンターとその一番近くの席がわたしたちの全てだった。

これからはきっと違う。
歳を重ねるにつれ、世界が広がって、きっと二人で色々な場所へも行って、色々なことをして。


しかしこれからもずっと、何かにつけて思い出すのは、振り返ると彼があの席に座っているあの景色なのだろう。



「俺、なまえとずっといられますよーにってお祈りしたよ〜」
「願い事って、人に言ったら叶わないんですよ」
「えっ・・・」
「大丈夫です、わたしの願い事は人に言いませんから。」
「それって俺と同じ願い事したってこと?」
「さぁ?」



別にこんな願い事を人に言おうが言わまいが、多分これからもずっと、そばにお互いが居る気がしてならないのだ。


子どものような、神様のような、おばけのような、彼のもとに、ずっと。




fantasma end.


[back]

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -