fantasma | ナノ






彼を初めて見た日のことは、今でも鮮明に思い出せる。

土砂降りとでも言うべき雨の中、彼はわたしの実家の目の前に存在する、この一帯では唯一のコンビニエンスストアから傘を差して出てきた。
時間帯でいえばまだ夕暮れ時の時刻ではあったが何しろ雨がすごい。

薄暗い闇の中を傘を差して歩く姿に一種の恐怖を覚えたのも良く思い出せる。
2メートルを超えているだろうか。


「・・・おばけかと思った」


家の内側でつぶやいた。



幽霊かと思ったはなし



この片田舎でコンビニエンスストアが目の前に在ることを嘆く者は、恐らくわたしたち家族以外にはそうそう存在し得ないだろう。迷惑極まりないと感じるその理由は、実家がパン屋を経営していることに他ならない。
つい3年前に営業を開始した正面の便利な道具屋さんには多種多様なパンだってある。うちの売りと言えばせいぜい“時間帯によっては”焼き立て、ということだけだろうか。あちらのほうが安価であるし。小麦粉の値段の高騰を馬鹿にしてはいけない。

そういうわけで、つい2年半前まではパンを売り買いすることしかできなかったうちの店は多額のリフォーム代を掛けてイートインができるようになったのである。
安い割にはおいしい紅茶やコーヒーを揃え、安い割には上品そうなカップと皿を揃え、椅子や机や照明も同じく。机の上の編み物のテーブルクロスはなんとお母さんのお手製だ。

そうして本格的な喫茶店として営業できるようになった頃合いには、ただのパン屋だった時の常連客達がこぞって訪れてくれた。いまとなってはわたしが学校に通っている昼下がりの時間帯には非常に繁盛しているそうだ。
依然として正面の道具屋には苦しめられているが、随分とマシになったほうだと思う。


さて、そんなライバル店から出て来たおばけの彼は未だに毎日のように足しげくコンビニエンスストアに通っているところが確認されている。
あの日は雨が酷く、辺りも暗かったために確認できなかったが彼は特注サイズであろう大きさの制服を身に纏う学生であり、驚くべきことにわたしも通っている陽泉高校の生徒であった。

学校が終われば家の手伝いのためにすぐさま家に帰り、学校にいる間もそうそう教室から出たりしないわたしは周囲の人々に比べて学校の情報に疎かった。一度見たら忘れることはなさそうな彼のことも、学校ではものの一度だって見かけたことはなかったのである。
今日はお友達といっしょだ、今日は制服ではなくジャージ姿だがあのジャージは何部のものなのだろうか。
毎日の違いに気づくことができるようになるほど、日を重ねたある日のことだった。



「・・・・・・!!」
「・・・あのー、聞こえてるー?」
「・・・っえ、あ、い、いらっしゃいませ・・・!」
「うん」



ちりんと鳴ったドアのベルに反応して振り返ったところでわたしの思考はぱったりとストップしてしまった。


おばけの、あの人だ。


目の前にすると、非常に、異常に、大きな体である。
おばけは間延びした声をしていた。


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