fantasma | ナノ






両親に北海道旅行を呈示されたのは、つい先週のことだ。

父の弟の経営する旅館で団体のキャンセルが発生してしまったので、格安で構わないのでどうにかその空いた部屋を埋めようと叔父さんは片っ端から知り合いに声を掛けていたという。
そんな中自営業という立場の父と母は、サラリーマンなどと比べれば暇が見つけやすい。

お店は申し訳ないが少しお休みをいただいて丸々5日を掛けて叔父さんの旅館に泊まって観光をするから、お前もおいで。と、そう言われてもわたしには学校がある。
わたしは変なところで真面目で、こんなところで不用意に休んでしまってはもしも何か不慮のことが起きた時に八方ふさがってしまうではないか。そんな風にしかものを考えられない。

わたしはお店の留守を守るから、二人で行っておいで。
そう言ったわたしに2人は、やっぱりね。という顔をしたのだった。



雨のうちはへ降るころ 上



わたしが昼、学校から帰って来た時に丁度2人は出掛けるところだった。出発日ということもあり、てっきり今日は一日中お店は閉めるものだと思っていたので、帰って来た際に普段通りに陳列されていたパンには多少なりとも驚きがあった。

明日からは休業だけれど、今日はこのパンを閉店時間まで売っていてちょうだいね。戸締りには気を付けてね。何かがあったらすぐに電話をするのよ。もし何かあったら予定を切り上げて帰ってくるから。
矢継ぎ早に言われてわたしは苦笑する。大丈夫だから、行ってらっしゃい。そう言って彼等の背中を見送った。

今日からはこの家に、店に1人となってしまう。
明日からは休業なので、紫原くんには今日きちんと明日からのことをお話しなければならないだろう。



***



その日は雨が酷いことが起因してか、彼は店に来なかった。
少しだけ余ってしまったパンを廃棄に出して、閉店の準備を始める。いつの間にやら寒い時分になってしまって、家の中に居るような格好で外に出ると、凍える思いだ。店の椅子にもひざ掛けのためのブランケットが少し前に置かれた。

うちのお店は始業時間が11時と遅いこともあり、終了時間もまた遅い。9時半にようやく外の立て看板を内に仕舞うのだ。道路を挟んだ斜め前ではコンビニエンスストアが未だに張り切って営業を続けている。

体育館裏での告白を見てからというもの、わたしは彼に対する想いが曖昧だ。というよりは、氷室さんがわたしにあんなことを聞くのがいけないのである。
紫原くんは人の小さな変化に案外とすぐに気付いてしまう人だから、わたしの態度で何かあったことがバレてしまわないか心配だったのだが今回に限ってはそんなこともないようである。

良かったような、悪かったような。


強い雨が降りしきる中、わたしは今日会うことの叶わなかった人のことを思っていた。
初めて彼を見掛けたときにもこのような雨が降っていて。

そんなことを考えながら店内の灯りを消したその瞬間だった。


ドンドンドン


真っ暗闇の中、突然の物音にわたしは肩をびくりと揺らす。

何の音かと思えばどうやら店の戸を叩く音のようである。天気も相まってか何か非科学的な存在の来訪にしか思えないのだが、そもそも何かの犯罪者であったらどうすれば良いのだ。安易に扉をあけることはしてはならないだろう。

しばらくドアを叩いていた扉の向こうの人物は、次にドアノブに手を掛けた。店の灯りは消えているのだから、中には誰もいないと判断して欲しいところだ。

そしてここでわたしは母に戸締りをするように言われていたのに、まさにこの扉の施錠は忘れてしまっていたことに気がつく。わたしはハッとしてせめてもの抵抗として物陰に隠れた。

案の定簡単に開いてしまった店の扉は、来客を知らせる鐘の他にも、普段はしないようなギィイという不気味な音を立てた。何故扉という無機質の存在までもに恐怖を煽られなければならないのか。
とはいえそろそろ本格的に危ない気がしてきた。これって、そもそも不法侵入という犯罪であるし、もしも今入ってきた人物が現在テレビで噂されている連続殺人犯の正体だったら。未確認生命体の宇宙人だったら。お巡りさんに連絡をしようにもそんなに超スピードで移動出来るお巡りさんをわたしは知らない。
わたしの背中に汗が伝った。

レジカウンターの内側に隠れていたわたしの真横に遂にその何かの足が到達する。そしてそこでそれまでしていた足音が止む。わたしの真横でその何かは止まったということだろう。
恐怖にうちひしがれながら恐る恐る顔を上げると、暗闇の中に光る両目と目があった。


「キャーーーー!!!」
「っちょ、みょうじさん!」
「キャーーー!!おばけが喋・・・っ!!・・・・・・って、む、紫原くん・・・?」
「そーだよ。誰がおばけだよ。」
「・・・こ、怖かったぁ・・・」
「あー、それは、ごめんね。」
「い、いえ・・・」
「遠くから見たらまだ電気ついてたから。でも俺がお店入ろうとした瞬間に灯り消えちゃってさ、多分まだそばに居るだろうと思ったから、つい。」
「本当に、いいんです。犯罪者とか宇宙人とか、おばけじゃなくてよかった。」


彼は手探りに電気のスイッチを探り当てたのか、パチリという音と共に店内に再び灯りが灯る。

しかしわたしはその時の紫原くんの様子を見て驚愕した。部活のジャージを身に纏う彼は頭の先からつま先まで全身びしょ濡れである。この雨の中、傘は持っていなかったのか。


「む、紫原くん、大丈夫ですか?寒いでしょう。」
「うん。まじさみーよ。」
「風邪を引いては大変ですから、一先ずお風呂に入って下さい。わたしが入ろうと思ってお湯が沸かしてあるんです。」
「いや、ほんといーよ。そんなあれで来たわけじゃないし。」
「わたしにそんなずぶ濡れの紫原くんを見て見ぬふりしろって言うんですか?早く入って来なさい。」
「ほんと頑固・・・」


しかし彼を風呂場に案内する途中で着替えがないことに気がつく。父は決して小さいわけではないが、紫原くんに比べれば小人だ。サイズはとても合わないだろうと思案していると、制服がエナメルの中に入っているから大丈夫と彼は言う。それなら良かった。


「濡れたジャージは洗濯してしまいますから、そこへ置いといて下さい。」
「だからそーゆーのは・・・」
「何ですか?」
「なんでもないでーす」
「あとドライヤーを出しておきますから、ちゃんと髪を乾かして下さいね。」
「はーい」
「タオルも出しておきます。」
「はーい」
「それじゃあ、困ったことがあれば呼んで下さい。ちゃんと温まって下さいね。」
「ん。ありがとね。」



暫しあってお風呂から上がって来た彼からは完全に湯気が上がっていた。普段よりも緩んだ表情は滑稽に思えるけれど、きちんと温まって来たのだと見て取れる。このままストーブを点けて暖かく保たれた部屋に居れば風邪を引くことはないだろう。


「お風呂どーもね。」
「いえいえ。」
「・・・、で、さ。今日みょうじさんの母さんと父さんは?」
「そうでした、今日紫原くんが普通にお店に来ていたら話しているはずだったんですけど。今日から5日間ほど北海道旅行に出掛けているんです。それで少しの間休業するんですよ。」
「じゃー、今、居ないの」
「はい」
「・・・ふーん、そう」
「そうだ、今日はどうかされたんですか?こんな時間にやって来るなんて珍しい、というか初めてでしょう。」
「練習終わった後にミーティングと先週の練習試合の反省会してたらすげー遅くなって」
「こんな時間まで・・・お疲れ様です。」
「さすがに今から行ったら迷惑だろうからやめようとしたんだけど・・・」
「けど?」
「・・・なんか、一目でもいいから会いたくてさ、来ちゃった。ごめんね。」
「・・・い、いえ・・・!迷惑なんかじゃ、ありません。ちょうど1人でしたし、その・・・」


わたしが理由に困って口ごもると、彼も同じように口を噤んでしまった。

彼は早起きをして朝練に出てから授業を経て、午後の部活でもフルに体を動かして、疲れ果てた後に長い話し合いにも参加をして。
酷い雨が降っているのに、傘も持っていなかったのに、会いたいと、わたしなんかに会いたいと思ってわざわざ来てくれた。

意味を噛み砕けば噛み砕くほど、嬉しいのに、彼にそんな気はないと分かっているのに、気恥ずかしくて堪らなくなってくる。

わたしも会いたかったんです。
実はあなたを初めて見掛けた日にもこんな酷い雨が降っていて、今日は紫原くんを思い出してしまって仕方がありませんでした。

わたしがそんなふうに彼に言葉を返せるような人間だったなら良かったのだろうか。


[back]

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -