fantasma | ナノ






All of a sudden, you seemed special.
(突然みょうじさんが特別に思えたんだ。)

I was way too conscious of my real feelings for you.
(みょうじさんへの想いを自覚しちゃったんだよ。)



俺とみょうじさんしか居ない温かな教室で、俺の発した拙い英文は沈黙に吸い込まれるようにして消えた。英文書のアウトラインに載っていた恋の英語例文集のものだ。

みょうじさんは勉強の出来る人だから、今の言葉も理解してしまったかもしれない。理解してしまったら理解してしまったで、それでも構わない。ずるいかもしれないが、俺は気持ちを伝えたのだ。

彼女は非常に驚いた顔をしていて。
まさか、本当に伝わってしまったのだろうか?怖くもあるが、期待もある。


「そ、そんな例文テスト範囲にありましたっけ・・・」


淡い期待は脆く崩れ去る。
彼女は頭こそ良いのだが、いかんせん真面目すぎるようだ。

しかし恋は盲目とは良く言ったもので、そんなところも可愛いと、好きだと思ってしまうのだから、恐ろしい。



ふたしかな出来事



「氷室さん!」
「あれ、みょうじさん、こんにちは。」


珍しく直帰をせずに学校に残っていた日のことだ。というのも新着図書の整理が理由であり、わたしのように好き好んで図書委員会に入っているような者と比べると他の図書委員の方はこういった急に舞い込んできた仕事などを煙たがる。

それに比べてわたしはというと新着図書と聞いて胸を踊らせて図書室へ向かったのだが、届いていたのは雑誌のみ。そういえば月に一度この学校には月刊の雑誌が揃って届く日があったのだった。女性ファッション誌や男性ファッション誌、ヘアカタログ、音楽雑誌、楽器やスポーツをやっている者向けの雑誌。全てが今月号のものだ。他の高校の事情は知らないが、こういった刷られたばかりの雑誌をも貸し出してくれるのは親切ことなのだろう。

肩を落としたまま仕事を終えて、図書委員会の担当教員の元へ報告へ行った帰りだ。
職員室の目の前でばったり練習着を身に纏う氷室さんに出くわした。

悪いことばかりが続くものではないんだなぁ。


「こんにちは。お久しぶりです。」
「少し久しぶりになるね。元気だったかな?」
「はい、勿論。氷室さんはいかがですか?」
「ああ、体の方は健康極まりないけどこの間のテストでは古典と日本史が赤点ギリギリで大変だったよ。恥ずかしい話だけど。」
「そうでしょうね・・・。むしろ赤点じゃなかったことがすごいくらいですから、何も恥ずかしいお話なんかじゃありませんよ。」
「ありがとう。そうだ、テストと言えばアツシの勉強を見てくれたんだってね?」
「あ、はい。」


わたしたちは何と無く歩き始めた。
しかしこちらは体育館の方向で、彼は出で立ちからして部活中なのだろうし、恐らく何かしらの用事があった後に部活に戻るところだったのだろう。
引き止めてしまって申し訳なかったなぁ、そう思いながら出たのはこの間のテストのお話だ。

紫原くんの勉強をわたしがお手伝いしたことは彼も知っているらしかった。


「驚いたよ。あのアツシがものすごい点数を取ってくるもんだからわけを聞いたらみょうじさんに教えて貰ったんだって自慢してきてさ。納得したよ。」
「教えるって、そんなに大層なことは何もしていないんです。紫原くんは一人でもくもくとやってくれてましたし、あれで結構理解力もありましたから本当はできるんだけど、やらないだけだったんだと思いますよ。」
「・・・でもきっとみょうじさんが隣に居てくれなかったら、アツシも頑張れなかったんじゃないかな?」
「そ、そうですかねぇ・・・。・・・でも、そうだったら、嬉しいです。」


そうこうしているうちに体育館に着いた。
中からはバスケ部が部活動に励む音が聞こえてくるものの、今日は公開練習日ではないようなのでちらりと覗くことも叶わないだろう。
今日も紫原くんは頑張っているだろうか。

わたしが視線を感じて氷室さんの方を見ると、氷室さんは何故か体育館のドアを見つめるわたしを見ていたらしい。


「ごめんね。そろそろ部活に戻らなきゃならないんだ。」
「い、いえ、練習頑張って下さい。」
「・・・・・・最後に、一つ聞いても良いかな?」
「は・・・はい・・・。何でしょう、か・・・」

「・・・みょうじさんはアツシのことが好きなのかな?」


不思議な感覚だった。
何だか何も音が聞こえなくなって、急に喉がからからに渇いたように思える。

氷室さんは何と言ったんだっけか。
わたしが紫原くんのことを好き?

今まで考えたこともないようなこと。瞬きをするのも忘れて、わたしは氷室さんを穴が空く程見つめていた。


「どうなのかな。」
「・・・っえ、えぇと、わたし・・・」
「うん」
「わ、わたしは、紫原くんを・・・」


「好きです!付き合って下さい、紫原くん。」


ふと、わたしと氷室さんの目が同時に点になった。
しかしわたしより先に我に返った氷室さんに言われて体育館のそばの水飲み場の陰に隠れて事を伺うと正に今、体育館裏で青春のラブストーリーが繰り広げられているところで。美人というよりは可愛らしい女の子が、紫原くんに想いを告げていたのだ。


「こ、こ、これって覗きです。良くありません。」
「大丈夫だよ。みょうじさんだって気になるだろう?」


そう言われてわたしは口ごもる。小声で成される会話はどうやら向こうには聞こえていないようだ。

確かに、どういうわけか気になってしょうがない。
もし紫原くんがあの子と付き合ったら。そう考えても別にわたしの心は痛くはならなかったのだけれど、もしあの子と付き合ってから、彼がお店に来ないようになってしまったら。
そう考えたら悲しい。非常に悲しい。


「えー?あー、無理かなー。」
「・・・・・・はい。理由を聞いても、構いませんか?」
「ええー」
「今は紫原くんに彼女は居ないって聞いてたし・・・」
「や、まぁ、いねーけど」
「・・・・・・・・・」
「そうそう、俺180センチ以下の女の子と付き合う気ねーからさー。」


ぽかんと、その子が呆気にとられる。わたしも氷室さんも同様だ。
180センチの女性、氷室さんほど身長のある女性となると、そうそう居ないにきまっている。
紫原くん眠たそうにごめんねーと女の子に言っていた。心がこもっていないにもほどがありすぎて女の子が気の毒に思えてくる。

女の子が走り去ってしまってからすぐに紫原くんも体育館へと戻って行った。
すぐ隣の氷室さんと目が合う。


「・・・・・・さっきの質問ですけど」
「・・・あぁ。」
「紫原くんのこと、わたし、多分好きとはちょっと違うように思います。」
「本当に?」
「・・・・・・っ、」


俯いたわたしの顔を覗き込んできた氷室さんの顔は何故だか見たくなくって、わたしは先程の女の子のようにあてもなく駆け出した。

だいぶ走って、息も切れてしまった頃に後ろを振り返ってみると、どうやら追っては来ていないらしい。よかった。
掃除がされているんだか、されていないんだか、汚らしい廊下の角にわたしはぺたりと座り込む。

好きとか、嫌いとか。そんなことはわたしは良くわからないのだ。わからないままで良いとも思うし、このままではいけないとも思う。
紫原くんに彼女が出来てもそれは彼の勝手だ。というよりは横から口を出す権利すらわたしにはない。であるのに紫原くんにはまたお店に来て欲しいと思うのだからきっとわたしは我儘だろう。


それでも、わたしに頭を撫でられて、顔を綻ばせる紫原くんの顔を思い出しては、胸が苦しくなるのだ。


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