fantasma | ナノ




静かながらも賑やかなお昼休みの時間の話だ。友人たちとお昼ご飯を食べ終えたわたしは外へ運動をしに行った彼女たちを見送り、教室で一人本を読んでいた。いつもならば彼女たちに着いて行ったのかもしれないが如何せんこの本は昨日発売されたばかりの新刊で、とにかく早く読んでしまいたいのである。

そうして静かなはずの教室であったのに、突然姦しい女子生徒の声が沸き上がった。




神様と夢にはさまれたこと



わたしはふと彼女たちの黄色い声を不自然に感じて顔を上げるが、なんてことはない、普段の教室の景色と変わらない。

「みょうじさん!」
「・・・氷室さん?」


突然の先輩という存在の来訪に女子生徒のみならず、男子生徒たちもざわついていた。たしかに先輩というものは下級生の教室という場所でいやに目立つものではあるが、ただやって来ただけでそうざわつく必要があるのだろうか。

わたしの席の側までやって来た氷室さんを目にして漸くこの間の邂逅は夢ではなかったのだなぁと実感した。こうしてまた会うことが出来て良かった。


「探したよ。あの時、名前だけじゃなくてクラスも聞いておくんだった。」
「そうですね。わたしもお伝えしておけばよかった。」
「それに知らなかったんだ。みょうじさんは一年生だったんだね。」
「それも、言っていませんでしたっけ・・・」
「あぁ。通りで二年生の教室に居ないわけだ。」
「それはお手間を取らせてしまってすみません。所で何か、ご用ですか?」
「あぁ、この間困ったことがあったらと言ってくれていただろう?少し、相談があってね。」


ここじゃ、ちょっとできない話なんだ。場所を変えてもいいかな?
勿論、とわたしが頷くと彼は教室のドアに向かって歩き始めた。クラスメイト達の好奇の目に晒されながらも彼の後に続いて歩いていると閑散とした中庭のベンチの前で彼は立ち止まる。
立ち話もなんだし、と二人でそこに腰掛けると氷室さんはわたしにこんなところで寒くはないかと聞いて来た。なんというジェントルマンか。
わたしが秋田人を舐めないでくださいと返すとまたくすくすと笑われた。


「まずはみょうじさん、ごめんね。」
「え?」
「話なんてないんだ。実は。」
「・・・えっ!」
「悪かったよ」
「いえ、別に構いませんけど。またどうしてこんなことを?」
「・・・みょうじさんと話している時がとても楽しかったから、また話したいと思っただけなんだ。」
「あの、わたしも、また会いたいと思っていたんです。気にしないで下さい。氷室さんのお話はどれもとても興味深くて、是非また何かお話してくれませんか?」


わたしの言葉に彼は安心したように笑って、彼にとっては世間話を、わたしにとっては未知の世界の話をぽつぽつと語り始めた。
毎週日曜日にはミサに出掛けていたこと、ミサで知り合った人々は例外なく親切だったこと、日本に帰るとなった時には教会に皆が集まってお別れパーティーを催してくれたのだそうだ。だからこそ氷室さんにとって教会というのは何だか特別に感じられる場所なのだと。こだわるのも無理はない。


「そして何より俺の人生の上で外せないのは」
「外せないのは?」
「バスケだ。」
「・・・バスケ?」


氷室さんの口からバスケ、という言葉が出た瞬間に思い浮かんだのは、紫原くんのこと。バスケットボールの神様。紫原くんにとっても、氷室さんにとっても非常に重要なものであるだなんて、なんだかんだわたしは苦手ながらもバスケットボールに縁があるのかもしれない。


「みょうじさん?・・・って、室ちん・・・?」
「あら、紫原くん?」
「アツシ?」


紫原くんのことが頭を過ったその瞬間に紫原くんの声が聞こえたものだから、わたしは一瞬幻聴かとも思ったがやはりそうではなかったようだ。声の聞こえた方を見てみると、酷く不機嫌そうな顔をした紫原くんがお菓子の入っているであろう袋を持って立っていた。
噂をしていたわけではないが、噂をすれば影、って本当にこれ程的を射ている諺もわたしは他に知らない。

ところで紫原くんと氷室さんが知り合い同士だったなど、全く世間は本当に狭い物だ。


「室ちん、みょうじさんに何してんの?」
「何をカリカリしてるんだ、アツシ。ただ話をしていただけじゃないか。」
「カリカリなんてしてねーよ。っつーか何で二人が知り合いなわけ?」
「ちょっとしたご縁があったんです。とは言っても、まだ会うのは二回目なんですけど。」
「俺だってアツシとみょうじさんが知り合いだなんて知らなかったさ。」
「そんなことを言ったらわたしだって紫原くんと氷室さんがお知り合いだったなんて知りませんでしたよ」

互いが互いの揚げ足を取るような会話にわたしと氷室さんは思わず吹き出したが、紫原くんは未だに不機嫌そうな様子である。一体なんだというのだろうか。
そこから氷室さんもバスケ部に所属していることや、二人はこの陽泉高校バスケットボール部のWエースとまで呼ばれていることを知った。バスケの神様のようなプレーをしていたエースの紫原くんと同じくエースの座に居るとなれば、恐らく氷室さんのバスケも神様のようなのだろう。

すごい。その事実に単純に感動したわたしは次の公開練習の日も、必ず見に行きます、と二人に固く約束をした。紫原くんはそこでようやく照れ臭そうに笑ってくれた。


「それで、アツシとみょうじさんはどういう知り合いなんだい?クラスも違うし、一見接点が全くないじゃないか。」
「えぇと、それはですねっもが、」
「みょうじさん言わないで。」


突然、大きな大きな手の平に口を塞がれた。それは紛れもなく紫原くんの手の平であり、彼の声色は再び不機嫌そうなものへと戻ってしまっている。
氷室さんは少し驚いたような様子だが、紫原くんの性格も既にそれなりに理解しているのだろう。それ以上聞き迫ってくるようなことはなかった。


「それは、俺たちの秘密なの。ね、みょうじさん」
「秘密というほどのことでもないような気がするのですが・・・」
「秘密ったら秘密!!」
「は、はい・・・」
「ほら、もー午後の授業始まるし。一年生のフロア戻ろ。じゃーね、室ちん。」
「あ、紫原くん、セーター伸びちゃいます、引っ張らないで・・・あ、氷室さん、またお話聞かせて下さいね。」
「あぁ、勿論。」


セーターから手を離し、手首を握り直される。紫原くんに強い強い力で引っ張られながらも振り向いて氷室さんに挨拶だけ告げると、彼は困ったように笑って手を振ってくれた。わたしも手を振り返す。

今日も沢山の素敵なお話を聞かせてもらったけれど、本当に一番聞きたかったのは彼にとってバスケットボールが一体どういうものであるのか、それだった。彼のバスケのお話を聞きたくはあったが、もう午後の授業が始まってしまうのも本当である。

次に会ったら開口一番に聞いてやるのだ。


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