Dream | ナノ

気がすむまで抱き締めて


※真田の家族やご先祖様なんかを色々捏造しています。
ほんのり幽霊も出たりホラー? な要素もあります。
大丈夫な方のみどうぞ





弦一郎と共に初めて訪れた真田家はとても温かいところだった。厳格な性格の彼に似ているのはお祖父様くらいで、弦一郎のお父さんもお母さんもみんな優しくて、怖くなかったし。今日は会えなかったけど、後日お兄さんとその奥さん、息子さんと会うことを楽しみにして居間を出た。


「はあ、緊張した」
「今日はありがとう。家族に紹介できてよかった」
「うん……私こそ何か色々ごちそうになっちゃって」
「母は料理が趣味だからな、歌に食べて欲しいとずっと浮かれていた」
「ふふっ、そうなんだ」


本当は夕飯前に帰ろうと思っていたのに、結局ごちそうになってしまった。弦一郎のお母さんの作るご飯はどれも美味しかったなあ。
なんて思い返しながら歩いていると、玄関の手前に襖があることに気づいた。


「ねえ弦一郎」
「うん、何だ?」
「こっちって何があるの?」
「!」


昼御飯が出来るまでの暇潰しにと、お祖父様に家を案内して貰った時には行かなかったはず。
何度か前を通った時には仕切りが置いてあったのを思い出した。それが今は無くなっているということは誰かが片付けたんだろうか。
私の質問になぜか困惑したように弦一郎は少し、間を置いてからゆっくり話始めた。


「……ここは仏間だ」
「仏間?」
「ああ。だが少し奇妙な部屋でな……。若い女性が入ると決まって変な声を聞くんだ」
「!」
「それで、お前に何かあっては大変だから案内はしなかった」
「そう、なんだ」


これだけ歴史のありそうなお屋敷だ。何かオカルトな部屋があってもおかしくないか。それより私に何かあっては嫌だと、心配してくれたんだ。
我ながら大事にされてるなあ、と頬が緩む。


ーーガタッ
「!」
「なに?」


突然聞こえた物音に身構える。私を後ろにするように前に出る辺り、さすが弦一郎だ。と、感心している場合じゃない。真田家の人々はまだ居間にいるはずだからここに誰かがいるはずはないんだけど……。


「……歌、誰か呼んできてくれ」
「え……でも」
「不審者なら俺が足止めする、だから早く」
「……わかった」


ただの気のせいならいいけど、本当に不審者がいたら弦一郎が危ないかもしれない。他所の家でマナー違反なのはわかっているけど、廊下を走って戻ろうとした。
その時だった。


「待ってくれ!」
「えっ?」


弦一郎によく似た声に呼び止められた気がした。足を止めて振り返ると、ちょうど弦一郎が襖を開こうと手を伸ばしている。
が、彼の手が触れる前に襖は勝手に開いて……。仏間から冷たい風が吹いて私の首筋を撫でたところで意識が途絶えた。







「……っ、歌!」
「!」
「気がついたか」
「……げ、んいちろう?」


名前を呼ぶ声と揺れる感覚で目を開くと心配そうに私のことを見ている弦一郎の顔が目の前にあった。
ゆっくり起き上がり辺りを見回すと、見覚えのない薄暗い和室だった。何があったのか思い返す。最後私は弦一郎の家の廊下にいて……。


「気がついたか」
「!」
「誰だ!」


それは意識を失う前に聞いた声だった。弦一郎と共に声のする方を向けばそこには弦一郎に似た男の人が立っている。ただ、服装が時代劇でよく見る古いもので、全体的に存在が薄い。いわゆる幽霊のようなものだと直感でわかった。


「ゆ、幽霊?」
「手荒な真似をしてすまない。私は真田矢二郎と申す」
「矢二郎……。確か、昔見た家系図にそんな名前があったな」
「ああ。私は君の先祖ということになる」
「それはわかりましたが、なぜこんなことをしたのですか?」


弦一郎は一応理解を示しながらもまだ警戒している。私を守るようにして矢二郎様の前に立ち上がった。
それでも矢二郎様は私のことをじーっと見つめてからふっとため息をついた。


「やはり似ている」
「は?」
「彼女が、私が想っていた方に似ているのだ」
「…………えっ」
「もう昔の話だ」


戸惑う私と弦一郎に、矢二郎様はそう前置きをして話を始めた。
矢二郎様は、元々この家と親交のある他家の次男だった。それが真田家に女子しか生まれなかったため婿入りを打診されたという。
でも当時、彼には相思相愛の相手がいた。その女性と将来を約束していたが親からの申し出を断ることは出来なかったという。


「勘当されてでも私は彼女を選ぼうとした。だけど彼女はそれを断ったんだ」
「なんで」
「勘当はする方もされる方も不幸にしかならないと。親不孝な方は嫌いだと言われた」
「……」
「彼女の言葉に動揺し、私は何も言わずにその場を去った。今思えば最後に謝罪と……感謝を伝えるべきだったと」


顔を歪ませる矢二郎様は本当に辛そうだった。昔は今と違って結婚する相手を自由に選べなかったということは知っていたけど……。
もしそういう時代だったら、私と弦一郎は身分が違うからって一緒になることは出来なかったかもしれない。そう思うと胸が痛くなる。


「それで……弦一郎、と言ったか。君に頼みがある」
「俺に? 何ですか」
「身体を貸して欲しい」
「……はあ?」
「そして、そこの彼女にも協力して欲しい」
「一体何をするんですか」
「あの時のことを再現したい。そうすれば私の無念も晴れる」
「!」


矢二郎様が弦一郎に頭を下げる。ちらりと弦一郎を見るとかなり戸惑っているように見えた。先祖の霊とはいえ身体を貸すことに抵抗があるのだろうか。
何が起こるかわからないし、当然だ。


「申し訳ないのですが、それは了承できません。彼女に何かあったら俺は……」
「!」


違う、弦一郎は自分の心配なんて全くしていない。私に何かあったら、それだけを心配してくれているんだ。胸が熱くなってくる。嬉しいのと改めて彼が好きだと強く思うのと同時に、彼のために出来ることをしたいと思えた。


「私はいいよ」
「本当か!」
「歌、お前何を言っているのか」
「わかってる。ご先祖様の供養のためだよ、弦一郎」
「……だが」
「私は大丈夫だから」


強がりながらもちょっと怖い。けど、それで矢二郎様が成仏すればこの仏間の異変も治まるんじゃないか。それはきっと真田家のためになる。これから先弦一郎と一緒にいるためにも、私は協力したいと思った。
その事を伝えると、弦一郎は渋々ながら了承してくれた。


「何かあったらすぐ逃げるんだぞ」
「ご先祖様を信じて、弦一郎」
「……ああ」
「では、身体を借りるぞ」


弦一郎の目がすっと閉じて、青白い光に包まれる。少しして、目を覚ました弦一郎は顔つきが違った。彼はそのままゆっくり近づいてきて私に向かって腕を伸ばす。
そのまま優しく抱き締められたんだけど、なぜか彼の身体はひんやりしていた。


「すまなかった、それと……今までありがとう」


ただ一言、それだけ言うと今度は弦一郎の身体が光始めた。目を開けていられないくらいの光に包まれて、目を瞑ったところでまたしても私の意識は途切れた。







目を覚ますと今度はふかふかのふとんに寝かされていた。ぼんやりとする頭のまま辺りを見回す。と、私の横に誰かが座っていた。見た記憶のある和服……確かさっき弦一郎のお母さんが着ていたはず。


「目が覚めた?」
「……あ、弦一郎の」
「色々と、大変なことに巻き込んじゃったみたいで。ごめんなさいね」
「……?」
「話は全部、弦一郎から聞いたわ」


優しい笑みを浮かべながら、弦一郎のお母さんは順を追って話をしてくれた。
私を送りに行った弦一郎が中々戻って来ないのを不審に思い、弦一郎のお父さんが探し始めたそうだ。外に出ようとしたら玄関に私たちの靴があり、家の中を探していたら、今度は仏間の襖が開いているのを見つけたらしい。
中を覗いたら、案の定。私と弦一郎が抱き合うようにして倒れていたそうだ。


「よく見たら二人とも眠っていただけだったから、弦一郎を叩き起こしてあなたをここまで運んだのよ」
「すみません……ご迷惑をおかけして」
「いいえ。迷惑をかけたのはこちらの先祖だから」
「……信じるんですか?」
「ええ。あなたはともかく弦一郎が嘘をつけるはずないもの」


自分の子どもを信頼している素敵なお母さんだと思った。と、控えめに障子が叩かれた。お母さんが返事をするとゆっくりと開いて、弦一郎が入ってくる。
私の姿を見て、ほっと胸を撫で下ろしたように見えた。


「身体はもう大丈夫か?」
「うん、問題ないよ」
「……そうか、よかった」
「さて、私は着替えを持ってくるわね」
「え、いえそんなお気遣いなく」
「もうすぐ日付が変わる時間だから今日は泊まっていきなさい。水野さんの家には弦一郎を通して連絡してありますから」


ゆっくり立ち上がった弦一郎のお母さんはそのまま部屋から出て行く。しんとする室内で何を話したらいいのか困っていると弦一郎が私の隣に膝をついた。
と思ったら、彼はそのまま土下座をする勢いで頭を下げた。


「ちょっと、弦一郎?」
「お前を危険な目に逢わせてすまなかった」
「や、そんなことない」
「ある。もし、あのまま矢二郎様がお前を連れて行ったらと思ったら」
「あ……ごめんね」


素直に謝れば弦一郎も頭を上げて、ばっちり目が合った。そのまま腕が伸びてきてぎゅうっと抱き締められる。さっきと違って、弦一郎の体温が伝わってきた。温かくて気持ちがいい。目を閉じて私もそっと彼を抱き締め返した。


「やっぱりあれは弦一郎じゃなかったんだね」
「何?」
「力の入れ方が違うみたい。……こっちの方が安心する」
「そうか」


少しだけきゅっと力を入れて抱き締められる。成仏した矢二郎様は向こうで本当の彼女に会えたんだろうか。もし会えたならさっきみたいに抱き締めて、ちゃんと伝えて欲しい。
きっと彼女も今の私と同じように、幸せな気持ちになれると思うから。

Title by OSG

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