Dream | ナノ

どこから嘘か


「私、仁王くんのこと結構好きだよ」


水野先輩から突然告白をされたのは高校に入って最初の梅雨時だった。
体育館で行われている雨メニューをサボって部室に隠れていた俺に、彼女は唐突にそんなことを言った。


「は、何じゃそら」
「何だろうね、告白?」
「ほなら返事はひとつ、お断り、じゃ」
「あらら残念」


とは言いつつあまり残念そうには見えなかった。何事もなかったように部室の掃除を再開させている。それが何か、気になって俺はついこんなことを言ってしまった。


「……もし、俺をペテンにかけるか俺のペテンを見破ったら付き合ってやってもいいがの」
「えっ?」
「どっちでもええぜよ。ま、先輩には無理かもしれんがの」
「何よそれー! そういうこと言われるとムカつく!」


彼女が負けず嫌いだからこのゲームに乗ってくることはわかりきっていた。
だからこれはちょっとした暇潰し。ペテンについて俺の右に出るもんはおらん。勝ちは決まったも同然だとその時は思っていた。







その日から彼女は俺をよく観察していた。
顔を会わせる度に「実は柳生くん!」とか言うてくるけどはずれ。
どうやらそれは他の部員にもしているようで、ある日の休憩中、柳生に苦言を呈された。


「仁王くん、あなた水野先輩に何を言ったんですか?」
「別に。ちょっとしたゲームを持ちかけただけぜよ」
「はあ……どうせ、俺のペテンを見破れ、とかいうゲームでしょう?」
「さすが相棒。よくわかっちょるな」
「……そりゃ、顔を会わせる度に仁王くんでしょ! と言われれば、ね」
「何?」


聞けば水野先輩は柳生やブン太、真田や幸村なんかにも顔を会わせる度に「仁王くんでしょ?」と言うらしい。
それに皆、呆れているという。ちらりとコートの外にいる彼女を見れば何も考えていなそうに雑草を抜いている。


「あの人、そんなアホなんか」
「さあ……。3年生の成績事情はあまり聞きませんが、それでも悪い方ではないらしいですよ」
「ほー」
「そういえばこの前、外部進学を目指しているとか言ってましたね」
「そうなんか?」


ここは中学から大学まで内部進学をする奴が大半だから、驚いた。
外部進学をする奴は立海大に専攻したい科目がないやつか、もっと上の大学を目指したいやつばかりだからだ。


「立海も大方の科目はあるんじゃがの」
「ええ。私も少し耳に入っただけですし。県内の大学、としか聞いていません」
「ほうか」


ふと、先程と同じく彼女を見ればばっちりと目が合った。その途端へらっと笑ってこちらに手を振ってくる。
振り返すのは何となく悔しくて、俺は彼女から目を逸らした。







夏が過ぎて、3年生が引退した後も水野先輩は度々テニスコートに現れた。
今日も休憩になったから部室に行けば、彼女が掃除をしている。


「あ、お疲れ様。やっと休憩?」
「……また来とったんか。真田に見つかったら怒られるぜよ」
「大丈夫だよ、真田くんは練習中絶対部室に来ないもん」
「ほんま、よお見とるの」
「これでもマネージャーだからね」


それだけの観察眼があるのに未だに俺のペテンを見破れない。一度、校内で柳生の姿になってすれ違ったがただ挨拶をして素通りした。


「そーいや、先輩は俺をペテンにはかけんのじゃな」
「えっ?」
「最初に言うたじゃろ? ペテンを見破るかかけるかって」
「うーん、かけるよりは見破る方が楽かなって思ってさ」
「何?」
「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるでしょ?」


へらっと笑った水野先輩の笑顔に力が抜ける。この人、本当にアホなんじゃないか。だいたい鉄砲も撃ち続けな当たらんのに、どうしてこの前は撃たんかったのか。


「……なあ、もう止めにせんか」
「えっ?」
「もう俺の勝ちでええじゃろ?」
「……そうだね」


まだ負けてないと食いついてくるかと思ったが、あっさり彼女は引き下がった。
何で、と聞こうと思った瞬間、遠くで真田の休憩を終える号令が聞こえる。
遅れればペナルティを受ける、それは避けたい。急いでロッカーからタオルを取り出してコートへ戻った。







ゲーム終了を告げた次の日から水野先輩はまったく部室に来なくなった。
校内ですれ違うこともなくなって、清々したはずなのになぜか胸がもやもやがとれない。


(……何で了承したんじゃろか)


負けず嫌いな彼女なら白黒つくまで続けると思っていたんだが。
そんな気持ちを引きずったまま、年をまたいで3学期になった頃、3年生が顔を出した。
大学受験の山場であるセンター試験が終わったと浮かれとる。


「おお仁王、久しぶりだな」
「はあ、どうも」
「何だ元気ないな。寒いのか? ん? 安心しろ、俺も寒いぞ!」


この暑苦しい先輩は現役にいるときから苦手だった。ポジティブでやかましい真田といえばわかるだろうか、そんな感じだ。
今も俺の肩を叩きながら大口開けて笑っている。


「そういえばお前、水野にペテン勝負で勝ったらしいじゃないか」
「え、まあ」
「すごいな、あの水野に勝つなんて」
「は? どういうことっすか?」
「ん、お前知らんのか。あいつ、頭脳は学年トップでやたらと観察眼が鋭くてな。どんな奴の嘘もすぐ見破るんだぞ?」
「……えっ」
「その癖自分のことは徹底的に隠すけどな。俺はさっきあいつが他県の大学に行くって聞いて驚いたもんだ」
「なっ!」


急に先輩の声が遠くなった。後ろから呼び止める声が聞こえる。気づけば走り出していた。
コートから飛び出してきた俺をすれ違う奴等が不思議そうに見ている。
校内に行こうとしたが、そこに水野先輩はいない気がした。
もし、いるとしたら……。


「水野先輩!」
「やっぱり来たね、そろそろかなって思ってたよ」


校舎に向けた足をすぐに戻して部室に向かえばやはり水野先輩はそこにいた。
いつもは俺が入ってくるとへらっと笑う彼女が今日は真面目な顔をして机に座っている。
遠くで真田の練習を再開する声が聞こえた。戻ったところでペナルティは確定だ。
だったら、ここでこの人と話をつけようと思った。


「戻らないの?」
「あんたに聞きたいことがある」
「……はあ。いいよ、答え合わせしようか」


目の前で足と腕を組んで座っているのはどう見ても俺が知っている水野先輩じゃなかった。
何か圧力を感じる。目もいつもはふにゃっとしているのに今はつり上がっているし、見られる度に胸がチクリと痛む気がした。


「あんた県内の大学に行くんじゃなかったんか」
「ええ、県内よ。正確には埼玉県内、ね」
「……それを柳生に聞こえるように話して、俺に情報が行くように仕向けたんか?」
「ええ。まさかあんなに早くあなたの耳に入るなんて思わなかったけどね」


ニコッと笑った顔はいつもと違った。この人の本性がどんどん暴かれていく。
俺があの半年間見てきた彼女は全部ペテンだったのか。


「あとね、あなた柳生くんに化けてたことあったでしょ? 夏を過ぎた頃に1回だけ」
「!」
「でもね、ゲームを終わらせたくなくて素通りしたの、ごめんね」
「何で……!」
「だって、私はゲームに勝つ気なんてさらさらなかったんだもん」
「……は?」


俺の腑抜けた声を聞いた彼女はふにゃっと笑った。急に彼女から威圧感が消えて俺の知っとる水野歌になる。


「負けず嫌いな私があれだけ固執した勝負の負けをあっさりと認めたら気になるでしょ?」
「……まあ、な」
「しかも私がそれきりあなたの目の前に現れなくなる。もやもやしているところで、私があなたに嘘をついていたことがわかれば」
「いてもたってもいられなくなる、ってか」
「ええ。まあ、勝負が終わった時点であなたが私への興味をなくしてたら諦めるつもりだったけどね」


立ち上がった先輩がゆっくり俺に近づいてくる。
身長的には俺が見下しているはずなのに、なぜか逆に感じた。
そっと俺の頬に彼女の手が伸びてきて、触れる。嫌だと振り払うこともできずにされるがまま、彼女の目を見ていることしかできない。


「ね、仁王くん、どうして今ここに来たの?」
「っつ……!」
「……私のこと、好き?」


満足そうに笑う彼女の笑みは嫌に妖艶に見えて、頬に熱が集まる。
これが水野歌の本性なのか。それともこの姿すらペテンなのか。
どちらなのか、暴きたい。本当の彼女を知りたいという欲が俺の中で生まれる。


「ああ、好きだよ」
「なら、お付き合いしてもらってもいいかな?」
「構わんぜよ」
「やった」


無邪気に喜ぶ水野先輩は安心しきっているように見える。
でも何となく、本当に確信は持てないのだけど、彼女は俺の思惑に気づいているようにも感じた。

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