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ずっとお礼を言いたかったんだ


彼の第一印象は『逆』だった。
最初に見かけたのは、私の家が営む花屋。うちで買い物をする人は大体駅の方から来て、店を出ると病院の方へ向かうのだが彼は逆だった。


「こんにちは」
「ああ幸村くん。また来たんだ」
「はい。あの、この前頼んだもの来てますか?」
「ええ、ちょっと待ってて」


彼こと幸村くんは今年の秋頃からよく買いに来てくれるお客さんだ。
いつもふらりと立ち寄っては花の種や球根を買っていく。うちはお見舞い用の切り花をメインに扱っているから彼の求めるものがあまりなくてほとんど注文という形になってしまうのに。


「えーっと全部で540円ね」
「はい」
「はい、じゃあお釣り」
「ありがとうございます。それとこの前の肥料また欲しいんですけど、ありますか?」
「ごめんなさい、あれは注文になるのよ。2週間くらい時間もらっちゃうけど」
「構いませんよ。この前と同じ量お願いします」
「わかったわ。来たら連絡することも出来るけど」
「大丈夫です。またそれくらいに来るんで。それじゃあまた」
「ええ。ありがとうございました」


笑顔で商品を受け取って店を出ていく幸村くん。やはり彼は駅の方へ歩いて行った。そのまま病院側に戻るなら自宅がそっちだと思えるんだけど……。


(ま、お客さんのことあんまり詮索するのよくないよね)


何か理由があるのかもしれないけど、それを私が知る権利はない。
ふうと一度ため息をついて気持ちを切り替える。
落ち着いた心で手入れをしないと、花に失礼だから。







数日後、閉店作業のついでに店の前を掃除していたら幸村くんが歩いていた。雰囲気が違うの制服姿じゃないのもあるけど


(何で今日はあっちから来たの?)


いつもは病院方向からくる彼が今日は駅の方向から歩いてきていた。やっぱり、家はあっち方向なんだ。じゃあ何でいつもは病院方向から来るんだろう。


(……って、今日のお見舞い時間ってもう終わってるよね?)


時計を見ればもう夜の7時を過ぎたところ。外来ももう終わりなのに何でだろう。
幸村くん自身が何か病気なんだろうか。そうは見えないけど……。


「歌ー、ちょっとこっち手伝ってちょうだい」
「あ、はーい」


奥からお母さんの呼ぶ声が聞こえた。掃除道具を店内に運んで、シャッターを閉めてからそちらに向かう。お母さんは裏で花に水やりをしていた。


「これ、明日の卒業式のお花なんだけど傷みがないか見ながら水やっといて」
「はーい」
「お母さん、精算するからしばらくこっち見れないけど大丈夫よね」
「うん」


軽く返事をしてお母さんからじょうろを受け取った。
卒業式の花道に鉢植えの花を飾るなんて、洒落たことする学校があるもんだな。卒業生の数注文してあるから式が終わったらそれを配るらしい。


「……卒業しても、この花を見るたびに学校生活を思い出せるようにってことかな」


時々花びらが虫食いみたいになっているものがあるから、そういうのは見つけ次第むしってしまう。
そういえば幸村くんは今いくつなんだろう。制服を着ているけどパッと見でどこの学校のかわかる程、私は詳しくはないし。


「……あれ、でもあの制服」


あの濃い目のグリーンはいつだったか見た記憶がある。
もう半年以上前。夏だったから上は白シャツだったけど……。


「こんばんは。水やりですか?」
「!」
「すみません、驚かせちゃいました?」


そこまで思い返した時、声をかけられた。びっくりしてそちらを見れば換気のために開けていたドアの向こう側に、幸村くんが立っている。
中に入るのは躊躇われるらしく、微妙な距離がある。


「大丈夫よ、こんばんは。明日、卒業式の学校があってその為の花なのよ」
「へえ……俺も明日卒業式ですよ」
「あらそうなの? おめでとう」
「ありがとうございます」


少し照れたように笑う幸村くんはいつもより幼く見えた。
卒業って……高校のだろうか。そうすると彼は4月から大学生か。


「4月からは大学生?」
「えっ」
「楽しめるといいね」
「……いえ、俺は今中学生なので4月からは高校です」
「えっ……?」


よく間違われるので気にしないでくださいと彼は言うが、いやいやそうじゃない。中学3年生にしては大人っぽくないか? あ、そういえば夏頃によく来ていた高校生の彼等も……ん? あれ……もしかして。


「あのさ、幸村くん」
「何ですか?」
「幸村くんってお友達も大人っぽい?」
「うーん……というより老け顔のやつはいますよ。あと、変わったやつが多いかな」
「変わった人?」
「はい。老け顔だったり、目をつぶっているやつだったり。あとは銀髪、赤髪、紳士っぽいのと色黒スキンヘッドのハーフ。あとは後輩だけど、ワカメみたいなうねうね髪のやつもいます」
「……あー、あの一団幸村くんの友達だったんだ」


彼の言う『変わったやつ』御一行は夏頃頻繁にうちの店に来ていた。
いつもお見舞い用の切り花を予算内にお任せされていたから印象に残っている。だいたい仕切っていたのは目をつぶっていた彼、隣で老け顔の彼が難しそうな顔で花を見ていたっけ。
それ以外のメンバーは外の商品を見たり、往来の邪魔にならないところで話をしたりしていた。
その事を話すと、幸村くんは苦笑いを浮かべた。


「目に浮かびます……何かご迷惑をおかけしてませんでしたか?」
「ううん全然。最初はみんなぞろぞろ入ってきて、びっくりしたけど次からはふたりだけ入ってくるようになったから」
「ならよかったです」


安堵の息をつく幸村くんに私もふふっと笑ってしまった。
でもその一団の中に幸村くんはいなかった。
ということはつまり……。


「彼等は入院していた俺のためにいつも花を買ってくれてたんですよ」
「!」
「一昨年の冬ごろから去年の夏まで入院していたんです。それで、手術を受けました。花を買ってきたのは手術後のお祝いででしたけど」
「そうだったんだ」


今でもまだ検査の必要があり、今日はその検査の日だったらしい。
じゃあやっぱりお家は駅の方なのか。検査の帰りにわざわざ寄ってくれていたんだな。


「……で、俺実はずっとお礼を言いたかったんです」
「お礼?」
「はい。俺のために花を選んでくれて、ありがとうございました」
「!」
「手術を受けた後、本当に元の生活に戻れるのか不安でした。ずっとリハビリを受けていたので……でも水野さんの選んでくれた花を見るとなぜか元気が出たんです。背中を押されている気がしました」
「そんな……私は何も」
「もちろん、周囲の助けも大きかった。でも……確かにあの花たちにも元気づけられたんです」


ペコリと頭を下げる幸村くんに私は戸惑ってしまった。
そんな大それたことをした記憶はないし、今までそんなことを言われたこともなかったから。


「今までそんなこと言われたことなかったから照れちゃうな」
「そうなんですか?」
「ここのお客さんって大体一期一会だから。お見舞いする人が退院したらそれ以降は来ないからね」
「ああ……なるほど」
「むしろ、こちらこそわざわざありがとう。これからも頑張ります」


返すようにお礼を言えば、幸村くんはとても綺麗に微笑んだ。
こんな風に人を元気付けられる仕事だとはまったく意識していなかった。言ってもらえて気づけることもあるんだなーと改めて思った。







幸村くんが帰り、仕事が終わった後に制服の色とデザインを元に彼の学校について調べてみた。


「あ……ここかな。立海大附属」


学校紹介のページに掲載されている制服は恐らく彼らが着ていたものと同じ。
そして住所を見て納得した。


「そっか、幸村くんバスで病院に来てたんだ」


確か、立海大附属の最寄り駅から病院を経由するバスの路線があったはず。あまり本数はないらしいけど、彼の生活スタイルには合っていたんだろう。
それで学校のある日は病院側から来ていたんだ。納得してパソコンの電源を落とした。

Title by OSG
『まあ…何ていうかお礼する用事があって』改題

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