Dream | ナノ

俺となら幸せになれるで


※ヒロインが先生とお付き合いしている。悲恋要素のあるお話です。大丈夫な方のみどうぞ。










下校時間の直前になっても身体が重くて動かなかった。先程あった出来事を思い返すだけで目が熱を帯びる。どうしてこんなことになったのか、と辛い気持ちが心を蝕む。


「……自分、何しとん?」
「!」
「って、何や水野やん」
「おし……たり」


声をかけられて顔を上げればそこにはクラスメイトの忍足がいた。私が泣いているのを見て、目を丸くする。
まあ普通驚くよね、サロンで泣いてるなんてただことじゃない。


「な、何泣いてんねん」
「別に忍足には関係ないでしょ?」
「あるわ。俺はお前の婚約者様やで?」
「……そうだったわね」


『婚約者』という言葉が私の心をさらに重くした。忍足とはクラスメイトなだけではなく、家族ぐるみで付き合いがある。私の父が製薬会社の社長、忍足の父親は医者でよくうちの薬を使ってくれているらしい。
その縁で、忍足と婚約すると聞いたのは昨日の夜のことだった。


「……花野と何かあったんか」
「!」
「その顔、図星やな」
「何で……誰にも言ってないのに」
「そんなん見てればわかるわ。自分、花野の授業ではめちゃくちゃええ子やん」
「……」


呆れたように言う忍足に返す言葉が見つからない。そんなにわかりやすくしていた自覚はない。花野先生との交際はバレれば迷惑がかかるから。学外で会ったこともなければ、学内でも人目のないところでを話をするくらいだった。


「花野に振られたんか?」
「……違う。私から振ったの」
「は? ほなら何で」
「さあね、引き留めて欲しかったのかも」


言いながら溢れた涙を拭い、ゆっくりと話を始める。
昨夜、父から話を聞いた私は先生に放課後会いたいと連絡をした。返事は今朝早くに来て、放課後いつもの準備室に行くと彼は優しく迎えてくれた。


「今日はどうしました? 急に会いたいなんて連絡をして」
「婚約の話が出ました」
「……えっ」
「私は……先生と一緒に逃げたいです」
「!」


私の言葉に驚いた先生の顔を見てすぐにわかった。この言葉はとても重たいものだということ。彼にはそんな気がないこと。
泣くのを堪えて、何とか笑みを浮かべる。泣いてすがったって困らせるだけだから。


「ごめんなさい、冗談です」
「あ……」
「そういう訳なので、別れてください」
「君が、それを望むなら」


私の言葉に先生は少し寂しげな顔をして頷いた。……だったら、引き留めてよ。そんな顔をしないでよ。そんな言葉をぐっと飲み込み、最後にお礼を言って準備室から出る。
でも、サロンの前の廊下についたところで涙が溢れてきてしまった。


「あの人も、君がそうしたいならってあっさり応じたよ」
「……」
「何だか色々な気持ちが溢れてきちゃってさ……もう、ダメかも」
「……」
「って、こんなことあなたに話すことじゃないね。ごめんなさい」


はあ、とため息をついて空を見つめる。こんな話を忍足にしたところで婚約破棄になるわけがない。
彼が自分の親の決めたことに口出しするとは思えないから。まあテニスについては色々と考えて口出ししたり、行動するみたいだけど。


「話は終わりか?」
「ええ」
「ほなら次、俺の話聞いてや」
「忍足の、話?」


小さく頷いた忍足は私の前の席に座った。腕を組みながらも背筋をピンと伸ばしている。その顔には呆れたような表情が浮かんでいて、私の言い分に何か不服があるのを感じた。


「俺な、好きな子がおんねん」
「えっ」
「でも付き合うとかそーいうんは無理や思ってた。そいつには彼氏がおったからな。しかも俺よりええ男やった」
「……跡部くんって彼女いたっけ?」
「跡部ちゃう。最後まで話聞きや」


忍足が自分よりいい男だなんて言うのはあの跡部景吾くらいかと思ったのだけど違うらしい。怒られたのでそれが誰かは詮索せずに話を聞くことにする。


「で、俺な、いっぺんその彼氏に聞いたんや。何であいつと付き合うてるんですかって」
「……」
「したら、最初は認めへんかった。認めると騒ぎになるからな。でもしつこく問い詰めたら最終的には認めて、理由を教えてくれたんや」
「……」
「彼女は年下だけど、頼りがいがあって支えてくれる。汚したくないくらい綺麗でって聞いてて歯がゆくなる話されたんや。それで納得いって諦めようとしたらな……」


ちらりとこちらを見ながら忍足は一旦話を区切った。黙って聞いていたけど、それも気に入らないのかな。なんて思ったのも束の間。彼の口からはとんでもない言葉が飛び出した。


「俺とその子との間に婚約話が持ち上がってん」
「……えっ」
「で、一度話さな思っとったら、彼氏と別れた言うてわんわん泣いとるんやもん。俺どないすればええと思う?」
「そ……んな」


まさか忍足が私に対して恋愛感情を抱いているなんてまったく気づかなかった。告白したも同然なのに、目の前の男は狼狽えることなくいつもと同じ顔をしている。
さすが、ポーカーフェイスファイターだなんて言われているだけある。


「な、何でそんな何でもないような顔しているの」
「何や? 顔真っ赤にした方がよかったん?」
「なっ」
「けど、お前はそんな初な男好きやないやろ? 花野はお前の告白に微笑みながら頷いたんとちゃう?」


告白してきたはずなのになぜ、私より余裕があるんだろう。それに何で花野先生に告白したときのことまで……まさか聞いたのかと思ったけどどうやら違うようだ。


「そういう男が好きなんやろなて思ってたからテキトーに言うたんやけど図星やったようやな」
「!」
「ま、お前の本心見抜けないで、君がそうしたいならって簡単に別れを告げる男より……」


机の上に組まれていた忍足の手が、私の手をとった。びっくりして固まる私をよそにとられた手は彼の口許に引き寄せられて……。


「俺にすればええんとちゃう? 俺となら幸せになれるで?」


そんな言葉と共に、チュッという軽い音。手の甲とはいえ花野先生にもされたことのない初めての口づけ。一気に熱が顔に集まった。
真っ赤になった私の顔を見た忍足は満足したのか立ち上がる。


「ほな、帰ろうか。もう遅いから家まで送ったるわ」
「……」
「どないしたん?」
「ねえ忍足」
「ん?」
「……何でもない。あと、送りは結構よ。車を呼ぶから」
「さよか。ほな、また明日な」


思いの外あっさりと引き下がった忍足の背を見送る。先程飲み込んだ言葉を心の中で呟いた。


(じゃあ幸せにしてよなんて、図々しいよね)


失恋の隙に漬け込まれているだけだ、と自分に言い聞かせて首を横に振る。最終下校時刻を知らせる鐘の音を聞きながら、私は傾いた心を何とか建て直そうとしていた。

Title by 確かに恋だった

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