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キスして欲しそうな顔、してたじゃねーか


私の通う私立氷帝学園中等部には超有名人がいる。
生徒会長で強豪テニス部の部長で、超お金持ちでイケメンでカリスマ性の塊の彼は跡部景吾という。全校生徒は皆、彼に跪き、崇め、奉っている。
そんな彼と私は同じ3年A組のクラスメイトだった。


「えー、では前から予告していた通り席替えをするからな。出席番号順にくじ引きに来い」


先生の号令で順番に前に行き、くじを引く。もちろん最初に引くのは件の彼だ。出席番号まで1番だなんて出来すぎていると思うんだけど。
それぞれ番号のかかれた席に荷物を持って移動する。新しい席は廊下側の一番後ろだったんだけど。


「え……」
「あーん? 隣はお前か。水野歌」


荷物を置いて座ったところで、隣にドカッと座ったのは跡部だった。周囲から羨ましいという目線を受ける。
困惑しながらも頷いて、よろしくといえば彼はなぜか私を睨んだ。


「な、何?」
「お前、俺様の隣だっていうのに嬉しくないのか?」
「いや別に。隣が誰でも勉強するのには変わらないし」
「ほう……」
「知ってると思うけど、私奨学生だから。成績下げらんないんだよね」


私はこの学校に奨学金を受けて入っている身だ。成績は今の上位30位をキープしないと打ち切られてしまう。
授業始めるぞ、と言われたのですぐに支度をして前を向けば跡部もふんと言って前を向いた。







その日は普通に終わって翌日。学校の自分の席を見た私はぎょっとした。
机の上に何やら大量のものが置いてある。跡部の隣になって、妬まれてゴミでも置かれているのかと思ったら違う。それはどれも綺麗に包まれた箱状のものだった。


「な……何コレ」
「よお、やっと来たのか。遅刻ギリギリじゃねーの」
「跡部」
「それは俺様からのプレゼントだ。ま、隣の席になった挨拶みたいなもんだ」


言われて一応ひとつ開けてみれば、それは私がちょっと前に欲しいと思った本だった。
他にも服や雑貨、参考書など。どれも友達との雑談で欲しいかもと言ったものばかり。


「これ、何で」
「お前の交遊関係くらいすぐにわかる。そいつ等にお前が欲しがっていたものを聞いたらすぐに教えてくれたぞ」
「……え」
「この俺様がわざわざお前のために調べて用意したんだ。ありがたく受けとれよ?」
「何それ気持ち悪い」


席についてどや顔する跡部、羨ましがる周囲の女子達も私の一言に固まってしまった。
やばいと思ったけど、もう後には戻れない。私は机に載っていたものを全て跡部の机へ載せていく。


「ごめんなさい、普通に気持ち悪いです……あと出来たらもう少し前に座りたいんで誰か変わってください」


可及的速やかにこの席を変えたくて、そんな嘘をついた。シーンと静まる教室に私の声への返事はない。
誰か、跡部のファンはこのクラスに多いはずなのに。と心の中で焦ってると突然跡部が高笑いを始めた。


「フハハハハハ! こんな屈辱は初めてだ。俺様に楯突くとはな」
「いや、楯突くとかじゃなくて」
「気に入った、必ずお前を落としてやる」
「……ええっと」


跡部がパチンと指を鳴らすと、どこから現れたのか執事服の男性数人が机の上の大量の荷物を運びだし始めた。
一方跡部は辺りをきょろきょろと見回し、窓際の1番前の列で事の成り行きを見ていた男子に近づいていく。


「おいお前、あいつと席交換してくれねーか」
「え、あ……俺は別に構わないけど」
「で、その隣は誰だ」
「わ、わたわわたくしです!」


落ち着けクラスメイト女子よ。いつも自分の席で静かに本を読んでいる彼女は教室の後方で友人とこちらを見ていたらしい。慌てて戻ってきた。
その彼女に跡部はさっきの男子よりは幾分か優しく話しかけている。


「すまないが、この席を譲ってくないか?」
「あ、あああとべ様のお願いならば喜んでっ!」
「ありがとう。さあ、移動するぞ水野」
「…………」


何も言えなくなる私に哀れみの目線を向ける男子。そして、跡部に羨望の眼差しを向ける女子。その中で跡部だけがやたらとキラキラしていた。







休み時間になるとうちのクラスの前には人だかりが出来た。『跡部様に楯突いた女子』なんてレッテルが貼られた私を一目見ようとクラス学年を越えてたくさんの見物人が押し寄せたのだ。


(何でこうなったの)


そんなこんなで私は休み時間をずっと自分の席で過ごした。見物人の波は放課後まで続いて、やっと途切れたのは放課後の各種活動が始まる前だった。
どうして、私はあの時跡部にあんなことを言ってしまったんだろう。後悔してもしきれない。


「あーん? まだ残ってたのか」
「……跡部」
「さっさと帰って勉強した方がいいんじゃねーのか? 明日テストだろう?」
「それが出来たら苦労しないわよ」


今日だって移動教室の間、ずっとひそひそ話と様々な視線を向けられた。
それが耐えられなくて人気がなくなるまでここで臥せっていたのだ。
まあ原因は私にあるんだけど。


「跡部は何でここにいるの? 部活は?」
「まだ教室の電気がついてたんで気になって戻って来たんだよ。そしたらまだお前がいたってわけだ」
「わざわざご苦労様。じゃあ、私ももう帰るわ」


はあ、と立ち上がり荷物をまとめていると跡部が近づいてきた。
そして、私の横に立つ。そこにいられると外に出れないから困るんだけど。


「何? 退いてよ」
「……お前、明日からしばらく休むつもりか?」
「!」
「まだ週が始まったばかりなのに、その荷物はねえだろう」
「……」


こんな状態じゃあ学校での勉強には差し障るから今週いっぱいくらい休もうと思ったのは事実だ。
噂が落ち着いた頃に戻って、席を変えて貰えばいいだろうなんて私の考えは跡部にはお見通しだったらしい。


「図星か」
「……変な噂に振り回されて、勉強に集中できないなんて……。成績落としたら奨学金切られるし……」
「ふんっ、そんなことかよ」
「そんなことって」
「言わせておけばいいだろう。が、半分くらいは俺の責任か」
「えっ……」


まさか責任なんて言葉が跡部から聞けるとは思わなかった。いや、よくよく考えれば常に責任ある立場にある彼だからこそ、出てくる言葉か。


「もし何かあれば俺に言え。何とかしてやる」
「!」
「何だ、その顔は」
「いや……自分で何とかしろって言われるかと思ったから」
「…………どれだけ俺への評価が低いんだ」


もっと周囲に厳しいやつなのかと思ったらそんなことなかったんだ。
ちょっと、ほんのちょっとだけ見直した。


「うん、まあ……ありがとう。どうしようもなくなったら頼るよ」
「……」
「跡部?」


お礼を言って顔を上げると、突然跡部の手が伸びてきた。それは私の腰を抱き寄せて、一気に密着する。
何が起こっているのかわからない間に、跡部の綺麗な顔が近づいてきて


「……っ……何すんじゃボケェ!!」


バシンという音が教室に響く。危うく跡部にキスされるところだった。
さっきちょっと見直したのに。やっぱり好きになれない。


「何って、キスして欲しそうな顔、してたじゃねーか」
「してないわよ! もう帰る!」


慌てて荷物を持って逃げるようにその場から離れる。
キスして欲しそうな顔ってなんだ。そんなん、跡部が勝手に思ったことだろう。
顔に集まる熱を感じながら急いで下駄箱を目指した。

Title by 確かに恋だった

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