ああ、どうしてこうなったのか。
まさか卒業旅行先の雪国で、好きな人に迫られるなんて思ってもいなかった。
目の前に広がる綺麗な顔に私はただ見惚れることしかできない。
「あの、白石。私やっぱり」
「拒否権はやらへん言うてるやろ?」
「でも」
「大丈夫やて。せやから、な?」
私の腕を掴んで壁に押し付けながら言う台詞じゃない。
だけど、白石はとても綺麗な顔で笑っている。
どうしてこうなったのか。原因はきっと、あの時、風呂上がりでの出来事。
その時の私に言ってやりたい、その格好で白石達と会ってはダメだ、と。
*
卒業旅行という名のスキー体験で雪国に来たというのに、宿泊先のホテルにつくとすぐに自由時間になった。校則から緩い四天宝寺ならではだと思う。
迎えてくれた女将さんが、このホテルの自慢は大浴場だと言っていたので、落ち着いたところで大浴場に向かった。
「お、白石と忍足だ」
「おう、水野もこれから風呂か」
「うん。どうだった?」
「男湯は結構広かったで。久々にくつろげたわ」
「へえー、健康オタク白石のお墨付きなら期待出来るね」
大浴場の方から歩いてきたのは白石と忍足だった。どうやら一足先に温泉を堪能してきたらしい。
風呂上がりで熱いのかふたりとも顔が熱っぽいんだけど。
(何か色っぽくない? 特に白石)
「ん? どないしてん?」
「ぅえ?」
「ボケーっとして。疲れとるん?」
「あ、いや……大丈夫だよ?」
「そか?」
「おーい、白石! 早よ行かんと卓球台使えんくなるで!」
遠くで忍足が必死に白石を呼んでいる。その声にハッとそちらを見ればさっきまでそこにいた忍足はもうかなり離れたところにいた。
返事をしながら彼は私に「ほな、ゆっくりして来いや」と言って早足で忍足の方へ行ってしまった。
(うーん、白石のこと好きすぎでしょ私)
改めてふたりの後ろ姿を見るとやっぱり白石からは色気を感じてしまう。
彼を好きになってもう2年。卒業までには自分の気持ちを伝えたいと思うが、勇気が出せずにいた。
*
温泉に浸かりながらも考えるのは白石のこと。
白石の進路先は知っているけど、どう考えても自分の学力では無理なところだった。大阪に帰ったら数日後には卒業式。もう残された時間は少ない。
そしてこれが最後のチャンスだと考えているのは私だけではないようだ。
「なあなあ、白石くんに告白するん?」
「え……。んー、せやなあ。卒業したらもう会えんくなるし」
「これが最後やもんな! 応援しとるで!」
他の女の子達も考えていることは一緒のようで、友人同士でそんな話をしているのもちらほら聞こえる。白石に告白しようと思っている子もいるようで、うかうかしていられない。白石が誰かにOKする前に言おうと決めてお風呂を上がったんだけど
「でもどのタイミングで言えばいいんだろ」
「お、また会うたな」
「え……って何だ忍足か」
「何だって何や。自分失礼やな」
声をかけられてパッと顔を上げればそこにいたのは忍足だけだった。
さっき一緒にいた白石とはもう別行動をしているらしい。その手には卓球ラケットやボールが入ったセットがあるからフロントに返しに行くんだろう。
「白石は?」
「卓球しとったら同じクラスの女子に呼ばれて行ってしもてな」
「それって」
「告白なんとちゃう? その後も頻繁に声かけられてその度中断になったからやってられなくてな」
「あー、そ、っか」
「……自分も告るん?」
「は!?」
急にされた質問に思わず忍足を見ると、きょとんとしていた。何で忍足は私が白石を好きだと知っているんだ。話したことなど一度もないのに。
「冗談なんやけど」
「……最悪」
「最悪て…………え、マジなん?」
「……告白しようかなって思ってる、けど」
もう自棄だ。隠したってあと数日後には卒業式で、それが終われば会うことも少なくなるんだから。
でも忍足から白石の今の状況を聞いて、心変わりが始まっていた。
「けど?」
「何か、そんな告白ラッシュな時にしても白石可哀想かなって」
「それはないやろ」
「え?」
「っ……えーと、他の女子ならあれやけど3年間一緒に頑張ったマネージャーのお前なら迷惑とかそういうんはないんちゃうかな?」
「そう、かな?」
「おお、せやで。ダメやったら俺んとこ来いや。慰めたるから」
ニカリと笑う忍足に背中を押されて、胸にあったもやもやが消えた。
忍足に白石の向かった先を聞いてからお礼を言って、私は彼の元へ向かった。
*
忍足が言うには白石は別館との連絡通路の方へ呼び出されてそちらに行ったそうだ。
その途中、同じ学校の子とすれ違った。さっき、お風呂で白石に告白しようと言っていた子だとすぐにわかった。
(さっきの子、泣いてた)
ふわふわのロングヘアーで色白の可愛いらしい女の子だったけど、その目には涙が浮かんでいた。
ああ、振られたんだってすぐにわかってしまう。そして次は私の番だろうななんて思ってしまう。
「はあ……。って、あれ、水野」
「!」
「こんなとこで何しとるん?」
「し、白石」
渡り廊下の前には小さなソファと自動販売機があって、白石は疲れた顔して座っている。
私の姿を見た彼はいきなりふっと息を吹き出した。
「て、何やねんそのかっこう」
「えっ?」
「何で浴衣やないんや」
はあ、となぜかがっかりした白石に言われて自分の姿を見てみる。
部屋には備え付けの浴衣があったけど、歩きにくいし着方がわからなかった。だからいつもの着なれたジャージを持ってきていたんだけど……白石は私の浴衣姿を見たかったの?
「だって浴衣って動きにくいし着方わかんないし」
「うーわー……かわええ浴衣姿期待してたんに」
「可愛いってそんなことないよ」
「ある。好きな子の浴衣姿なんやから可愛いに決まっとる」
「…………えっ?」
白石の口から出た言葉に私は呆然とした。今、好きな子って。少しして白石も自分の失言に気づいたのか一気に顔が赤くなる。
ジーッという自販機の音がやけに耳につく。お互い何も言えずに黙ったまま。どれくらい経ったのか、急に白石が口を開いた。
「女子につられたんかな」
「えっ?」
「さっきから好きっちゅー言葉ずっと聞いてたから、恥ずかしいもんやて気持ちが薄まってたんや」
「嫌みか」
「嫌みやない。事実や、さっき言うたことも含めてな」
「!」
「返事、聞いてもええ?」
私の顔を覗きこむ白石は耳まで真っ赤にしていた。
それがとても恥ずかしかったけど、嘘じゃないんだってわかったから。
「うん、私も好きだよ」
わかりやすくシンプルに同じ気持ちだと伝える。
と、白石は安心したように笑った。
嬉しくて、ちょっと泣きそうになっていたら急に彼は「けど」と、口を開いた。
「その前に仕切り直しさして欲しいわ」
「仕切り直し?」
一体何を仕切り直したいのか。白石は立ち上がり私に近づいてくる。そしてあっと言う間に私の両手を掴み、優しく壁際に追い詰めた。
「えっ」
「浴衣着た可愛い水野に告白したいから、着てきてくれへん?」
「!」
「拒否権はやらへんで? 着方わからなくて無理や言うならわかる人探して聞いたるから」
ゆっくり、白石の顔が近づいてくる。ちょっと恥ずかしい、なんてもんじゃない。ドキドキして何も考えられなくなる。でも浴衣なんて似合うのかな。
「あの、白石。やっぱり」
「拒否権はやらへん言うてるやろ?」
「でも」
「大丈夫やて、せやから、な?」
「……わかった」
頷く私を見た彼は嬉しそうに笑うと手を離してくれた。何か、ややこしいことになっちゃったな。
私が最初から浴衣を着てればこんなことにはってそれも違うかな。
近くを通りかかった仲居さんを呼び止めた白石を見ながらどうしてこうなった、とため息をついた。
*
浴衣の着付けを仲居さんに手伝ってもらいながらやって、白石の元に戻った。
相変わらず、渡り廊下隅に人はいなくて一気に緊張してくる。
「白石、お待たせ」
「お、やっぱ可愛えな、浴衣」
「……」
「ほな、ちゃんと仕切り直させてもらうわ」
一度ゴホンと咳払いをした白石はとても真剣な眼差しで私を見た。
「好きやで、水野。俺と付き合うてください」
無駄のない告白の言葉と共に差し出された左手。いつも巻いてる包帯がないのは見慣れていないから新鮮に感じる。
「黙ってないで何とか言いや」
「何とか」
「そーいう下らないギャグはええから。返事、聞かせてくれへん?」
「……私も好きだよ」
さっきと同じ言葉だったけど、白石は満足してくれたようだ。
これからもよろしく、と言いながら彼は私の手を取るとそのまま私を抱き寄せたのだった。
Title by 確かに恋だった