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決めた、今日から僕の彼女ね


今日は生徒会の朝の挨拶運動が実施される日だ。
生徒会で書記を務める私も、それに参加しなければならない。朝が早いから苦痛だというメンバーもいるが、私はそんなことない。
なぜなら、会長である手塚先輩を見れるから。


「おはようございます。……君、ボタンが取れかかっている。あとで直しておくように」
「は、はい。すいません」


そこで笑顔の1つでも見せればいいのに。手塚先輩は表情に乏しいのが欠点だ。ほら、さっき声をかけられた1年生の彼、顔色が悪くなってる。


「やあ、朝から精が出るね」
「不二先輩。おはようございます」
「おはよう、水野さん」


だからと言ってこの人のようにいつも笑顔なのも少し胡散臭い気がする。
不二先輩はいつも通り爽やかな笑顔で挨拶を返してきた。軽く服装をチェックするが問題ない。
このまま通り過ぎると思った先輩は校門の方を見て、ピタリと足を止めた。


「どうかしましたか?」
「見てご覧、水野さん」
「なんですか?」


不二先輩が小さく指差している先を見ると、そこには手塚先輩と……小柄な可愛らしい女の子がいた。
どうやら2人は知り合いのようで何か話をしている。女の子の方は頬を赤く染めているが手塚先輩は相変わらず無表情だ。


「あれは……?」
「1年の花野さん。うちの部のマネージャーで、よく手塚が構っている女の子だよ」
「へえ……」
「乾の見立てだと花野さんが手塚を好きなのは間違いないみたいだ」
「……手塚先輩も満更じゃなさそうですね」
「そうだね」


無表情なのはいつものことだけど少しだけ優しい感じがする。何となく彼女には心を開いているような。


「不二先輩、多分あれって」
「うん、恋だね」
「ああ、やっぱり」
「水野さん?」


はあとため息をついてから私は制服のポケットを探る。目当てのものはすぐに見つかった。それを開き手塚先輩の方に向ける。そして真ん中のボタンを押せば、カシャリと控えめにシャッター音が響いた。


「恋している手塚先輩……いいですね」
「そうだね、面白いよね」


携帯に表示されている今回の成果に満足する。隣を見ると不二先輩もどこから取り出したのかデジカメで同じものを撮っていた。
何度かシャッターを切るが手塚先輩も花野さんもこちらには気づいていない。


「全然気づきませんね」
「それだけ夢中なんだろう? お互い」
「あ、行っちゃった」
「結構いいのが撮れたから後で見せてあげるよ」
「じゃあ私のも見てください」
「わかった。じゃあ昼休みに精査しようか、ちょうど先週の練習試合のものもあるから」
「では、いつもの場所で」
「ああ、それじゃあ」


軽く手を振りながら別れる。不二先輩は手塚先輩とも二三言葉を交わしてから校門をくぐった。
私も本来の仕事に戻り、挨拶がてら制服指導を続けた。







お弁当を持って向かったのは視聴覚室。不二先輩と約束をしたいつもの場所だ。
ドアを開ければ既に不二先輩はいて、学校から借用したノートパソコンを開いてモニターに繋いでいる。


「やあ、来たね」
「お待たせしました」
「それじゃあ、始めようか。CTM……クールボーイ手塚国光を愛でる会を」


CTM、クールボーイ手塚国光を愛でる会とは名前の通り手塚先輩を愛でるファンクラブのようなものだ。発端は私が手塚先輩の写真を隠し撮りしているのを知った不二先輩の一言。


「よければ力になるよ。僕もいくつか手塚のベストショットがあるし、アルバム製作委員だから学校のカメラマンが撮ったものも入手出来るから」


それならばとCTMを結成した私と不二先輩。それをどこから聞き付けたのか校内にも会員は増えてざっと100人はいるだろう。
CTMになった生徒達でメーリングリストを作って私や不二先輩が撮ったベストショットを『今日の手塚国光』として流している。


「よし、今週分の写真を選ぼうか」
「はい」
「じゃあまずは僕から」


視聴覚室前半分の照明を落とす。モニターにはユニフォーム姿でコートに向かう手塚先輩が映し出された。
その顔はいつもの無表情ではなく、静かに闘志を燃やしている闘将。これから試合が始まるところを撮影したのは一目瞭然だった。


「これは先週の練習試合。久々に手塚が出るっていうから撮ったんだ」
「凛々しくていいですね」
「あとこっちはチェンジコート中」
「疲労がにじみ出ている感じですね。苦戦したのでしょうか?」
「ああ。相手が結構強い奴だったからね。それでこれが試合終了した時」
「勝ったんですね。やや頬が緩んでいます」
「……君、本当に手塚が好きだね」
「不二先輩に言われたくありません」


以前不二先輩は手塚先輩の病院帰りを待ち伏せしたことがあるらしい。
私はそこまでストーカー染みたことまでしない。ただ見かけた手塚先輩がいつもと違った顔をしていたら面白いだけだ。


「これから手塚と花野さんが付き合ったりしたらもっと違う手塚が見れるだろうね」
「ええ、楽しみです」
「……本当にそう思ってる?」
「え?」
「悔しかったりしないの? 失恋だろ?」


いつもは細めている目を開いてこちらを見ている不二先輩は真剣そのものだった。
そうか、不二先輩は私が手塚先輩を恋愛対象として見ていると思っているのか。
この際だからはっきり言おう。


「私は手塚先輩のこと恋愛対象には見てませんよ」
「え、そうなの?」
「はい。何と言えばいいのか……ああ、あれです。動物園に行ってうさぎとか見て可愛いって言ってるのと似た感覚です」
「ぶはっ……」


吹き出した不二先輩はそのまま笑い始めた。そんなに面白いことを言ったつもりはないのだけど。
しばらくして笑いの治まった先輩はいつもの微笑みを浮かべていた。


「はあ……水野さんは相変わらず面白いね」
「そうですか?」
「うん……よし、決めた、今日から僕の彼女ね」
「…………は?」
「何て、僕が決めることじゃないけど」


不二先輩の一言に私は言葉を失った。一方彼は相変わらずニコニコとしていて、自分が間違ったことを言ったなんて思っていないみたい。
先輩はさらに続ける。


「僕がCTMをやろうって言ったのも君が手塚を好きなら協力しようと思ったからなんだ。あわよくば君とお近づきになれればとも思っていたしね」
「そんな、急に言われても」
「わかってるよ、でもひとつ言わせて欲しい」
「何ですか?」


また目を開いて真剣な眼差しでこちらを見る。
柄にもなくドキドキしている私に対して彼は口を開いた。


「もし僕と付き合った暁には手塚と花野さんを遊びに誘ってグループデートをするつもりだよ。もちろん途中で手塚と花野さんを2人きりにして」
「よろしくお願いします」


手塚先輩とグループデートとかもう最高のシチュエーションじゃないか。そんなチャンス、逃せない。
私は反射的に頭を下げて手を差し出していた。

Title by 確かに恋だった

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