番外編 | ナノ





七夕。
日本人なら知っているであろうというその行事はこの室町時代の忍術学園でもそれとなく行われている。
食堂前の廊下にはほどほどに大きな笹があり、ご丁寧に小さな机やら綺麗に切りそろえられた紙やら筆やら紐やらが設置されていて誰でも願い事を笹につるすことができる。さらに時代からなのか分からないがこのお願い事行事、学園のほとんどの人間がやっているようだ。すさんだ未来の若者とは違い、純粋に願いを紙に籠め、そして努力をするその心の美しさ。日本の風習。願いをするのではない、行事を楽しむことが日本人の美しさである。まったくもって良きことかな。

適当なことを考えながら俺は机に並べられた六色の紙のうち右から二番目にある淡い群青の和紙を手に取った。うっすらとだが和紙はそれぞれの学年色になっている。まだあっちでの子供の頃の、鮮やかな色合いでつるつるした紙の感触がなんとなく懐かしくなった。

はて、何を書こうか。
願い事はいっぱいあるのにいざ書こうとなると特に書こうとも思わない物しか思い浮かばずという七夕あるあるに見事に嵌った俺はううむと呻った。ぼっちじゃなくなりますように、友達ができますように、脱ぼっち、会話、挨拶のできる知り合い、すべてが切実な願いだがこんなこと書いたら後でたまたま俺の短冊が目に付いた人が切ない気持ちになったりするかもしれない。そして色々俺に気を使う破目になるかもしれない。ぼっちじゃなくなるのは嬉しいが、人様に迷惑を掛けることになるというのは流石の俺も気が引ける。大変申し訳なくなってくる。

とりあえずぼっち関連の願い事は控えようと思いつつ、もしかしたらここでずっと迷っていたら誰かがやってくるんじゃね?という狡賢い考えを頭の隅っこで燻らせながら俺は顎に手を置いた。誰か来たら願い事決めた?とか訊く絶対訊く。

どうしよう、人来い、どうしよう、人来い、どうしよう、どなたか僕と喋ってください。

段々願い事なんてどうでもよくなってきた気がしたが、俺はそのまま周りをちらちら気にしながら机の前で立ち止まり続けた。人は来なかった。……来なかった。
来なかった…来なかったなあ…はあ。

ため息を急いで吸い込む。幸が薄いことに定評のある俺だからこそ少しでもため息で幸せを減らしてはならない。


和紙に文字を書き、俺はあまり目立ち過ぎずかといって他の人の短冊がないわけでもない適当なところに括り付けた。こういうところで性格が出るなあとてっぺんに吊り下がっている尾浜君の短冊を見ながら思う。「団子食べたい!」と無邪気さ全開のそのお願い内容は彼が人に好かれるということを表している気がする。ぼっちは嫌だということを八つ橋やらなんやらに包んで調理をし更にしっかり盛り付けたような当たり障りのないことを書いた俺とは違うね。世の中の皆さん、認めたくないけどこれが人気者とぼっちの差です。

卑屈になっている俺が部屋に戻ろうと決めて廊下の角を曲がったとき目にしたのは短冊の前で文字を書いているろ組の不破君の姿だった。


…………

もうちょっとだけ待ってれば良かった。


ちくしょおおおと心の中で叫びながら俺は長屋までの廊下を駆け出した。




願いを短冊に@





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