始まり
さてこの現代。空には飛行機だのヘリコプターだの飛び交って、地上には自動車やら電車やらが駆け回る時代である。人々は笑ったり、笑ったと思ったら怒ったり、怒ったと思ったら泣いたり、笑ったふりして憎んだり、泣いたふりして確信犯だったりととりあえず複雑に生きていたり死んでいったりしている。 まあ死んでいったりとしても人間と言うものはどうもずんずん生まれ増えていっているものだし、逆に言えば生まれていても人間と言うものはずんずん死んでいくものである。よって私が人生を捨ててでも問題視する物は何も無いということでいいと思う。
さてこの現代において最も辛いことの一つ組み込まれるのではないかというものにラッシュ時の電車というものがある。 あの揉まれながら必死に息をする努力をしたり、やっと会社に着いたと思ったら既にその時点で全力で帰って逃げ出したい程疲れさせるテクを持っているあいつが私はもう本当に大嫌いである。 こればっかりは私も国中の人間が問題視するべきだと切に思う。
今日もホームには、また私はいつもどおり人という人に揉まれ、会社に行ったら行ったで上司の小言を聞き続けるのか、と思いながら死んだような眼で電車を待っている人間がいる。言うまでも無く私である。
そんな私の後ろにはいつもどおり、毎日私と同じの電車に乗る高校生と思わしき制服を着た女の子がいる。彼女は小柄で結構可愛い外見をしているが、何故かいつも暗い顔をしていた。 まあ、思春期の女の子が学校に行くのはめんどくさい、と思うのはよくあることだと思うし、大体このラッシュ時の電車に乗るのがいやだというのならそこは私も120%同意なので私は別段気にすることは無かった。例え気になったとしても声を掛けるなんてことはしないが。
しかし、今日は特別彼女の様子がおかしかった。 いつもより数倍暗い顔をして、ただひたすらブツブツと呟いているのである。
なんだなんだ思春期の悩みか、厨二病か、と思い、その呟きをよくよく聞いてみると彼女はしきりに同じことを言っていた。
「……たい、…したい、トリップしたい、トリップしたいトリップしたいトリップトリップトリップ!神様!!」
聞いているうちにどんどん声が大きくなっていたが周りがうるさいこのホーム。そこまで目立つことなんてなかった。聞こえていたのは本人と私くらいであろう。
それにしても、はて、トリップ。彼女は旅に出たいということであろうか。生憎わたしはこの国を飛び出したいという気持ちが無いので彼女には共感はできなかったが、そこまで旅に出たいなんてよほどこの国が嫌なのか、彼氏でも他国に飛び立ってしまったのだろうかと適当に私が思いをめぐらせているうちに、悪魔とも呼べるであろういつもの電車がやってきた。
黄色い線の内側にいる私が電車が来ちゃったよこんちくしょう、と思った矢先のことであった。
ぼんっと後ろから女の子が飛び出した。
電車が近付く。
私は体制を崩す。幸い倒れることはない程度だった。
しかし彼女は私の荷物を持っていない方の手を、言ってしまえば私の左手を、つかんだのである。
そして、
電車の悲鳴と、誰かの悲鳴と、ざわめく人々の声を聞きながら、わたしは、
彼女とホームから飛び出したのだ。
「え、」
現状が理解できなかったが、既に私達の隣りには電車が迫ってきていた。
地面に着く前に私と、彼女は、吹っ飛んだ。
最後、彼女が笑いながら、神様!と呟いたような、そんな気がした。
激痛が走ったような気もする。でも走っていないかもしれない。もうなにも分からなかった。
記憶は、ない。
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