「ふえっくし!」
「あーあー大丈夫か?名前。」
ハチくんがちり紙を手渡す。
「ありがとハチく、ふあっくしょ!」
「もう一旦きなこ手放せよ…」
とある休日、私は小さい時からの付き合いである竹谷八左ヱ門くん、通称ハチくんの家を訪れていた。
先ほどからうるさい私のくしゃみは、風邪をひいているのではなくて宙を舞っているこの毛。ハチくんの家で飼っている犬のきなこちゃんから飛んでいる薄茶色のこの毛が私の鼻をくすぐるからである。
「この時期は毛が生え変わってるからなあ。あんまり長時間抱っこしてるとくしゃみ止まらなくなるぞ。」
「はっくしぇい!」
「もう止まらなくなってるな…」
ハチくんには呆れられているがきなこちゃんを抱っこするのは久々だから、私は膝の上にきなこちゃんを乗せ続けた。きなこちゃんは大人しい子で、全く抵抗しないから余計に私はきなこちゃんを抱きしめる。
そんな私を呆れ顔で見つめるハチくんはそんなに会いたかったのな、と言った。私はそれにうん、と返す。
「きなこちゃんはもふもふのほふほふだねえ。へっくし!」
「あー、もう。名前ちょっときなこ貸せ。ブラシかけるから。」
「えっ、私やりたい!」
「だめ。名前は鼻かんでなさい。」
そう言ってハチくんは再度私にちり紙を渡した。私はうー、と唸りつつもちり紙を受け取って鼻をかむ。こういうお母さんみたいなところはやっぱり世話焼きなハチくんらしい。
鼻をかみ終わった私は「うっわよく抜けるなあ、暑いもんなあ。」ときなこちゃんに話しかけるハチくんの後ろにくっついた。膝立ちでハチくんの肩から頭をのぞかせて、きなこちゃんからたっぷり毛が抜け落ちるところを眺める。
「こら名前。鼻かんだ意味なくなるだろ。離れた離れた。」
「ええ、じゃあ何してればいいの?」
「鼻かむ。」
「もうかんじゃったよ。」
「もっとかむ。」
「これ以上かむと鼻血でちゃうよ!」
ハチくんがきなこちゃんを渡す気配も、私がまた鼻をかむ気もなく、仕方ないのでハチくんと背中を合わせて色々話すことにした。背中から感じる体温の高いハチくんの温度に安心しながら私とハチくんは取り留めのないことを話し合う。町のこととか、ハチくんの忍術学園での話とか。話していくうちに、私は少し寂しい気持ちになった。ハチくんが忍術学園に通ってからもう五年。少しずつ、お互い会う機会が減っている。
「名前?」
「あ、ごめんハチくん、聞いてなかったや。」
「いや別にいいけど。でもどうした?」
「んー、ハチくんが忍術学園に行って、もう五年もたったんだなあって。」
早いような、長かったような気がするなあ、と私は漏らした。ハチくんがいないとどうなるって訳ではないけど、ハチくんがいると私は安心できる気がするのだ。動物が昔から好きで、きなこちゃんだって山に捨てられていたのをハチくんが拾ってきたんだっけ。
私がハチくんとの思い出に浸っていると、背中を預けていたハチくんがくるっと体勢を変えた。
慌てて体勢を立て直そうとしたが、後ろのハチくんが私を後ろから受け止めてくれたのでその必要はなかった。いきなり後ろからすっぽり包まれて吃驚している私の視界にもっふり現れたのはきなこちゃんで、彼女は私の顔をぺろりと舐めた。
「わわっきなこちゃんくすぐったいよ。」
「ほい、ブラッシング終わりー。お待ちかねのきなこちゃんです。」
「わーい。いよっ!待ってました!」
ブラシをかけて少しさっぱりした気がするきなこちゃんを膝に、私は上を見上げる。ハチくんと目があった。
「ハチくーん。」
「なんですかー。」
「またきなこちゃんに会いに来ていいですかー?」
「どうぞー。」
「あ、ちがうや。」
「?」
ハチくんが不思議そうな顔をする。
「あのね、ハチくんに会いに来ていいですか?」
私の言葉にハチくんは目を丸めて、そしてにかっと昔から全く変わらない笑顔で笑った。
「おうっ!」
ハチくんが笑って、私も笑って、そんな幼馴染の私たちはきっとこの町一番の仲良しである。
ハチくんと!