一万(二万)御礼文! | ナノ
今日は祝日。祝日には我が豆腐屋に一人、店員が増える。


「名前ー昇太郎くんきてるよー。」
「はーい、ちょっと待ってー!」

とりあえず大きな声で待ってもらうように返事をした。私は近所の昇太郎くんというという、常連さんのうちの子である彼となるべく顔を合わせるようにしているのだが、今は丁度木綿豆腐を切っているところで移動することができない。急がなきゃと焦っている中、一人の人物が私に声を掛けた。

「名前、切るの俺変わるから、表行ってきなよ。」
「あ、分かった。ありがとう兵助くん。」

艶のある黒髪の美形、兵助くんにお礼を言って私は急いで店の表に向かう。
私を見つけた昇太郎くんが「あ、名前ねえちゃん!」と声を上げるのが見えた。




***



「兵助くんさっきはありがとう。助かったよ。」
「どういたしまして。名前はお客さんに慕われてるからな。」
「へへ、そうかなあ。」

照れた笑いを返す。先ほど木綿切りを変わってくれたこの素晴らしくお顔の整った美人さんは兵助くんといって、私の幼馴染である。彼は祝日になるとうちのお店の手伝いをしてくれて、店の娘としてはとしては大変頼りにしていたりする。
お客さんも一段落してきた今、私たちは試食スペースで一緒にお茶を飲みながら談笑していた。

「でもやっぱり、祝日は女性のお客さんが増えるなあ。」
「?そうなのか。」
「兵助くんは分かってないね。」

そう言ってふふ、と笑みを零すと、兵助くんはどういうことか分からないといった顔をした。
祝日は格好いい兵助くんを目当てに、多くの女性客がいらっしゃるし、実際兵助くんが可愛い女の子に迫られることも少なくない。しかし迫られた本人の兵助くんは女心というものをさっぱり分かっていないようで、女の子の気持ちやらなんやら含めすべてを無意識のうちに潰してしまうばかり。その鈍感っぷりは見ているこっちがはらはらしてしまうくらいのものである。忍術学園でもかなりの成績をとっているという(伊助くん情報)兵助くんだが、こういうことにはとことん弱い。
ちょっと前に兵助くんは成績抜群なのだと私に教えてくれた伊助くんの顔が頭に浮かんだので、私はこの場にいない伊助くんのことについて彼に訊いてみる。

「そういえば、伊助くんは元気にしてる?」
「ああ、補習で名前に会えないーって寂しそうにしてたよ。」
「そっかー、私も伊助くんに会いたいなあ。もういっそ行っちゃおうかな。忍術学園。」

私がそう言ったとたん、兵助くんは真剣な顔になって少しのあいだ悩み、そして一言「ダメ。」と言った。

「学園とはいえ、危ないこともあるかもしれないから。駄目。」
「そうかあ…うーん伊助くんに会いたいなあ。」
「また来るよ。俺も伊助には勉強とか教えてやってるし。…まあ組単位での補習となると俺にはどうもできないけど。」

そっかと返したものの、思わず私はため息をこぼした。
ちっちゃい時から私と兵助くんは一緒にいた。一緒に豆腐を食べたり作ったり、自分で言うのも何だが私たちは本当に仲が良かった。途中から伊助くんが私たちの中に加わって、私たちはよく三人で遊んだりお店を手伝ったり手伝ってもらったりとしていたわけだが、いつのまに二人は忍術学園に通うようになっていた。兵助くんはお家の筋で、伊助くんは兵助くんの後を追いかけるように。

「伊助も名前のこと心配なんだよ。ほら、名前は昔悪い奴に捕まえられたことあったろ?」

兵助くんが昔のことを口にした。
確かに私は昔、町で盗みを働いた人に人質みたいな形で連れられたことがある。あの時は兵助くんのお父さんのおかげでなんとか助かったものの、私にとっては今思い出しても体が震えるくらい怖い出来事であった。

「だからさ、また何かあったとき、助けたいと思ったんだよ。俺もだけど。」
「そ、そうなの、かあ。」

いつだって直球な彼の言葉に私は未だ慣れていない。おそらくこの先も慣れることはない気がする。

「じゃあ私がくのいちになれば良かったね。」

照れ隠しに私がそう言って笑うと兵助くんはむっと顔をしかめて「名前も分かってない。」と言った。

「ど、どういうこと?」
「あのなあ、守りたいんだよ。名前のこと。俺、名前のこと好きだし。」

兵助くんがその端正な顔の眉間に少ししわを寄せて言った。そんなことより、あれ、今私すごいこと聞いちゃった気がする。好きって、私を?

「…本当は、伊助も学園には入れたくなかったけど。危ないから。」
「あ、そういうこと、だよ、ね。」

ああ吃驚した、と私は呟く。なんだ、兵助くんがそういうことを言う人じゃないってわかっているつもりなのに、私はいつもまっすぐな彼の言葉に振り回されてしまう。兵助くんはいつだって私たちのことを考えてくれる優しい人なのだ。ちょっと感情に鈍感なところがあるけれど。
赤くなっているであろう顔をぱたぱたと手で仰いでいる私を不思議そうな顔で見る彼は、自分の格好良さをしっかり自覚する必要があると思った。どこかの女の人に誤解を招いていないか少し心配になる。

「兵助くんはやっぱり分かってないねえ。」

ぽそりと言った私の言葉に、兵助くんはまた首を傾げるばかりで、こんなんじゃあ先が思いやられるな、と私はお母さんみたいに思った。
私は兵助くんは鈍感だなあと言って、兵助くんは私が鈍感だと言って、私たちはまた新しい話題に移っていった。
蒸し暑い今日この頃、ふと爽やかな風が店内を吹き抜ける。
いつまで続くのか分からないけれど、とりあえずまだしばらくは兵助くんと一緒にいたいな、と私は窓から覗く青い青い空にこっそりお願いしてみた。







兵助くんと!


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