一万(二万)御礼文! | ナノ
「はっはっ、はあ、」
「うう、降らないと思ったのに。大丈夫ですか名前さん。」
「はっ、はい。」

ざあざあと突然に降り始めた大雨から逃げて、私と伊作さんは大きな木の下に急いで入り込んだ。
周りに雨をしのげる場所が何もなかった場所で立ち話をしていたものだから、短距離であるがここまで全力疾走をしてきて、体力不足の私は息が切れていた。ぜえぜえと肩で息をしていた私に、伊作さんがすみませんいきなり走ってしまって、と言ってくれたがこれはどう考えても私の運動不足が悪い。
とりあえず彼に大丈夫です、と返したが、それにしても伊作さんは足が速かった。薬関係に詳しくて足も速く、更にイケメンという三大要素が詰まった伊作さんはどこにいってもモテるのではないのだろうか。

「伊作さんってモテますよねえ。」
「えっ、ど、どうしたんですか名前さん、いきなり。」

思わずぽろりとこぼれてしまった言葉に伊作さんは驚いたようで、目を丸くしながら私の方を見つめた。正直ぽろりとこぼした本人である私も想定外で吃驚していた。慌てて彼に訂正をする。

「あ、あの、足も速かったものだから、つい。すみません藪から棒に!」
「い、いえ、僕としてはそんなに速くないと思うけどなあ。」
「え?そうですか?すごく素早かったですよ。」
「ううむ、僕の周り、足が速い人多いんですよ。」

そう言って伊作さんが苦笑いして、言葉を付け足す。

「それに僕、この通り不運ですから。そんなに女性に好かれることないと思いますよ。」

彼の言葉を聞きつつも、私はこんなに物腰の柔らかい人が女の人に言い寄られないわけがないと思った。だってイケメンである。ちーちゃんがいたら絶対「眼福だわ!」って言ってると思う。
私がそう考えていると、伊作さんは更に言葉を続けた。

「すみません、名前さんも僕が呼び止めなければ濡れなかったかもしれないのに。」
「え!そんなことありませんよ!」
「でも、ここ人通りがあまりないし、名前さん、お使い帰りでしたよね?引き留めてしまって…」
「伊作さん、私全然急いでないので、大丈夫ですよ。」

ネガティブになってきた伊作さんの言葉を遮って必死に宥める。本当にそんなことないのになあ。私は思ったこと言おうと口にした。が。

「誰か捕まえて!ひったくりよ!」

急に女の人の甲高い声が聞こえて、私たちの目の前をびゅんと男の人が駆け抜けた。ばしゃ、と泥が撥ねて着物に染みができたが、ひったくりは私も以前被害に遭ったことがあるのでそれどころではなかった。今なら間に合うかもと木陰から飛び出そうとしたけれど、そんな私を隣にいた伊作さんが手を握って引き留めて「名前さん、風邪ひきますよ。」と言った。え?と私が漏らしたその間に伊作さんは自分が濡れることもお構いなしに木の下から飛び出した。

そうして彼は一人、先が見えないくらいの大雨の中に消えていったのだ。




しばらく呆然としていたが、私は急いで後を追いかけた。
もし、万が一何か起きていたらどうしようと心配だった。彼は人がいいから全力でひったくり犯に飛びかかるだろう。そのとき怪我はしないか、頭の中で最悪の事態がぐるぐる回る。

しかしどうやらその心配は杞憂だったようだ。
ばしゃばしゃと水たまりの上を駆け続けて、雨が弱まり視界が少しずつ明瞭になってきた頃に私の目に映ってきたのは先ほどの女の人に荷物を渡している彼だった。

「伊作さん!」

女の人が離れてからやっと近くに来れた私は彼の名前を大声で呼んだ。走ってきた私を見て「名前さん!どうして。」と慌てた様子だったが私はぜえぜえとしていてしばらくそれどころではなかった。慌てていた彼だが苦しそうな私を見て、質問はせず背中をさすって、大丈夫ですか、と声を掛ける。むしろ私が大丈夫ですか、と言うべきところなのに、なんて私は恥ずかしいやつなんだろう。やっと息が落ち着いてきたところで私は伊作さんに話しかけた。

「い、伊作さん。ご無事で良かったです…私、もし何かあったらと、心配でした…」

そう必死に言うと、伊作さんはちょっと驚いたような顔をした後にふわりと笑って、ありがとうございます、と言った。

気付くと雨が止んでいる。伊作さん、止みましたね、と言うと彼は二人ともびしょびしょですけどね、と笑った。私も確かに、と苦笑いするしかない。
二人で走ってきた道を戻りながらゆっくりと歩きだす。伊作さんはぼんやりと空を見上げながら私に言った。

「なんだか僕、名前さんが幸せを運んできてくれている気がします。」
「そ、そんな。」
「そうですよ。僕、名前さんがいると何か必ずいいことが起きるんです。ほら、初めて会った時も雨、止んだでしょう?」

そう伊作さんが柔らかく笑うから、私は照れくさい気持ちになった。

「私は、伊作さんの方が幸せを運んできていると思うなあ。」

ぽろりと、言葉がこぼれる。まただ。私は伊作さんだと思ったことをすぐ口にしてしまう気がする。そのまま、口を動かした。

「だって私、伊作さんといるとなんだかほっとするんです。」
「ほっとする?」
「えっと、なんていうのかな、周りの景色が良く見えるようになるというか、伊作さんといると、そう、すっごく自然でいられるんですよ、私。」

途中から段々恥ずかしくなって、私は思わず少し俯いた。右側から伊作さんの視線を感じて、更に顔を上げ辛い。

風が柔らかく吹いた。
伊作さんが、名前さん、虹ですよと空を指さして、私はその方向を見る。淡い色の七色が空に橋を架けていて、私は幸せを目で見た気がして思わず感嘆の声を出した。名前さん、とまた伊作さんから声がかかる。

「今日はありがとうございました。」
「いえ、私こそ。」
「名前さんが走ってきてくれて、僕嬉しかったです。」
「そ、そうですか?私何もお役にたってませんが…」

一人で走って一人でぜえぜえとして逆に伊作さんに迷惑を掛けたのを思い出し、私は、はは、と頭を掻くしかなかった。

「名前さん、家まで送ります。」
「ええ?まだ明るいし、大丈夫ですよ!」
「いえ、僕が勝手にもう少し話したいな、って思ったんです。」

そう言った彼の顔も声も優しくて、私は更に照れて何を言っていいのか分からなかった。

照れ隠しに「伊作さんやっぱりモテるでしょう。」と言ってみる。彼は本当にそんなことないのになあ、と苦笑いをした。

日差しがきらきらと私たちを照らして、のんびりとした昼下がりに二人、あったかい気持ちになりながら私は足を進めた。






土砂降りさんと晴れ模様





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