一万(二万)御礼文! | ナノ
これの設定。



日曜、当たり前のように私は忍術学園の庭に現れた。
いつも通り私が現れることを見越して待っていてくれたであろう一人の人物が私を食堂に案内してくれる。

「おはようございます。名前で、」
「知っている。」
「あ、はあ。あの、お名前は、」
「…潮江だ。」
「はあ、潮江さん…」

ぶっきらぼうな彼は多分一度お世話になったことがあったとおもうが、いかんせん私は人の名前を覚えるのが苦手であり、仮に覚えたとしても顔と名が一致しないことが多々ある。いくら失礼と言われようが生まれつきこうなのだから仕様がない。

それよりも私は今大変疲れていて、人の名前含めてすべてどうでもいいと思えるほど頭がぼうっとしている。
なぜか。もちろん仕事のせいである。今週は仕事が立て込み、ほぼ毎日四時間睡眠でもう何度栄養ドリンクにお世話になったか分からない。週始め、デスクにどっさり積まれていたあの書類の量。思い出すだけでゾッとする。それでも何とか三分の二は終わらせた昨日、今日はもうずっと寝ていたいが、またしても私はこの学園に来たため寝ることはできない。

「…い、おい。」
「っは、はい?」
「なにぼけっとしてるんだ。食堂だぞ。」
「あ、いつのまに…」

気付けば食堂についていたらしい。適当に注文をし、ゆっくり食べていたらすぐに食べ終わった(しかもなぜか冷やご飯だった)しお、潮江くん?に怒られた。年上にも容赦ないなキミ。

その後、私は彼と今日の仕事場に向かった。今日は休日になり溜まった衣類(共同で使ったもの)の洗濯と庭の掃除らしい。大体休日にやることは同じだが、いかんせん私は必要でなければ道も覚えないので、おつきの人(潮なんとかくん)の後ろをついていく。


それにしても頭が痛い。寝不足で足もともふわふわしている感じがした。彼の姿が二重になっていく。さっき無理矢理食べたご飯が胃の中でぐじゃぐじゃ混ざって気持ち悪い。ガンガン、ふわふわ、ぼやぼや、ぐじゃぐじゃ。

ついに視界がぐるんと回って、私は意識を手放した。
彼(多分塩田くんとかそこらへん)の「おいっ!」という声が遠くで聞こえた。





***


そろそろ子の刻を回るだろうかといった休日の深夜、僕は保健室でごりごりと薬を作っていた。隣には名前さんという、なぜか日曜日にだけこの学園に現れる不思議な女性がすやすやと眠っている。
学園に女性が現れたのは二人目だ。一人目は今より数か月前のことで、僕たち学園の人間にとって良い出来事ではなかったことだけは確かなことだった。だから、皆「二人目」も同じだろうと言う。
しかし僕は今ここにいる彼女、名前さんは悪い人ではないと思っている。周りは皆裏があると彼女の裏を探しているが、そんなことせずに正面からまっすぐに彼女を見ればすぐ分かることだった。名前さんは優しい人なのだ。

ぼんやりと名前さんの顔を見つめていたが、ふいに自分の手が止まっていたことに気づき慌てて手を動かす。とりあえずこの薬だけは作ってしまわないと。
そう思った瞬間、隣でもぞっと動く音がした。同時にぬうううう、といううめき声。

「名前さん?」
「あれ?えーーーー、と、待って、もうちょっと。あーーーと、ううん、い、いさくくん、かな?」
「正解です。」
「ごめん苗字は覚えてないや。まあそれは置いといて。私なぜここにいるんだっけ?」

まだ寝起きののんびりとした口調で喋りながら、彼女は首をかしげた。僕はそれに「名前さん、倒れたんですよ。」と伝える。

「あっ、そうだったそうだった。ごめんね、もう夜じゃない。ただ飯食べちゃったなあ。」

そう申し訳なさそうに彼女は言った。
ほら、前の人はそんな風に言うことなんて無かったろうに。こんなにあの人と名前さんは違う。あの人と違うところを一つまた一つと見つけていくうちに、いつの日からか、僕は名前さんのことばかり気になっていた。
おなかが空いているだろうと思いおばちゃんが握ってくれたおにぎりともう冷めてしまったがお茶を差し出す。お湯を沸かしてこようとしたが彼女はそれを止めた。十分よ、と微笑んでお礼の言葉を口にする。その表情も、口調も、声も、僕が知っている限り一番と言っていいくらい優しさ溢れるものだった。僕は彼女のそんなところが、好きだった。

「疲れが溜まっていたようです。大丈夫ですか?お気分は?」
「大丈夫。いやあ、仕事が突然押し寄せてきてさあ。ほんと、全然寝る時間なくて。」
「あまり無理しないでくださいね。そうだ、文次郎も心配してましたよ。」
「もんじろう?」
「ええ、今日ついていた人です。」
「ああ、塩山くん。」
「潮江です。」
「そうだったけか。」

名前さんは名前を覚えるのが苦手だ。僕もそれを訂正するのにも結構慣れてきたと思う。そこまで必要ないと思ったことはあまり覚えないそうだ。ということはさっき下の名だけとはいえ僕の名前は覚えてくれていたので、彼女にとって僕は必要なくないと思っていいのかな。もちろん覚えてもらうまでは何回も訂正したけど。

「仕事、そんなに大変なんですか?」
「そりゃまあねえ。仕事だもの。」
「……そうですか。」
「伊作くん?」
「名前さんは、此処が好きですか?」

僕の言葉に二つ目のおにぎりを食べ終えた名前さんは少し目を見開いた。突然すぎたからだろうか。でも、僕は最近ずっとこのことばかり考えていた。ここにいて、なんて僕の傲慢だけど。

「そうだね、うん、嫌いじゃあないかな。」
「好きではない?」
「ううん、私はまだここのことはよく分からないから。でも、伊作くんとか、食堂のおばちゃんとか、私は好きだよ。」
「そう、ですか。」

そういうことではないと分かっていても彼女に好きと言われてなんだかむず痒く感じた。

「でもね、私はあっちで生きるから。」

少し俯きかかっていた自分の顔がばっと上がる。そんな僕を見て名前さんは少し苦笑いした。

「ここにいてすごく思うことの一つがさ、私の生きていくべき場所はやっぱりあっちだってことなんだよね。」

そうか。名前さんがあの人と違う、いや僕たちとも違うところ。
彼女は一人で立てて、一人で歩いていける人なのだ。
まだ生徒な僕と、大人である彼女との大きな差。初めて自分の中ではっきりとした「自立」というその差に僕が黙り込んでいると、いつの間に最後のおにぎりもお茶も胃に入れていた彼女がうつらうつらしていた。

「名前さん、僕、」

好きなんです、あなたのことが。彼女が寝てしまう前にそう言おうとしたけれど、僕の目の前にはまだ温かみが残っている布団と、がらんとした空間しか残っていなかった。

もう子の刻。月曜日が始まったのだ。

手元にはまだ途中で磨り潰しきれてない薬草があったけれど、僕はなんだかやる気が起きなくて薬も器具もそのままに保健室から出た。

月が、綺麗だ。






日と月




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